ピカリンの気持ち

(ピカリンの生活の場が決まって、気が抜けたら、そのままダラダラ記事書けませんでしたー(-_-;))

 

「皆と同じように食べられない」
ということが、いつもに増して「ネック」と感じたであろうピカリン。
「食べていけるようにしていく治療」が「主流」の昨今。
イマドキは、そうなっているよ、ということはピカリンに前から言っていましたので、
「自分も、そうすれば良かった!」
と、
思ったかなー、
と、
母としては思っていました。

ここで、言い訳をすれば、
ピカの場合、食べられないものがどんどん増えていき、アレルゲン数のマックスが小学校2年。(小麦牛乳卵大豆魚介類蕎麦ゴマナッツ類など。この漢字の羅列をつかえず読めたあなたは立派なアレルギーペアレント!この頃は仮性アレルゲンのトマト・なす・ごぼうなども避けてたな)
1年生の終わりにアナフィラキシーを起こすし、
2年になって化学物質過敏とも言われ、もう、この「マルチ」ぶりは「負荷入院しよう」などというレベルを超えておりました。
通っていた病院が「負荷入院」をしてなかったし(してたけどやめてた)。
その病院の方針「負荷入院で、時間と生活を拘束し、さらに失敗した場合のアレルギー反応による負担を考えると、除去しながら、生活を楽しんだ方が良い」という方針に、うちも「そうだなー」と思った&思春期のアナフィラキシーショック死を避ける意味から、もう10歳になろうという時期に、あえて危険を冒したくなかった。

うちが、病院で負荷を(というと、今はいろいろ語弊があるけど、まあ、そういうことを)しなかった理由です。

でも、体調が安定してきてからは、遠くの病院まで出かけて、食べられるようにする治療を選ぶ!というのも、選択肢としてゼロではなかったので、そこが親の怠慢となるかなあ、などと(あんまり思ってないけど)思っていたのです。

ヘルシーハットさんで、「今は食べられるようにするのが主流で、負荷を自分ではなく病院で」という話を聞いたあと、ヘルシーハットさんを出てからピカが私に言ったこと。

「でもさー。自分で負荷した方が判ることもいろいろあるよね。たとえばどんな体調の時にどういうことをするとどうなるか、とか。皮膚に出なくてもサー、これを食べると頭の回転が鈍くなる、とか、自分が一番よくわかるもん。つか、自分しかわからないじゃん? 自分で負荷すること、ってそんなに悪いことかな?」

食べられるようにしていく治療としての負荷と、「限界点」を知るための負荷、いろいろとアレルゲンを試していく方法はあります。
ピカの場合は、勝手に隠れ食いをしていたので「限界点」はある程度わかっていたと思います。限界点は体調によることも。
そして、毎日少しずつ食べて「食べられるようにしていく」のは、わたしたちダラシナ一家には出来ないことかもしれません。また、それをやっていれば、体調がだるいと感じても続けるべきなのかどうかにも悩んだかもしれません。
麦茶が飲めるぞ!とわかったとき、ピカは「こんなにおいしいものがあったなんて!」と喜びましたが、今は「体が重くなるから飲まない。あの時はさー、物珍しさが加わって、おいしく感じたんだよね。何回か飲んでると、やっぱおいしくないし」

食べてないから精神的に拒絶する
のもあるかもしれないし(納豆が食べられない地方の人もいるよね)
食べてないから無用にあこがれているものもあるかもしれません。

ピカは
「自分で自分の判断ができるようになったら、自然な形で、自分の体調をみながら調整するのが良い」
と、
考えているのかな、と思いました。
私自身も、自分が自分の体調が良いのか悪いのか我慢すべきかどうなのかわからない時期が非常に長かったため、「とても体調の良い状態」というのを子どもたちに知って欲しかったし、それには、除去をしている状態というのがベストだったんですよね(それは、完全除去を始めたら太って体躯ががっしりしたピカリンを見て思ったことです)。

そういう親の気持ちを何気に汲んで、ピカがそう思うようになってしまった(!)のかもしれないし、
そこは、わかりません。
また
本当にこの事は、
その人の住んでいる地域や、アレルギーの程度や、医者や親戚、育ってきた環境など全てが絡んでくることなので、「これが正しい答え・やり方」というのも無いと思います。

ただ、
親としては、
ピカリンは「食べられさえすれば」ということを、思わないわけはないのですが、
その事は、さんざん自分の中で斟酌して消化してきたことで、
そのことを「乗り越えて」(?)、自分の頭で自分の体との付き合いを考え、
愚痴をこぼさず前向きに物事に当たってくれていることに、
ほっとした

そんな風に感じたピカリンの言葉でした。

18歳に家を出る前までにしてやりたい事。
親の愛情を感じること
キラキラ輝くような思い出をいっぱい作ること。
丈夫な体を作ること。
自分で自分の判断が出来るようにすること。
自己管理が出来るようにすること

つまり、生きていく力をつけさせること。
できたかなー・・・
もっと、こうすればよかった! ここが足りなかった!と思う事はてんこ盛りなのだけど、
まあまあ、できたのかもしれない・・・。

今のところピカリンは元気で頑張っているようです。
つまづくことはいっぱいあるだろうな、と思う。
それは、誰でもそうだからね。
経験が人を作る。
親の私がしてやれたことは、十分だったかどうかはわからない。
後のことはキミに任せるよ、というのは親の怠慢で無責任かもしれない。
でも、
まー、なんとか、母は母なりにがんばりました。
もう少し、母としてやれることがあったら頑張りたいと思います。

ちなみに
ピカリンは、今のところ、農学部の食べ物関係を進路として考えております。
どこへ行くのやら。

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今回の教訓とピカの顛末

●浪人するなら、特殊なケースを除いて、地元を出なければならない「地方」。
●浪人というのは限定1年。だから、「生活を確立する」のに時間をかけられない。よって生活確立(医者探し店探しなど)に時間のかかるアレっ子はなるべくその負担が少ない方が良い。
●下宿するなら食事つきは難しい。
●セキュリティも安全で、アレっ子が快適に下宿できるマンションはお高い。お高い以前に、時期によってはあまり無い。(探す時期も気をつけたい)

こんなところが、今回のまとめです。
そういう特殊事情の方は少ないだろうから、あまり参考にならないかもしれません。
また、「よーし解除進めるぞー!」と、決意を新たにされた方もいるかもしません。
絶対浪人するなよ!と、これらの事例を引いてお子さんを説得するのもアリかと思います。
なにかしら、これらの経験が、「この先の」イメージ作りに役立てるといいなー、と思います。

 

