masakograseさんへの返信コメントに代えて

コメントありがとうございます!

早くもヘロヘロと書きたいが、ヘロヘロしているかどうかも、アドレナリンの関係でよくわかんなくなっている激しい毎日を送っているタケです。
アレルギーとは関係のないブログですが、留学日記ブログをつけています。
主に、自分の塾の生徒だった方達に、生活ぶりを知らせたいのと、
自分の家族、知り合いへの近況報告みたいなのを兼ねているので
大して面白いことも書いていませんが、どんなことしてんだ?と思った方はいらしてみてください。
tumblerというところのブログなのですが、よくわかんないんだけど、インスタに近い感じで、ネットの検索に引っかかってきません。直接行くのかなぁ。
あと、コメント欄とかも、ないのです。
とにかく記事を気軽に挙げられるという一点のみでtumblerにしています。
よろしくお願いします!
アラフィフ留学ドタバタ日記

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ある日のアレルギー的朝ごはん in アメリカ

何も調理器具がない制限された学生寮の台所

時間ないから、とりま
Img_3351混ぜて(ベーコン、キャベツ、ピーマン、えのき茸)プラス冷凍ご飯(作り置き)
Img_3352チンして
Img_3354ご飯乗っけた。(鮭ほぐしの瓶詰め少しパラパラ)
薄口出汁醤油をかける。
ベーコンがいい仕事しているのでこれでオK
味噌汁はインスタント。入れ物がないので、保存容器で代用。
あ〜、記事書くの時間かかります。あまりあげられないかもなあ。
アメリカでアレルギーっ子が生きる方法も模索したいと思ったんだが、なかなか厳しい。

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11年前にブログを始めたときにアメリカに行った。そして、今…

このブログ、もうすぐ11年半になります。

当時、上の子ピカリン6年生。下の子チクリン2年生。
アレルギーに悩み始めたのは、彼らが生まれてからずーっとだけれど、思いがたまりにたまって、なおかつ、少しはまとめて放出できる「余裕」ができて、書き始めたのでした。

書き始めたとき(秋だったと思う)思いもしなかった「アレルギーっ子海外旅行」を、ブログつけ始めて結構すぐに決行しました。私自身が初海外でした。
アレルギーがあるから「これもできない」「あれも無理」と言わず、何とか工夫して、自分のできる範囲ではあっても人生前向きに楽しめるようになってほしい。そういう姿勢を身に着けてほしい。そういう母の願いで、頑張って、11年前実現させたアメリカ旅行でした。

リアルタイムで、どんな準備をしたか綴って、心優しいアメリカ人のALTブライアンにアレっ子を守るための英会話も教えてもらった。あのときは「tinge」などなど、いろいろ盛り上がって楽しかったね~。

 

そのとき「今の英語教育、ってこんな風になってるんだ!おもしろいなぁ」
という気持ちから、
自分の学習塾を開くことにしました。10年前
だねぇ。

 

で、今年。

タケ氏(実は52歳!!!自分で驚愕)は、6月からの1年間、アメリカの大学の先生(日本語を教える)と生徒(教育と心理学を数単位とる)をやってくる(お金がかからない方法で)ことになりました。

11年前のアメリカ旅行は、留学中の弟(現在医学部准教授)のところへの訪問であり、
また、その後自分の塾を始めるにあたり、参加していた「創業塾」で留学エージェントの事例が報告されていて、「そういう時代かぁ」などと思った時から、
ひそかに、自分でも気づかないくらい密かに、留学への夢があったのかもしれません。

具体的に留学で何をしたいのか? もともと留学して勉強したいと思った中身は、このアレルギーブログの中身と切っても切れないので、また書きます。

長くなりそうだから、今日は報告まで。

 

アレっ子育てが、私の人生を、本当に変えましたわ。

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チクリン(19歳)食事交渉頑張る

Image(画像がうまくいかない…。横向きでごめんなさい)

 

チクリン(19歳)から送られてきた画像です。

彼は、関西の大学で「数学」を学んでいるのですが、
陸上「部」にも所属しています。

彼は走らないと、酸素が体に入ってこないんですなー。

で、

今回高知で合宿があるらしく、宿泊の食事交渉を自分でした模様

たぶん、アレルギー食づくりに慣れていらっしゃらない宿の方が、丹精込めて作ってくださった感じの食事にいたみいり、チクリンが写真を撮って送ってきました。

 

