ピカリンの気持ち
(ピカリンの生活の場が決まって、気が抜けたら、そのままダラダラ記事書けませんでしたー(-_-;))
「皆と同じように食べられない」
ということが、いつもに増して「ネック」と感じたであろうピカリン。
「食べていけるようにしていく治療」が「主流」の昨今。
イマドキは、そうなっているよ、ということはピカリンに前から言っていましたので、
「自分も、そうすれば良かった!」
と、
思ったかなー、
と、
母としては思っていました。
ここで、言い訳をすれば、
ピカの場合、食べられないものがどんどん増えていき、アレルゲン数のマックスが小学校2年。(小麦牛乳卵大豆魚介類蕎麦ゴマナッツ類など。この漢字の羅列をつかえず読めたあなたは立派なアレルギーペアレント!この頃は仮性アレルゲンのトマト・なす・ごぼうなども避けてたな)
1年生の終わりにアナフィラキシーを起こすし、
2年になって化学物質過敏とも言われ、もう、この「マルチ」ぶりは「負荷入院しよう」などというレベルを超えておりました。
通っていた病院が「負荷入院」をしてなかったし(してたけどやめてた)。
その病院の方針「負荷入院で、時間と生活を拘束し、さらに失敗した場合のアレルギー反応による負担を考えると、除去しながら、生活を楽しんだ方が良い」という方針に、うちも「そうだなー」と思った&思春期のアナフィラキシーショック死を避ける意味から、もう10歳になろうという時期に、あえて危険を冒したくなかった。
が
うちが、病院で負荷を(というと、今はいろいろ語弊があるけど、まあ、そういうことを)しなかった理由です。
でも、体調が安定してきてからは、遠くの病院まで出かけて、食べられるようにする治療を選ぶ!というのも、選択肢としてゼロではなかったので、そこが親の怠慢となるかなあ、などと(あんまり思ってないけど)思っていたのです。
ヘルシーハットさんで、「今は食べられるようにするのが主流で、負荷を自分ではなく病院で」という話を聞いたあと、ヘルシーハットさんを出てからピカが私に言ったこと。
「でもさー。自分で負荷した方が判ることもいろいろあるよね。たとえばどんな体調の時にどういうことをするとどうなるか、とか。皮膚に出なくてもサー、これを食べると頭の回転が鈍くなる、とか、自分が一番よくわかるもん。つか、自分しかわからないじゃん? 自分で負荷すること、ってそんなに悪いことかな?」
食べられるようにしていく治療としての負荷と、「限界点」を知るための負荷、いろいろとアレルゲンを試していく方法はあります。
ピカの場合は、勝手に隠れ食いをしていたので「限界点」はある程度わかっていたと思います。限界点は体調によることも。
そして、毎日少しずつ食べて「食べられるようにしていく」のは、わたしたちダラシナ一家には出来ないことかもしれません。また、それをやっていれば、体調がだるいと感じても続けるべきなのかどうかにも悩んだかもしれません。
麦茶が飲めるぞ!とわかったとき、ピカは「こんなにおいしいものがあったなんて!」と喜びましたが、今は「体が重くなるから飲まない。あの時はさー、物珍しさが加わって、おいしく感じたんだよね。何回か飲んでると、やっぱおいしくないし」
食べてないから精神的に拒絶する
のもあるかもしれないし(納豆が食べられない地方の人もいるよね)
食べてないから無用にあこがれているものもあるかもしれません。
ピカは
「自分で自分の判断ができるようになったら、自然な形で、自分の体調をみながら調整するのが良い」
と、
考えているのかな、と思いました。
私自身も、自分が自分の体調が良いのか悪いのか我慢すべきかどうなのかわからない時期が非常に長かったため、「とても体調の良い状態」というのを子どもたちに知って欲しかったし、それには、除去をしている状態というのがベストだったんですよね(それは、完全除去を始めたら太って体躯ががっしりしたピカリンを見て思ったことです)。
そういう親の気持ちを何気に汲んで、ピカがそう思うようになってしまった(!)のかもしれないし、
そこは、わかりません。
また
本当にこの事は、
その人の住んでいる地域や、アレルギーの程度や、医者や親戚、育ってきた環境など全てが絡んでくることなので、「これが正しい答え・やり方」というのも無いと思います。
ただ、
親としては、
ピカリンは「食べられさえすれば」ということを、思わないわけはないのですが、
その事は、さんざん自分の中で斟酌して消化してきたことで、
そのことを「乗り越えて」(?)、自分の頭で自分の体との付き合いを考え、
愚痴をこぼさず前向きに物事に当たってくれていることに、
ほっとした
そんな風に感じたピカリンの言葉でした。
18歳に家を出る前までにしてやりたい事。
親の愛情を感じること
キラキラ輝くような思い出をいっぱい作ること。
丈夫な体を作ること。
自分で自分の判断が出来るようにすること。
自己管理が出来るようにすること
つまり、生きていく力をつけさせること。
できたかなー・・・
もっと、こうすればよかった! ここが足りなかった!と思う事はてんこ盛りなのだけど、
まあまあ、できたのかもしれない・・・。
今のところピカリンは元気で頑張っているようです。
つまづくことはいっぱいあるだろうな、と思う。
それは、誰でもそうだからね。
経験が人を作る。
親の私がしてやれたことは、十分だったかどうかはわからない。
後のことはキミに任せるよ、というのは親の怠慢で無責任かもしれない。
でも、
まー、なんとか、母は母なりにがんばりました。
もう少し、母としてやれることがあったら頑張りたいと思います。
ちなみに
ピカリンは、今のところ、農学部の食べ物関係を進路として考えております。
どこへ行くのやら。








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