さて、
不安てんこ盛りだけれど、下宿で頑張るしかない決意を母子で固め、某週末の「引渡し」(引越し)の日に向けて、私とピカは、その日、外で買い物しまくっていました。
そこへ、自宅にいたたけ夫から携帯電話ワン!ワン!ワン!(←タケ氏の着信音は犬の鳴き声になっております)

たけ夫「あのさー、アネキから電話があったんだけどー」
タケ氏「あ~、メールしといたからその返事だねー」

実は、仙台にはたけ夫の姉一家が住んでいます。
心配かけても、と、今回の件はあまり連絡していなかったのですが、下宿が決まったところで「買い物」のアドバイスをが欲しくて、メールをしておいたのでした。

たけ夫「それがさー。向こうも青天の霹靂みたいなんだけど、○○ちゃんがー(その家の子ども。ピカのいとこ)急に家を出ることになってねー、アネキが一人暮らしになっちゃうし(ダンナ単身赴任中)、ってンで、空いてる部屋にピカが住んだらどうだ?って話なの。ちょっと、話し合いたいから、帰ってきて」

 

ということで、詳しい話はすっ飛ばして、
さらなる超ドタバタ劇の末、ピカは晴れて、親戚宅の居候(イメージはシェアハウス)となりました。
ヘルシーハットさんへは自転車で5分!駅前のセキュリティ安心のマンションです。
親戚宅という気遣いはあるけれど、私はセキュリティ面が一番心配だったので、思いっきり背中の緊張が消えました・・・。
台所共有の自炊ですが、ピカらならその点は大丈夫でしょう。
まだまだ余震も続きます。
人と一緒の方が絶対良いです。
ピカの浪人が決まってから、私は夜中に何度も目を覚ましていて、「年齢のせいかしら・・・?」と思っていたのですが、その日から、本当にぐっすり眠れるようになったので、やっぱり心配だったんだネ・・・。

ヘルシーハットさんにも数年ぶりに挨拶をし、ピカは店内で品物チェック。
予備校に行く途中に朝7時からやっているおにぎり屋さんも見つけ、「お弁当作れないときでも、とりあえず安心だね」と確認し、
新生活がスタートしました。

 

はてさて、どうなるでしょう。
そんなこんなの18歳のピカ。そんな彼女の気持ちに、次回、少しだけ迫ってみようと思います。

(つづく)
<コメント欄閉じてます>

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地方アレっ子の浪人時代の選択肢

さて、
アレルギー児お断り、の記述は、
今まで似たような目に遭っても、
「ざけんな!」
と、切り捨ててこれたはずのピカリンに、微妙な影を落としたようでした。
それはたぶん、前述したような「状況」のなせる業だったと思います。
それは、今までいつも前向きで、物事のポジティブな面しか見ないようなピカリンが、
まったく逆の、ネガティブな面ばかり見るようになったことにも現れていると思います。

「大学に行くなら寮に」と以前私が主張した折
「風呂と台所は、一人で使えるのでなきゃ嫌だ!下宿にする!」
と主張していたピカなのに、
「いいな、みんなは、寮に入れて・・・」
を何度も口にするようになりました。
「でも、下宿なら、台所も風呂も一人だよ?」と私が言うと、
「追い込まれているときの下宿と、そうでない下宿は違うんだよ!」
と、のたまいました。

私は私で、下宿するならアレルギーかかりつけ医(Kセンセ)の近くの仙台。
しかも、緊急時利用のため、「ヘルシーハットさん」の近く!
東京その他の都市部で、新たにこれらの病院や店を開拓する負担は排除!
(1年だけの生活だし)と、考えました。
が、前に書いたように、一人暮らし自体が心配なピカ。
一人暮らしの夢を膨らませるピカに、現実を見せなければと、現地で不動産屋を訪ねました。
このときの物件必要条件は
一位;台所のコンロは二口以上置けるところ。冷蔵庫と洗濯機が置けるところ。(←アレルギー的にはずせない)・・・こんなところも、食物アレルギーのない人とは違うところだと思います。
さて、時期的に物件は少なく、
とにかく生活の利便性を(あと費用を次に)考えて、何軒か下宿を下見。
そこで、ピカは「現実」というものの厳しさを初めて知ったのでした。

なにしろ、我が家は、
薪ストーブが燃え、ピカの部屋はホットマンでクリーン暖房。
ムダに20畳以上ある空間が2つもあり、一番小さい部屋で7畳半。好きなときに好きなだけ風呂に入り、洗面所にも日の光が入ってそこの鏡は畳1畳分(?)。玄関に鍵をかけなくても(本当はダメだけど)まず、大丈夫。大声で騒ごうが部屋の中で縄跳びしようが近所に迷惑かけない、学校へは自転車で5分!近所の人は皆良心的でやさしくていつもニコニコピカリンの味方。図書館には徒歩5分。鳥が鳴き、竹林がカサカサと風にそよぎ、空には青い空が広く広く続く、という桃源郷のような所なのです。
加えて、バスも電車もほとんど乗ったことがない。
スーパーは遠いので、買い物は車。
したがって、「一人で食材をお使いしてくる」経験も、高校生は気軽に出来ないので、あまりやったことがない。
このあたり、都会に住んでいる人とはかなり違います。

それらが全て180度ひっくり返る下宿生活に、ピカはまたしても「プチショック」を受けました。

そこで、生活が楽な地元で浪人することを考え出します。
地元に利用できる予備校はないのか?探し出し始めましたが、
・・・・ない。
本当にないです。
いくつか、予備校のサテラインをやっている私塾もあるので、ピカは何度か足を運び話を聞いたりしていたのですが、・・・これは、とても、浪人生が勉強する環境ではない、と本人は考えたようです。
もし、地元に残って浪人するとしたら、本当に完全なる「宅浪」で、模擬試験は高校に頼んで、高校生がやるときに一緒に受けるのです。
それでも、勉強以外の負担はまったくない「自宅浪人」
自宅浪人すれば、どーんな高い学習教材も買ってあげるよー、あれもしてあげるよー、これもしてあげるよー、と、心配なあまり、オプションをつけまくる親でしたが、(・・・今年このような形での地元浪人をして東大に入った人もいましたしね)
ピカは、
「・・・・。・・・仙台で下宿する!」と、悲壮な決意をしました。
「ウチ、とにかく回りに勉強する人がいないと、勉強できないの」

(そんな程度の勉強なら、大学行くなよ!、とキツイことを言うのはやめておいて・・・)

ここで、チクリンが
俺なら迷わず宅浪だけどな。そんなにしてまで食事の苦労したくないよ」と言ってたことを付け加えます。

このころ、ピカリンは、脈絡なくすぐ目を真っ赤にして涙声になる、若干神経衰弱の状態になっていました・・・。

 