ピカは、家にいたころから、いろんな方といろんな交渉をしてきていたので、あまり心配していなかったのですが、チクリンは、「面倒くさい」のひとことで、何もせず来てしまっていたので、心配していましたが、何とか頑張っているようです。

そういえば、思い出しました。

彼が、高校3年生の時、数学の授業の形態変更が「気に入らず」(←なまいき)、先生に授業形態について交渉に行ったことがあったのです。

その時の彼の報告曰く

「お母さんがいつも交渉するときにやっているように、まず、相手にお礼する。きちんと相手を持ち上げておいてから、優しい感じで、自分の主張を切り出したわけよ」

そ、そうでしたか。私、そうやってましたか・・・?

そ、そうかもしれませんネ・・・・・・・・・・・
見、見ていたんですね、君。

 

そして、母は、それに懲りず今回も言いました

「相手にお礼を言う時は、ありがとうだけでなく、具体的にどう嬉しかったのか伝えると、相手もうれしいよ」

うむ。

決して作戦ではなく、それがマナーであり思いやりであり、コミュニケーションの基本であると思うのです。

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アレっ子は猟師を目指さず、日本を縦断する

年度替わりはいろいろなことがあります。

 

アレルギーに理解は十分あり、待遇も良い教育関係の会社に就職することが決まっていたピカリン。
でも、スーツにパンプスで都会のビル内に「通勤」するお仕事で、その中身には不安(不満)も本当はいろいろありました。
その反動が「猟師になる」発言だったのです。

ところが

ここ半月の間に急展開があり、

ピカは、急遽就職先が変わりました

 

北九州の山中にある自然教育系の学校の「先生」に、なることになりました!

 

 

話はここから。

宮城にあるアレルギー主治医のところにも報告に行きました。

ええ、大学4年間、東京から通いましたとも。
決して模範的な受診の仕方ではなかったと思うけれど、夜行バスや新幹線を駆使して、お金のない中頑張りましたとも。

でも、さすがに北九州。

どうするか?

 

病院のスタッフに言われました。

「今は、強い薬を出すお医者さんが増えて、こじらせてここに来る20代の人が増えているの」

アメリカから来る人もいるんだよ

ピカリンいわく

「東京から通うのが大変、と訴えたときは、九州から来ている人もいる、って言われたんだけど、アメリカにグレードアップされてた」

 ピカは、素直に頷くしかなかった、と言っていました。

飛行機を使ったら、給料半分なくなっちゃうんじゃないか?

 

さて、アレルギーとどう付き合うか・・・どう食べて、どんな薬をどう使って、医者とどう付き合っていくかは、その人次第。

どうなることでせう。

明るく元気に切り開いていってほしいものです。

 

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アレっ子は猟師を目指すのか?!(なわけないが)

ピカリンは大学4年生です。

前も書いたけれど、自分の専門の「環境教育」ができるかもしれない?! 会社に就職も決まっており、卒論提出間近の日々です。

「卒論が忙しいから、お正月の帰省は無理!」
と言っていたはずなのですが、
「おかーたんが監禁してくれないと、書けにゃい~」とありえないことを言い出し、
今は、自宅に監禁しております。(ちったあ、進んだのかね)
本人曰く、「学科では一番優秀」なんだそうですが。

 

そんなピカリン、
この漫画を寝っ転がって読みながらのたまいました。

「環境教育なんて、どこまで行っても中途半端だから、こっちの世界に行っちゃおうかなぁ。猟師になろうかなぁ

半分本気の可能性があります。なぜなら、彼女は、鳥の2,3羽はさばいたことがあるのです。そして、野山を駆け回るのが大好きなのです。

さらに、彼女は、こうも言っていました。

アレルギーってさ~、つくづく、油と化学物質だと思うね。
ちゃんとした材料で自分で作れば、反応出ないけど、外の加工品とか食べると、てきめんだもん。」

彼女は、この漫画に出てくる猟師が、その獲物を使って様々な料理を作っている(素朴な)のにあこがれているのに違いありません。そこには、油と化学物質のない世界があるのです。

あながち、猟師になるというのが、とんでもない発想ではないのです、彼女にとって…

 

ピカリンは、どこへ、行くのだろう…。

 

 

ちなみに、チクリンは、「大学の食堂の料理って、おひたしに牛乳入れてたりさ~、それに野菜があんまり取れないんだよね。おれ、もう料理慣れたから、来年度からは、大学食堂使わないで、自分で弁当作るわ。なんか、弁当作りの負担を減らすコツある?」