さて、遅れに遅れている4月からの居場所探し。

手付金も払わないで来てしまった「下宿」があいていることを電話で確認、予約し、
もう、そこで生活することのプラスイメージを重ねながら、準備に入りました。

ヘルシーハットさんへは、自転車で15分くらい。
予備校へも自転車で15分くらい。
ドラッグストアとスーパーがすぐ近くで、
アパート乱立の地域だけど、道路でおじいさんが散歩してたり、子どもたちが走って遊んでいる、
畳6畳。風呂トイレ一緒。でも、台所は一人前。冷蔵庫洗濯機の置き場所アリ!という下宿でした。

(つづく)(コメント欄閉じています<(_ _)>)
(ここで、チクリンお泊まり準備が入ったため、連載(?)は小休止です)

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大学浪人決定のピカの性格

事の次第を理解したのが遅かったピカリンの母もまた、
事の次第を理解したのが、遅かった・・・!

「自炊」はね、
できると思ったんですよ。
小さい頃からのピカリンをご存知の方は知っておられると思いますが、鍛えましたから・・・!
しかーし
防犯とか? 片付けとか?
そういう「だらしない」とか「きちんとしている」という分野、誰もが備えている分野の方面において、非常に非常にマイナス面のありますお気楽田舎暮らしのノホホン娘
こやつが、それなりの「都会」で一人暮らしをしていけるか?という点で、
しかも「浪人生」という立場で、という点において、
事の次第を理解していなかった、不肖、タケ氏であります。

はじめは、
「予備校いくんだったら、東京の予備校の方が、講師の質も生徒の質も高くていいんじゃない?」などと、のたまっていましたが(私)、
具体的に具体的に考えると、
アレルギー体質の自分を生活の面で全て管理しながら、&医者や食材の店なども全て自分で開拓しながら、&慣れないバスや電車の利用もしながら(ほとんど乗ったことなし)、&都会の防犯も意識しながら(ヤツは自分の部屋の鍵をかけたことがない)、一生懸命ストイックに勉強に没頭して成績を上げる(イマイチ勉強向きではないピカリン)、
以上を1年でやりきる。
っちゅーのは、今の彼女にとって無理難題ではないか?
と、思い至ったのであります。

そうして、これまた全然、出遅れどころか何も考えていなかったと思われる父たけ夫。
彼も具体的に具体的に考え始めると、
顔が青ざめ、
「この地方で、宅浪しろ!」派になりました。

しかーし、
田舎のノホホン娘のピカリンには、もうひとつ、変え難い性格があった。

それは、
好奇心旺盛で、
人の幸せは自分も手に入れなきゃ気がすまない
という性格
です。

大体、この性格だったからこそ、今までの数々のアレルギー的困難も正面突破でこなしてきたのでした。(「みんなが楽しんでいる沖縄旅行を自分は出来ないなんて考えられない!全行程塩むすびだったとしても、私は行く!」と言ったときは、ちょっと驚きました)

さて、ところで、
新たな経験
「行き先が決まらない居場所のない状態」
「学力的に、結構初めて?否定された状態」
「友達もどんどんどこかに行ってしまう(ここはほぼ全員地元を出る)孤独状態」
「気弱な時に、活字でアレルギー児お断りというのを見たプチショック状態」
が彼女のうえに積み重なり(と思われます)、
初めて「土壇場」を経験しているという状態が、
彼女を追い込んでいきました。
この「状態」は、「今までの性格」云々を凌駕するシチュエーションでありました。
これがね、
大学合格後の
「行く先が決まっていて」
「学力的にも、合格という評価を受け」
「新しいキャンパスライフへの希望に胸を膨らませている」状態であったなら、
多少の「アレルギー児、おことわり」を言われても、「ケッ!」だったと思うのです。
そのあたりが、
「浪人生」となったアレっ子を、コト取り立ててブログに書く意味があるんじゃないかと思って長々書いてマース。

 

教訓;地方出身者が、浪人の一年をどう過ごすかは、アレっ子の最初の試練としては、ちょい特殊環境である。

(つづく)

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(地方の)アレルギーっ子が大学浪人をすると・・・

というわけで、
「ピカリン、どうしたんだろう?」という結論が、タイトルに書かれてしまいましたが、
お話は、
そこからはじまる
かもしれない。
ようやくゆっくり寝られるようになったタケ氏です。

受験が終わって、結果が出るまで、例によって(?)ドタバタと友人との関わり最優先に、「ちょっとは将来を考えたらどうかね?」「落ちた時のために予備校のパンフレットを取り寄せよ」と突っ込みたくても突っ込む暇がないほどのすっとびぶりのピカリン(夕飯をほとんど家で食べてないし)。
全ての結果が出揃ってから、初めて「コトの次第」を理解したようでした。

当然、出遅れ。

ご同類のお仲間はみんな予備校の寮に行く、ということで
本人もそれを検討するも、当然ながら(勉強を最優先する立場から)「食事つき」。
一部、自炊設備のついた寮もありましたが、
そのパンフレットの下のほうに小さく
「身体障害、食物アレルギーのある方は、入寮をお断りすることがあります」
と書かれていたことに(ピカ談)、プチショックを受けた模様のピカリン。
「もし、万が一、キャンセル待ちでこの寮には入れたとしても、こういうことを書くところに、理解があるとは思えないんだよねー」
と本人。寮はあきらめる方向に。

ここから、彼女の人生第一の(?)試練が始まったのでした。

(長くなるので続く)(∴コメント欄、閉じてマース。ごめんなさい)

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4年後の修学旅行(to沖縄)

お久しぶりです、こんにちは。<(_ _)>

タケ氏は元気です。
若返っているような気さえ・・・あ、気のせいでした・・・( ̄▽ ̄)

 

今日、チクリン(中2)が沖縄の修学旅行に旅立ちました。

思えば、4年前。
ピカの沖縄修学旅行の折には、皆さんに大変お世話になりました。<(_ _)>
全行程の食べ物を作り、冷凍して、食事の2日前には宅急便で送らなくてはならず(山形⇔沖縄は遠いので)、
「冷凍に向いてるメニュー、急いで、たのむ」
と皆さんに発信し、大騒ぎして事なきを得たのでした。
あの時は、本当にありがとうございました。今でもしみじみ感謝します・・・。(T_T)

加えて、帰ってきてからの「ダニが体に寄生(疥癬)疑惑」もあり(今も跡が残っとります)、
なかなか思い出深い(-_-;)修学旅行となったのでした。

さて

4年後の今年。

「あー、またあの騒ぎをやらねばならんのか。老体にはきついのぅ・・・」
と、都合の良い時だけ歳をとるタケ氏、ビミョウにアドレナリンを始めチョロチョロ出しながらの準備に突入したのでした。

しかし

問い合わせる先、問い合わせる先、
全て「対応します」
のお言葉!

ピカと、除去品目(小麦、卵、大豆油、乳製品、一部を除く魚介類、鶏肉、そば、ナッツ類)はほぼ変わらないにもかかわらず、

私は一切料理を送らなくてもよくなった!

まじですか? (.;.;゚Д゚)

 

高密度シーツを持たせたり、
非常時(去年、雪で飛行機が飛行場に降りれなかったので一泊増えた)の非常食(せんべいなど)を持たせたり、の対応はしたものの、

料理作らなくても良かったなさ~(←方言)

まー、最後のネ、
わが庄内地方某お弁当やさんだけは、対応できそうも無い(やったこと無い)雰囲気ビシビシだったので、チクリン君は買い弁で済ましてもらうことにしました(牛タン弁当)。
ショーガナイネ、こっちの地方はね・・・・┐(´-`)┌

 

4年で変わるもんですねーっ!!

当時は「雨だれ石をもうがつ作戦」などと言っていましたが、
軽石だったのでしょうか。
それとも、雨だれが強烈だった(たぶんこっち)のでしょうか。
かなり変わったんだなー!
と、思いました。
修学旅行では無いけれど、「宿泊拒否」みたいなことも経験した身としては、隔世の感があります。うむうむ。

but
そうなったら、そうなったで、精神的に面倒くさいな・・・混沌としていた時の方がマシだったかな・・・と思うこともあったのですが、
それより、なにより、
作らなくて良い、送らなくて良い、
ことの方が何十倍もでかいことなので、

今、子どもの将来を悲観していても、
4・5年後には、すごく変わっているかもよーー!!

ということをお伝えしたく、
御報告させていただきました。

もちろんそれには、雨だれで石をうがち続けることも大事なんですが!(゚ー゚;

 

 

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ピカリンの七五三

先日の記事で、

七五三の話題を出しまして、

コメント欄でおだまきゆこりんが、「思い出深い七五三になってしまった・・・」と書いてらして、うーん、本当、タケ氏とピカリンの七五三も私の中ではかなりトラウマな・・・。

あれは、ピカ、自宅軟禁中の6歳(数えで7歳)でした。思い出してみれば。
私は宮城県塩釜市に住んでいて、そこに埼玉在住のタケ母もわざわざやってきて、七五三をやりました。

「千歳あめ」は当時、ミルキー味ばっかりで(乳入り)、絶対ムリでした。
ネット販売もそれほど発達しておらず、乳無し千歳あめは、入手できなかった・・・。
自宅軟禁は、紫外線過敏状態だったからなので、神社におまいりも無し。
だから、チラシ寿司とかね、あとは、着物を来て写真屋さんでシャシーン!
これくらいの七五三なら、できるよね!一生に一回だから、やらねば!という感じです。
そのころのピカは、おでこが真っ黒くろ。ドロドロになって治ってきたアトピーの跡です。
毎日見ている私は、「もう乾燥してるし、それほどひどいものじゃない。一瞬だけお化粧塗っても大丈夫だよね?」と思っていたのでしょうか・・・。
着物を来て、お化粧をすると、それは、かなりひどい色をしていました。よーく見れば(いやよく見なくても!)顔に大きなブツブツもありました。
それを見た私は、胸がバクバクしてきました。肌に悪いに決まってる!どうしてこんなことしちゃったんだろう、という後悔する気持ちと、あんな肌の色で、写真を撮って、どうする?!記念になるのかよ?!的な気持ちと。どうしよう、どうしようと、美容師さんに「もっと上から塗れませんか?」などと聞いたのですが、「これ以上は・・・」的なお返事。
それでも、根っからの明るくてポジティブピカリンは、嬉しくて、ニッカニッカしてまして、
記念の写真を撮っていただきました・・・・・・。

本当にかわいいかわいいピカリンです。

でも、私は、その固い台紙に挟まった特別な写真を、二度と見ることはありませんでした。
(七五三のことを思い出したくないあまり、チクリンは七五三、無し)

 

そんなこんなで、「ピカが、もう一度着物を着るのは、成人式かなぁ。そのころには、着物なんか嫌だ!と言ったりするかなぁ」などと、思って過ごしておりましたが、
先日、思いがけなく、ピカが着物で正装する機会が・・・

ピカのいとこの結婚式です。

 

Img_2677    

この写真を、何度も何度も眺めています。

今回、ピカの七五三のことを書こう、と思ったときは、まだ胸が痛かった。

でも、書く文章を何回も考えているうちに、なんとなく、心の傷が癒えてきた感じがします。

いまだに引きずっていたんだなぁ・・・と思ってしまった・・・。

ピカリンさん、ステキな娘さんになりました。
あんなに無理やり七五三をやって、ゴメン。
こんな、母でゴメン。

と、いまさら涙が出てくるのでした。

  

そんな母の心を知ってか知らずか、
結婚式に参加できなかった母のために、アレルギー料理を
写真撮影するピカリン→

いい子です。

Img_2686  

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喪中欠礼

私事をここに書くのもなんですが、

去る10月19日に隣に住む義母が急逝いたしまして、
来年の新春のご挨拶を、ご遠慮させていただきます。<(_ _)>

本年中賜りました皆様からの温かい言葉や思いやりに感謝し、
また、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の新春に、たくさんの方からお年賀をいただきました。
その節はありがとうございました。
喪中欠礼のはがきは、なんとなく「辛気臭く」て、それらの方々に送りつけるのがはばかられ、ブログ上で大変失礼かと思いますが、ご挨拶に代えさせていただきます。

 

義母と子どもとアレルギーについては
はじめの頃こそ
「冷蔵庫に何か用意しても、なーんも食べれん。面白くない子達だ」
と、そっぽを向かれたりしましたし、
「あんな孫だから、何も(親戚)行事ができない」などとも言われ、
若干(だけ)沈んだ気持ちになったりもしましたが、
まー
関係は、「築くもの」なので(築ける余地があればですが)、その後は、ほどほどに上手に付き合ってくださったと思います。
アレルギー云々より、
嫁姑云々より、
義母自体がすばらしい人で尊敬していたので、私は好きでした。
この頃は、一番(多分)私のことを信頼して、頼ってくれたし、
一緒に買い物や映画に行ったり、アイスを食べたり、私のことを励ましてくれたり、
本当に温かくて、いっしょにいて居心地の良い、「できた」お姑さんでした。
そういう関係が前提にあれば、アレルギーは、傍系の問題なのかもな、と思います。

語ればキリがありませんので、この辺で。

 

皆様におかれましては、どうか良い歳をお迎えください。ね。

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「あなたの風邪はどこから?」

テレビCMで
「あなたの風邪はどこから?」

というセリフが流れた時

チクリン(中2)は
「オレの風邪は、部屋から」

と、答えていました。

 

彼いわく
「あーっ!部屋掃除しなきゃなー! 部屋が汚いと、ほこりで鼻が詰まって、口呼吸して、のどが痛くなって、風邪ひくんだよ!」

 

そのとおりでがんすの。

掃除してくれ。

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チクリンは元気なのか・・・?