と、成長を感じさせる発言をしておりました。ヨカッタ。(T_T)

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チクリン右肩を手術する 2016夏

チクリン、右肩関節手術で1週間ほど西の都で入院しました。 

お写真で軽くつづります。

 

<5月頃、主治医訪問>

今回の手術で一番心配だったのは、MRIの金属アレルギーと麻酔。

一応アドバイスを伺いに、幼少のころからの主治医を尋ねました。5月頃かしら。

1473642011605その病院のある駅前には スタバ図書館(という名前ではないが)ができており、15年位前、この駅前開発のために、当時のチクリンが通っていた(ピカリンが卒園した)アレルギー完全対応無認可園が立ち退きを余儀なくされたのでした。時の流れを感じる…

アレルギー大先生のアドバイスは
「やってみないとわからない」

なるほど!

でもとりあえず、チクリンの状況を大先生にお伝えできたので、万が一の時は相談しやすいだろう、ということで、おk。

 

<6月頃、ピカリン地元の中学で教育実習…チクリン手術と関係はない>

1473641952708今回、給食代替弁当は、 給食メニューには合わせず。

ピカリンいわく、「給食より少しみじめくらいのがちょうどいい」

なるほど、なるほど。

始めは自分で作っていっていたピカリンですが、当然(?)そんな余裕はなくなり、後半は私が作っていたと思うのだが、教育実習の間に、隣の義父が他界し葬儀。自分の仕事にも支障が出る始末で、なんか全然記憶なし。
写真の立っている白衣の人がピカリン。理科を教えてますな。

右の写真は、「久しぶりにちょっと乗ってみ?」とピカリンに自家用車を運転させたら、ブレーキ踏み間違えてたけ夫実家の垣根をぶっ壊した図(ケガはなし。車の修理代(T_T))1473648747881

 

<8月お盆のころ。チクリン、東北の地元ではなく大学隣の病院で手術を受ける>

1473641895991地元でも肩関節手術ができなくもなかったが、いろいろな不都合があったので、結局チクリンのアパートや大学から通える病院(O府は肩手術のメッカなんだそうですね)で、手術。

MRIの2回目も問題なく、
麻酔の先生も慎重にパッチテストをして、方針も決めて、とりあえず、おk。

手術は無事成功。麻酔から覚醒するときにちょっと暴れたらしいが(これは少し心配した)、
手術に関するアレルギー的心配はクリア。

問題は、食事。事前交渉は、チクリンが頑張って一人でやった
病院だから、アレルギー対応もそれなりにやってもらえるだろうと思ったら、
一応「対応する」と言ってくれたものの、ほぼ「除去のみ」の内容となる感じだったので、
ちょうど、夏休みがかぶっていたたけ夫がチクリンのアパートに泊まり込んで、肉類などを調理して病院へ持ち込むという、

まさかの修学旅行のホテルよりも入院先の病院食の方で苦労する

はめに陥る。ちょっとびっくりしたわ~
この地域全体の特徴なのか、アレルギー対応は遅れている感じしました~、いろいろなところで~。都会なのに~。たぶん、病院食は「外注」。私が直接交渉していれば、もう少し情報もあったと思うのですが、チク&たけ夫は、細かいことは気にしないので、よくわからん。

写真は、チクの「病院の毎日の朝ごはん」。
普通白米飯もおかずもほぼナシの、おかゆと梅干とジュース!毎朝!
別に内臓疾患も何もないので、特別食というわけではありません。
他の入院患者さんは、パン食だったのかな。(チクリン、見てないそうです…!)
19歳男子にはきつく、普通米飯にして?と頼んだが、断られたそうです。チーン
(写真はショックのあまり、めずらしくチクリンが撮影。)

退院後のリハビリがすぐ始まると思ったら、
2週間くらいはリハビリがない、ということで、(入院してからわかった…)
急きょ、東北の自宅へ帰る。

 

<最後の誕生会?>

1473641880457

ピカリンも、2,3日帰省できる日があり、
8月生まれのチクリンと、9月生まれのピカリンの合同誕生会を開く。

家族全員でケーキを食べるのも、ひょっとしたらこれが最後かもね。

ピカリン、来年就職だしね(アレルギーに理解のある会社に決まった)。
乳製品は、たまーになら大丈夫になっている(むしろ大豆使用のクリームの方が難)、ということで、米粉使った久しぶりのケーキ。