チクリン、中学2年生。

元気なのかどうか、私が知りたい!
よくわからない思春期のお年頃。

この頃、しょっちゅうゴロゴロしているのは、
学校がつまんないからなのか、
悩みがあるからなのか、
それとも
体力がないのか?!
何か、アレルゲンが悪さしてンのかーっ?!

と、どうしてもそっち方向に考えがヒートアップする アレっ子育児17年の母タケ氏。

 

最近、たまーに、乳製品採ったり、週に一度は大豆製品取ったり、前より魚も食べるし、
そーいうの、また、やめてみっか?!
と思ったり、

でもさ、
あれだよ、
壁!
チクリンの部屋になっている部屋の壁が、前からカビっぽくて、それがすごく気になってたんだよ。

ということで、
内装屋さんに、カビのついた壁を全部落としてもらい(カビは深部まで入っていなかったので、カビ処理は無し)
漆喰をたけ夫とチクリンで、塗りました。

Img_2615 ←チクリンが塗ったところ。

美しい。

この画像がなんなのかわからないところが、美しい証拠である。

 

さて

 

Img_2614 ←たけ夫の塗ったところ。・・・・・・・・・。

大工さんたちが、「やりやすいように」とマスキングテープまでしてくれたのに、ど・・・どうして!

 

たけ夫 「heart なんだか、おうちが、どんどん『手作り風』になっていくねっ。heart

ああ、そうだなっ!

手作り風の家、って、なんだ、ごら。

 

まあ、そのうち気にならなくなるでしょう。家族全員いい加減だから。

漆喰の部屋で、チクリンが希望とエネルギーに満ち溢れた青年になってくれることを願っています。

(いや、ちゃんと元気なんですが・・・ )

Img_2593 チクリン(14歳)の誕生日ケーキ

スポンジの上は、ジュースにつけてある。

間にあるプリンはカスタードパウダーを寒天で固めました。

Img_2597

 若干失敗はしましたが、

概ね、成功。

おいしいので、リピは決定したいが、そう言ってリピしたためしなし。

 

 

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ピカリン 東京へ行く?!

高校3年生になりました、理系女子ぴかりん。

この夏、デートに勉強合宿に、そして大学のオープンキャンパス参加と、17歳の夏全開バリバリ中です。

 

先日、ピカは「志望大学」(本当に?)のオープンキャンパスに東京へ出かけ、一人でお泊まりしてきました。(ちなみに医学部ではありません)
受験時も一人で行かせる予定ですので、ホテルはこれでよいか、食事は自分で何とかできるかなどの下見も兼ねています。(朝食に和食バイキングのあるホテルを選んだ)

うまいスパゲッティ屋(ウェイターやウェイトレスがイケメンであるらしい)を見つけてコーフンしたメールを送ってきたり、
改札の「出口」を出るのに、切符を買わなければと思い込み(素晴らしい田舎者ぶり)、駅員さんに聞いて、笑われながら親切にされて感動したり、
あいかわらずの、プラス思考の天然ぶり爆発で、楽しんできたようです。

先日、タケ氏の住む地域が、豪雨で洪水になったニュースをご覧になった方もいたかもしれないのですが(ちなみにタケの家は、被害は何もありません)、
実は、これで新潟経由の電車や国道が不通になり、ピカは帰って来れなかったんです。

「さあ、どうする!どうする?!どうするーー??!!」

というメールがピカから来て、ドタバタした挙句、結局Uターンして埼玉のばあちゃんちに泊まり、翌日仙台経由で帰ってきたのですが、

 

そんな彼女の、東京行脚土産話のオチは

ぴかりん
「東京で、何が驚いたか、って言えばサー、
一番驚いたのは、電車で、目の前の人が、湿疹も何もない肌なのに、おもむろに
リンデロンVGを出して唇に塗っていた
ことだよ」

そこか!?

あ~・・・、あんたは、生粋のアレルギーっ子だよ。フツー「リンデロン」って何か、わからないですから! 
(リンデロンVGはステロイド強度3の薬で、普通、顔には塗りません)

 

様々なアクシデントやスケジュールにもかかわらず、タフネスに過ごしてまいりやした。
タフに育ってくれて、良かった良かった。
それでは、勉強もほどほどに頑張ってください。

リンデロンを語るアレルギー児17歳の夏でした。

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化学物質と放射能

みなさん、コメントを、本当にどうもありがとうございます。

一つ一つに返信をしたい気持ちでいっぱいなのですが、
とてつもなく長くなってしまいそうで、時間切れになっています。
本当にすみません。
そして、ありがとうございます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

放射能汚染物質が放出され始めたころ、

たけ夫が言いました。

「放射性物質と、ダイオキシンの汚染と、今の段階で、どっちが怖いものなんだろうね」

 

そのときから、
化学物質汚染と、放射線汚染物質についてずっと考えています。

ちょっと考えると、放射能の方がずっと怖くて、比較できるものではないように思います。

でも、共通点もいろいろある気がします。

 

まず、健康に影響すること。すぐに出る場合もあるけれど、時間がたってから発症したりする。
ガンと結びつきやすい。

それから、
これは見過ごされやすいような気がするのだけれど、
「病気になるかならないかの結果が出るという影響、それを受けるか受けないかは個人差がある」

放射性物質が体についたとなると、それだけで「死を宣告された」ような気になるのが今の状況だと思います。

誤解を恐れず言えば、
日本に落とされた原子爆弾の放射線を浴びても、高齢になるまで病気らしい病気をしたことがない、という人だっています。(実際に知っています)
おそらく、今の日本の基準値を超えても、大丈夫な人もいるはず。

一方

基準値以下でも、表に出る健康被害(表に出ない健康被害は誰でも受けると思う)を受ける人もいるはず。

 

化学物質過敏の人をさして
「神経質」「虚弱」という人がいます。
「少しくらい、なんともないじゃないか!」「なんともないくらい健康な方がすごくて、影響を受けるやつは弱いやつ」

化学物質には鈍感なのに、放射性物質には敏感なのは、どうなんだろう。

 

じゃあ、どっちに対しても鈍感な方向で・・・

というのと

じゃあ、どっちに対しても、敏感な方向で・・・

というのが

方向性としてある。

どうか、前者にならないように!