 

 

<右手が使えないまま、アパートに戻るチクリン>

1473494311534チクリン、料理や食器洗浄が厳しいため、

珍しく、タケが「お母さんぶり」を発揮し、5日間はしのげるだろう「おかず」を冷蔵&冷凍してチクリンのアパートに送りました。

昼ごはんは大学の食堂でなんとか。

5日が過ぎたころ、卒論のための調査で関西方面に行っていたピカリンが、チクリンのアパートを訪れ
いわく、
さんまのかば焼き、ドライカレー、ほうれん草のおひたし、豚汁の具、ニンジンとごぼうのサラダ、茄子とピーマンの肉詰め などを冷蔵&冷凍で大量に作り保存してくれました。(写真)

ピカリンいわく「卒論調査の交通費出してくれるなら、もう喜んでやりますとも! 4,5時間台所に立ちっぱなしの料理、って、別に苦でも何でもないの」
だそうですが、結構だらけていたらしく(?)、いろいろな時間に間に合わないのではないかと心配する しまり屋チクリンに注意されることがたびたびあったようで 「ブラック企業チクリン邸」「休みをくれない鬼上司」という報告あり。

 

 

手術のことは、多少心配したけれど、
まあ、二人がこれだけ育ってくれたことに、感謝かなぁ。
の、この頃です。

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粉食の都へ(どんぐりさんに返信~)

チクリン君、前期で合格しまして、
るるぶ全ページ粉食で埋め尽くされている西の都へ旅立ちます。

下宿を決める時、

「第一優先事項は、二口コンロが使えることです」

というと、業者さんやその大学の学生さんに、しばしば絶句されました。

ピカが東京の某地で探した時は、それなりにあったんだけど、
ここでは、なかった~~。
かろうじて、「昭和」な下宿を探し当て、(水洗トイレの水タンクが天井近くにあって、そこからたれている長い紐を引っ張る式! でも風呂トイレ別だよ。)今月末に引っ越します。Photo_5




あんだけ、粉!粉!粉!の街で、「新歓期はセンパイがおごる!」ことが慣例らしい大学で、どう生き延びる?チクリン!

大学内に、食堂がいくつもあるのですが、何とかしのげそうなメニューをそろえている食堂も見つけ、「昼に夕ご飯のおかずをここでタッパーに詰めて帰ってもいいね」とサバイバル法もいろいろ考えております。

 

チクリン君が小学生の頃、一度食事作りの特訓をしましたが、
その後は、全くしていない・・・
「いろんなメニューを覚えるというよりも、毎日食事を作るという行為に自分を慣らしたい」
というチクリンの要望で、毎日指導をしております。

Photo_2


正、はたけ夫が、ま、はタケ氏が指導するということですね。

書かれていないところも、これから計画します。

ここにきて、息子の手料理を毎日食べるという幸福に浸らせていただいております。

タケ自身は、チクリンの引越し準備とその他いろいろで、結構疲れています。でも、頑張るんだ自分! 頑張っていることの結果がまだ全く出ていないので、ここに書けないけれど、このブログの内容がらみのことでもあり、そのうち書けたらいいな、と、
いつまでも、ダラダラ終わらないブログなのであった。

Photo_3


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チクリン君、今日受験

1456361810239
これは、チクリンが今朝ホテル近くのコンビニで、受験中に食べるお昼を購入している写真です。今朝、LINEで私のところに送られてきました。

なぜ、この写真があるかというと・・・   ・・・・もし、チクリンがこの受験に失敗したらシャレにならない出来事がからんでいるので、今は書けない・・・ (まったくタケ家はどうしてこうも・・・(-_-;))

ハナママさんの「チクリン旅立ち」と「コンビニ」に反応して、あげてみました。

ヤツは今、関西にいます。東北から遠いな~。

コンビニおにぎりなんかで、力が出ないだろう?と思うけど、彼はそんなことは関係ないんだろうな。

がんばってこいよ~、チクリン。

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ピカの海外フリー旅行

自分のブログを改めて見たら、1年以上更新していなかったのですね~。

全然気がつきませんでした。

それで、

成長したアレルギーっ子の一例を見せられるのなら、という観点で、思い出すまま、つれづれしてみます。

まず、

ピカですが、

昨夏、一人の友人と共に タイ・カンボジアのフリー旅行を敢行いたしました。

切符の手配も宿の予約も全部自分でやるフリー旅行でした。

Photo

きっと母に求められるだろう、と思って、食事風景の写真を撮っておりました。

で、たぶん、写真手前、ライスペーパーをぬらす水、にやられて、帰国後おなかを壊してました・・・(^_^;)