と思っています。

 

放射性物質について、
議論が整理されてくると、
化学物質と同じような話が出てくると思うんだよね・・・

「今の社会を維持するためには、少しくらい仕方ない」
みたいなさ。

「直ちに健康に影響がない」程度の「少し」なら良いでしょ?
てね。

だから、「軽度」ではあるかもしれないけれど、一度でも「化学物質過敏」と診断された子どもを持つ私としては、
この健康被害の報道と、その対策の行方はとても気になる。

 

 

もっとも、
化学物質と、原子力に対する、人間の「管理能力」を考えると、
後者については、まったくない!と思うから、
やめたほうがいいと私は思うけれど!
(今やめたって、放射線廃棄物質の管理は孫子の代まで、ずーっと続くんだから、本当に罪作りだ)

※文中「放射能」「放射線」「放射性物質」など、言葉の使い方が間違っているかもしれないことを恐れますが、とりあえず、アゲます。恐縮です・・・。

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できることは、少ない

夜、夫が一人でリビングでテレビを見ていて

「こんにちはぁ」と、ACのCMに返事をしているのを目撃してしまったら

みなさんなら、どうしますか@タケです。

 

By the way.

夕飯のとき

タケ 「今日、東庁舎の避難者相談受付に行ってきて、チラシおいてきた!」

タケ 「そしたら、本庁舎の6階の危機管理課で緊急会議が開かれるから、そこにチラシを持っていけば、配ってもらえるよ、って言われたんで、もって行った!」

タケ 「そんで、各避難所に配ります、って言ってもらえた!」

たけ夫「すげぇ~~!」

ピカ 「・・・・・・・・・・。それで。それで今度は何をしよう、ってーの、あなたは?」

去年、突然一人でニューヨークに行くと宣言して(実行して)以来、家族からは「何をするのかわからない女」という目で見られていることを感じる。

 

鶴岡に避難している人が600人強(自治体でつかんでいる数で)と聞いて、
万が一、生活上の制限が必要なアレルギーの子がいたら・・・
と思って、
連絡先を書いたチラシを作っておいてきたけれど、
今日は連絡はありませんでした。

公的避難所にそういう人がいるとは考えにくいけど、

でも、

万が一・・・

 

自己満足かなぁ、って思ったりもする。

でも、

やらないと後悔する!という気持ちの方が強かった。
ブログでの反応も、地元でのアレルギー子育てML のみんなの頑張りも、気持ちを後押ししてくれた。(ありがとうございます)

後で自分の作ったチラシを見直すと、
文面とか、後悔することがいっぱい・・・。

 

でも、行政の人数人が目を通してくれただけでも、良かったんだろうか。
アレルギー対応にとって。
と、やっぱり、自己満足しているのでした。

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アレルギー救援物資を求めている人探し

昨日の真夜中にコメントを残してくれた 米工房ひろおかhttp://shop.komekobo.jp/のぐ~たら母さんより、詳細を聞きましたので、整理して記事にあげたいと思います。

 

状況把握などの疑問点もあると思いますので、長い記事になるかと思われます。

以下の5つに分けて記事を書きますので、
必要なところを読んでください。

1.NPOみれっとhttp://www.saitamacity-shokuiku.jp/gnks14/mypage/index.php?gid=G0000008からのお願い。(この記事の主目的)

2.米工房ひろおかとタケ氏の関係

3.アレルギーっ子救援物資は、今、どうなっているか(知っている範囲で)

4.その他の救援物資も、今、どうなっているか

5.まとめ

 

・・・・・・・・・・・・・

1.NPOみれっとからのお願い

NPOみれっとは埼玉県にあるアレっ子親の会です。(タケ氏は埼玉県出身)
ここに、アレルギー関連会社等からアレルギー対応救援物資が届けられていますが、
それを必要とする人の把握が困難なため(理由は3で)、
個別情報で良いので、アレルギー対応食品等が手に入らず困っている人がいないか教えてほしい、いたら、その人と連絡を取りたい、ということです。(一本釣りです!)

連絡先は 米工房ひろおか tel 048-882-2942
                 fax 048-886-0937
                 E-mail 
shop@komekobo.jp

もし、アレルギーっ子を抱える親本人が連絡を取る場合、ファックスやメールのときは、
連絡のつく電話番号・携帯番号、住所を書いてもらえると助かるそうです。
宅配便も動き始めたし、宅配便とは別ルートで配達できるかも知れず(いろいろネットワークを持っている)、「どうせダメさ」と思っている方、連絡ください。

(広岡さんは、みれっとの代表ではありませんが、代表の久間さんにはさまざまな連絡が集中し、身動きが取れない状態です)

 

2.米工房ひろおかとタケ氏の関係

ひろおか夫妻(タケより少し年上)には、さかのぼること30年前、高校時代にお世話になりました。
夫妻が恋人になるところまで・・・も少々付き合ったりしてました・・・( ̄○ ̄;)!
つまり、個人的知り合いです。
その後、あまり連絡を取り合わなかったのですが、ひろおかさんちの子(現在20~25歳)が除去食が必要なアレルギーっ子で、わたしもピカが生まれてから連絡をまた取り始めました。
ひろおかさんが子育てしたころは、「除去」自体が非常に異端視されている時代で、「食べないなんて馬鹿じゃね?」的なことを「専門家」からも言われる時代でした。
そんな中、回転食や代替食の工夫などをこなし、ひろめてきた、大先輩です。
しゃべると、のったりしてて、見かけもすこぶる若いですが・・・(^^ゞ

そういう関係もあり、もともとの家業の米屋に加えて、アレルギー食材も扱っています。
「タケ氏を知っています」と言うと、商品は安くはならないと思いますが、スマイル(\0)くらいはサービスされると思います。

 

3.アレルギーっ子救援物資は、今、どうなっているか(知っている範囲で)

このブログでも、情報を上げている通り、
仙台のアレルギー食品取扱店(ヘルシーハット、坂病院、角田アレルギーくりにっくなど)
で、入手できる状況はありますが、

1.先日までは、宅配が無理だったので、足を運べない人には物資が届かない(という声が実際あり)
今も、ガソリンなしで動けない&ネット環境にない人は、注文ができず物資が届かないと思われる