 

多少、食事の面で無理をしところもあったようですが、果物や、肉、ライスペーパー・ビーフン、などでしのいだようです。

しかし、オリジナル旅行の醍醐味、それはハプニング、です。

タイからカンボジアに行く切符に不備があり、どうやって国境超えるかでドタバタし、
また、奮発してお願いしたトゥクトゥクのおじさんとの一日旅行も楽しかったようで、
食事の問題は、二の次だったようです。

 

旅行の準備中、それを考えると私はドキドキしてしまうので、考えないようにしていました。
で、行って
帰ってきました。

もう、たぶん、私が思うより上手に世の中を生きているのでしょう。

今も、ふと、彼女の食事を中心とした「生活」が心配になるけれど、
それは、今もって私の母が「タケちゃん、大丈夫?」と言ってくるのと同じくらい、若干的外れなことなんだろうなぁ、と思います。

 

次は、チクリン。

今春の旅立ち後、どうなるだろうなぁ。

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2016年新年明けまして・・・さよなら?子育て

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あけましておめでとうございます。

 

学習塾を主宰しているため、冬の時期は信じられないほど忙しく、年始のご挨拶で、失礼してしまった方もいるやもしれず、こんなところで失礼の上塗りかもしれませんが、お詫び申し上げます。

年末。

弁当箱の一気処分をしました。写真はそのときの記念写真。

もう使ってなかったんです、ほとんど。

でも、捨てられなかったんですね。

 

ピカが家を出て、4年。

チクも、この春、家を出ます。
彼は3年間、休まず毎日お弁当=おにぎり三個を作り続けました。ええ。おかずは一度も作りませんでした・・・!(^_^;) 
まぁ、お昼はおにぎりで生きていける体質、というのも一種の武器だと思いますので、良いでしょう。

もう、お弁当箱やグッズとさよならしてもいい。

 

捨てるのは簡単で、一瞬で済むことでした。

お弁当箱の選定、増える弁当グッズの置き場に困ったこと。
もちろん、毎日の献立、早起き。学校への説明や何やかや。
あんなに、七転八倒だったのになぁ。

 

しかし

ふと気がついて、

正月に帰省したピカに聞いてみました。

「あのさ~・・・

今年の5月、中学校で教育実習やるよねぇ?

給食代替弁当、ってどうすんの?」

 

ピカ、
正座し、
土下座。

 

・・・・・・ま、そのとき考えましょう!

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8回21泊の集団お泊り 自立への20歳編(ピカ記) 4

チクリンの台湾修学旅行、終了しております。
みなさん。お世話になりました。
ちっちゃい(?)事件・・・やっぱりありました・・・(^_^;)
それは、また。

以下、灰色の字は、ピカリンの報告
報告の中のアンダーラインは、タケ氏によるもの。
色つきの字は、タケ氏による加筆+解説

今回は前回8月下旬の10泊が終わり、少し間をあけて9月後半のお泊り3つ。全部で5泊です。(2泊3日二つと1泊2日ひとつ)
これにて、今回のレポート内容は終わりです。

 

6.インタープリテーションⅡ(2泊3日)

新任の先生が一人で引率。よって先生は授業運営でいっぱいいっぱい。メンツは学科の人だけなのでアレルギーの事も知ってるし気心も知れてる。

・準備
    オリエンテーションでアレルギーの事や普段宿泊時の対応などを伝える。先生が宿舎の人と連絡を取ってくれたが色々とすれ違いなどがあり宿舎と直接連絡の取れないまま当日。
宿舎「その場で対応できると思うので当日話し合いましょう」→先生→ぴか
ぴか「でも不安なのでメニューを事前に送ってもらえたらうれしいです。」→先生
先生「ん?分かりにくかったでしょうか?当日の話し合いで大丈夫だそうです」→ぴか
みたいな流れでんんん~?ってなってそのままにしてしまった…

・当日
    やっぱり食べられないものが多かった。朝のパンは白米を炊いてもらって、おかずは食べられるものだけ食べて、あとはコンビニに納豆とか買いに行って何とかなった。足りないという事はなかったけど食事内容はちょっと無理した。からあげとか。