2.仙台多賀城方面以外の困っている人の情報がつかめない

3.アトピッ子地球の子ネットワークさん、ヘルシーハットさんなど、懸命に動いているが、品物・情報が集中しすぎて、回らない
よって、各NPO(アレっ子の会)は「独自に動いてくれ」と言われている、および、言われる前にもうこれ以上を要求するのは無理だろう、と思われる

4.しかしながら、自力でアレルギー食品等を調達できない人がどこにどうしているのか、さっぱりわからない。個人の情報をつなぎ合わせて、一本釣りのようにして、届けるしかない状態。

これを読んでいる皆さんは、お分かりかと思いますが、
避難所で配られる「パン」「カップめん」「スナック菓子」を見て、冗談じゃない、今こそ動かなければ!という思いを持っておられるアレっ子保護者は多いと思います。

ぜひ、一本釣りアレルギー物資を求める人情報集約に協力してください。

TVでは大々的にさまざまな救援活動が伝えられますが、
実際は、こういう動きです。
以下、タケが知りえた救援物資の実際情報の一部を紹介します。

4.その他の救援物資も、今、どうなっているか

タケ氏は仙台の人が中心に参加する起業家のメーリングリストに参加しています。
起業家の集まりなので、エネルギーのある人ばかりで、このたびの震災においても、みんな被災しながらも、全力で復興・支援の側に回ってがんばっています。

情報のやり取りの中で「上村愛子さんたちが集めた毛布が○枚我が家に来たが、ガソリンがなく、届けられない」「スキー連盟から、スキーウェア等防寒服○着が我が家に来たが、輸送手段がない」(○は100の単位)「民間企業から、あるNPOを通じてヘリコプターを貸し出す申し出があったが、使い道がわからない。誰か必要ないか?」等々・・・。他にも「どこが必要としているかわからない」の情報が飛び交っています。
そこで、一番多く採られるのは「ここでやっているから、必要な人は来てね」というやり方です。

「自衛隊にいったら?」「自治体に持っていったら?」という話もあるとは思うのですが、
実際の情報網は、こんなふうに、最終的に個人の裁量にまかされている部分が多く、その個人が動けないと、まったく届かない、といった状況で、支援側も多くが試行錯誤の状態です。

アレルギー関連だけでなく、全てそんな感じなようです(私もはじめて知りましたが)

「届ける」「届けきる」それも、身動きが取れない人に。

そこが一番難しそうだと感じています。

 

5.まとめ

ということで、
「届けきる」ことが至上命題です。

物資は集まってきています。
何とかしなければ、という温かい思いが、物資の供出という形になっています。

しかし、
必要としている人はどこの誰か、という情報の集約

どう届けるか?

が、やりきれていません。

アレルギー関連物資もそうかと思います。

隣のあの人、
友達の友達、
そういえば、そういう人がいたな!
という「つながり」が大事です。

 

事態は刻々と変化しているので、
2・3日後には、この情報も古いものになるかもしれません。

今、動いてほしいと思います。

 

どうかよろしくお願いします。

また、他にも情報ありましたら、
小さいブログですが、発信します。

無断リンクOKです。どんどんお願いします。

「やりすぎ」てもいいじゃないですか。メールなら検討の余地はあるも、ブログからの発信はやりすぎてもOKなんじゃないか?と、自分にも言い聞かせております。

また、前出のML(200人以上参加)に流すこともできると思います。

お寄せください。

情報提供くださった ぐ~たら母さんありがとうございました。
記事に「やばい」ところがあったら、ご指摘ください。

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物流のストップ

アレルギー対応食品を、被災した方たちの役に立ててもらおう!
と、思って、在庫を整理してみたら、あまりなく、
よく考えたら、
東北6県は一律物流ストップなので、
アレルギー対応食品を入手する手立てがない!(山形県には専門店がないので歩いていくこともできない!)
我が家のアレルギー食品も枯渇する状態だったのかっ!
ということにようやく気がついたタケ氏です。
(しっかりしようよ、こんなとき)

今日から、ヤマト運輸さんも山形方面の扱いを開始したということで、
(でも、ストップの情報も開始の情報も、HPをアクセスしないとわからないんだよね。テレビでも全然やらないし・・・)
ちょっとだけほっとしています。

東北は、物流ストップの影響がじわじわとあり、
山形庄内は多くを宮城県に頼っていたりもして、
地元ではまったく被災の痕跡が見えないだけ、
「こんなところも影響が・・・!」
なことがいろいろおこります。

塾で必要な本も入荷されないし、図書カードも入荷されないし、
ピカの使っているコンタクトも入荷されないし、
爺ちゃんがリフォーム予定だったユニットバスも入荷されません。
米粉もないよ。昨日行ったスーパーには。
改めて代替品を入荷するような価値もない、と判断されているのだろうなぁ。

細かいところで生活の変更を迫られております。

生きてはいられます。
アレルギー対応食品がなくたって、米と野菜(地場物)と肉(庄内は豚肉がいっぱい)があれば、大丈夫。
電気だって止まってないし、水道も大丈夫。
だから、まったく不安も不満もないし、焦ってもいません。
カップめんの買占めも、パンの買占めも、ヨーグルトの買占めも、
我が家には全然関係ないしね。

でも、生活自体にはいろいろ影響があります。
いつもどおりのことをしようと思うと、いちいち躓く感じです。

 

さて、今日は、
ピカ(今度高校3年生)の部活の顧問が二人とも異動となるので、お別れ会だそうです。私は出ませんが、お食事どころで飲んだり食べたりします。(←なんか微妙な企画だよな・・・)
ピカに
「何か作ろうか。何、作ろうか」
と聞くと、
「豚しゃぶがあるらしいよ。他に何かあるかもしれないけど、ウチ、もう大人だから、食べられないものがあっても大丈夫だから」
「でも、デザートとか・・・」
「うーん。帰ってから食べるから、ケーキとか作っといて」
「えええーっ!やだっ!」

そんな
大人になったピカリン。
私が被災者の方に役立てようと思って確認しておいた
アレルギー用インスタントコーンスープを
勝手に
封を開けて飲んでいました。
(残骸が台所のシンクのところに・・・・)

くーーーっ!!

 

※気の抜けた記事でスミマセン。あ~あ・・・

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アレルギー用救援物資(かくたこども&アレルギーくりにっく)

多賀城市 かくたこども&アレルギーくりにっくでも
救援物資を配っています。

サイト

http://homepage2.nifty.com/smark/

具体的な数が書いてあり、わかりやすいと思います。

(今朝のN○Kアサイチに、出ていたのかぁ!)

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アレルギー対応粉ミルクを

sizukuさんのコメントの一部を、あげたいと思います。
sizukuさん、ありがとうございます!
調達する地域での粉ミルクに不足にならないように、バランスよく、協力しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

被災地NGO恊働センターという阪神大震災のときから活動しているというNPOを知りました。

『被災地NGO恊働センター』
http://www.pure.ne.jp/~ngo/
粉ミルクを届けようプロジェクト~アレルギー対応の粉ミルクを募集します!~

薬局でアレルギー用ミルクの在庫を見つけたら送ろうと思います。

(続きです)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アトピッ子地球の子ネットワークとも連携されたようです。
アレルギー対応食も受け付けるとのこと。
下記、ブログのコピーです。


粉ミルクを届けようプロジェクト
……………………………………………………………
アレルギー用粉ミルクを届けようというこの企画、
さっそく共感の声をいただいております。
本日、次のようなお問い合わせをいただきました。
「関東からこの『粉ミルクを届けようプロジェクト』に参加したいが、
神戸に送るのはもったいないから、関東に拠点はないか?」

これを受けて、東京の「NPO法人アトピッ子地球の子ネットワーク」様と
連携させていただくことになりました。
アトピー・アレルギーを持つ被災者への支援に尽力されています。
***********************************
NPO法人アトピッ子地球の子ネットワーク
〒169-0051東京都新宿区西早稲田1-9-19-207
TEL 03-5948-7891 FAX 03-5291-1392
E-mail : info@atopicco.org
火曜~金曜 10:00~17:00
URL: http://www.atopicco.org/
************************************
関東方面の方が、被災地NGO恊働センターの
「粉ミルクを届けようプロジェクト」にご参加されたい場合は
こちらでも受け付けて下さいます。
粉ミルクだけでなく、アレルギー対応食提供などの
お申し出も受け付けておられます。

http://miyagijishin.seesaa.net/

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仙台・多賀城・塩釜方面のアレルギー対応食関係

ヘルシーハットさんからのメールを「そのまま」貼り付けます。

書かれているように、運送機能はなく、また、現場での混乱も予想されます。

アレルギー児の母はたくましいので、大丈夫だとは思いますが、
アンテナを高くはって、がんばりましょう。

・・・書いていて、自分自身の無力感にとらわれますが、
昔の仲間ががんばっていると信じています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ヘルシーハット 社長の三田久美です。


□++++++++++++++++++++++++++++++++□
※本メールは、当社をご利用いただいたことのあるお客様で、東北6県
(宮城・福島・岩手・青森・秋田・山形)にお住まいのお客様にお送りして
います。緊急時につき、会員登録をされていないお客様にも送信しています。
ご容赦下さい。
□++++++++++++++++++++++++++++++++□


このたびの震災により、被害に遭われた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
とりわけ津波に被害を受けた宮古、釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼、南三陸、
石巻、東松島、塩竃、多賀城、仙台、名取、岩沼、亘理、山元から福島浜通りに
いたるまでの沿岸部にお住まいの方も多くいらっしゃいます。連絡がとれず、
本当に心配です。皆さまのご無事を祈っております。

ヘルシーハットでは従業員は全員けがもなく無事でした。うまた店舗も工場も
倒壊することはありませんでした。片づけをして、12日より仮営業をしてお
ります。12日夕方に電気が復旧しました。営業再開のご案内が遅れましたこと
お詫び申し上げます。

電気の復旧が早かったため、当社オリジナルの冷凍食品は無事でした。
そのため、常温品も含めそれなりの在庫を持っております。


下記ホームページにて随時状況をご報告いたしております。
http://www.healthy-hut.co.jp/contents/news.html


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃現在の店舗営業について                                 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
物流がストップしているため、現在のところ店頭に取りに来ていただくしかありま
せん。被災で大変なところとは思いますが、自転車等でご来店下さい。

【営業時間】9:00~15:00
     (本日までは17:00までの営業でしたが短縮いたします)

 ※ご来店の際には、念のため電話で営業をご確認下さい。
  電話 022-292-0355
  携帯 090-2991-3337(柳井)

 ※アレルギーの患者本人(またはご両親)以外の方に、ご来店いただく場合には、
  患者様のアレルゲンについてきちんとお伝えの上ご来店いただきますようお願
  いいたします。またどんな商品が欲しいかもお伝え下さい。

 ※商品を入れる買い物袋などをできるだけご持参下さい。
     

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃仙台近郊の避難所等で生活をされている方へ                 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
・ご来店できる方は、お店までお出で下さい。
・各避難所の担当者に、食物アレルギー対応物資を要望してください。ただちに
物資をお送りできるかどうかは分かりませんが、要望を出さないことには困って
いる人がいることを認識してもらえません。何らかの方法で物資がお届けできる
ように手を尽くしてみます。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃多賀城・塩竃にお住まいの方へ                           ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
アトピッ子地球の子ネットワークからの支援物資(米パン等)が、坂総合病院に
15日夜に届いています(いるはず・・・) 物資に、食物アレルギー患者用と
大きく明記しておりますが、非常に混乱している状況で、荷物を受け取った担当者が
うまく荷物を処理できているか不安です。
そのため、避難所などの担当者に、坂病院に物資が届いていること、これを配布して
欲しいこと(あるいは取りに行けるかどうか)を尋ねてみてください。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃遠方の方へ(通信販売について)                        ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 物流が、完全にストップしているため再開の目処はたちません。
 状況が変わり次第、メール又はHPでご案内申し上げます。



………………………………………………………………………………………
ホームページで随時、状況をご報告いたします。
メールのご登録がない方や、パソコンを見ることのできない方もいらっし
ゃいますので、お知り合いなどで食物アレルギーの方がいらっしゃいまし
たら、今回の情報をお知らせいただきますようお願いいたします。
………………………………………………………………………………………


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

アレルギー対応食品&カフェ ヘルシーハット

有限会社ヘルシーハット
〒983-0803 宮城県仙台市宮城野区小田原1丁目4-26
TEL.022-292-0355 FAX.022-292-0357
info@healthy-hut.co.jp

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/






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仙台のヘルシーハット開いています

仙台のアレルギー店 ヘルシーハットさんが開いているそうです。

月曜日から米粉パンも作りたいということです。

(ヘルシーハットの三田さん発→どんぐりさん経由→タケ着情報)

 

知っている方に声をかけてください。

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地震

揺れは大きかったのですが、

ここ鶴岡市の市街地は、停電もなく無事です。

通信機能が全国と同様、通じにくくなっているだけです。

が市街地外、近隣市町村は、軒並み停電中です。

 

それより、宮城福島などの知人友人が心配です。

何かできることを見つけたら、動きたいと思います。

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