・反省
  事前連絡はどうあっても宿舎と直接しなきゃだめだ

 

 

まさしくよくある典型例ですよえ~。
先生はきっと「宿舎はこういうことはプロで何でもわかっている」と思って対応しているのだと思います。全然そんなことないんだよ~・・・ 
タケ氏はもう大人だから(つか初老?!)、こういうときに先生にどういいい言えばかとかわかるけれど、
社会を歩き始めた若いうちは、ちょっとたいへんかもしれないなぁ

「ちょっと無理した」は普段は食べないけれど、まあ、一応は食べられる(場合によっては体に変調をきたす)、もの。です。体調が悪いときには絶対避けたい、よって、宿泊時はストレスもあるので避けているもの、です。

 

7. 環境教育リーダー養成講座某K舎合宿(2泊3日)(ピカが自主的に申し込んで参加)

自然農体験とかをする。説明しにくいけど元々は不登校や思春期の子達と一緒に共同生活&農業をしながら自分を整えたりするというような活動をしていた場所。NPO法人なんだけど代々一家でやってる。

・準備
    パイプをしてくれたKMさんは去年一緒に南三陸に二泊三日で行った時もお世話になったので理解有。自炊だし自然農的生活をしているのでそんなに心配はいらないのでは、ということで特に準備なし。卵をつくっているので卵料理が多いかも、ということだったけど話を聞いてとにかく飼料・環境が良いので食べることに。(ピカは卵で重篤な症状にはならないところまできました。ただ、食べるとどうも気持ちが落ち込む。湿疹が出ると、卵かな?と思うケースが多い、ということで普段は食べていません)

・当日
  参加者が一家のお姑さんとお嫁さんのお手伝いしながら料理をする
メニューはちょっと相談したりしたけど元々のメニューでいけた。
ただ、ほぼ毎食卵が出たので最終日にはこのかゆみは卵かな…?ってなった。
でも部屋(二階)に三匹スズメバチが出て殺虫剤噴射しまくって(この時は一階に避難)最終的にそのまま一階で寝たけど鼻水ずるずる事件とか鶏や犬(外)もいたのでそれもあるだろうなーと思う。

 

 

8. 某サークル大阪旅行
  サークルでUSJへ。ビジネスホテルの朝食がバイキング形式だと大体最低でもごはん、味噌汁、納豆があるから良い。食べるスペースがないような、「朝食用意します」ぐらいのとこだと大体パンとジャムだけなので良くない
大阪名物はどてやきが食べられた。USJではハリポタエリアのレストランに入ってホグワーツで出てくるみたいな料理を食べた。骨付き肉とか野菜とかの。

ホテルの朝食についてのレポは、高校生のときからビジネスホテルを利用し、大学からはいろいろ泊まり歩いているピカの経験則ですね~。

 

 

以上で、ピカの8回21泊のお泊り記録は終わりです。
始めに書いたように、お泊りといっても「合宿」系なので、偏りはあると思います。
一個人の経験ではありますが、
家から巣立ったばかりのアレっ子がどんな風にしているかの一例を知ることにはなるかなぁ、とあげてみました。
一部でも、何かの参考になれば、
そして、誰かに勇気を与えるような内容が少しでもあれば、・・・嬉しいです。

ちなみに、ピカはこのお泊りにも登場している子どもたちに食農文化体験をさせるサークルのサークル長に先日なったそうです。

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8回21泊の集団お泊り 自立への20歳編(ピカ記) 3

タケ氏
介護やら、全身蕁麻疹やら、ぎっくり腰やらに見舞われ、いろいろと遅延しております。
大丈夫です。
頑張ります。

以下、色の字は、ピカリンの報告
報告の中のアンダーラインは、タケ氏によるもの。
色つきの字は、タケ氏による加筆+解説

今回は、ぴかりんが帰省から東京に戻ってからの3つ連続した宿泊の話。
8/19~8/29までの11日間のうち、本人
のアパートで寝たのは1回のみ。
この多泊+いろんな人との交渉、に良く耐えたなー!というのが、一番印象的な記録です。

3. 植物学野外実習(4泊5日)

 

  元々イスラム教の先生が出される食事を食べられないので院の人に頼んで個別に自炊をする予定(イスラム教にあわせた食事を院生が先生に作る)だったのでそれに混ざることにした。全体(他の人)の食事は弁当屋さんに頼んだ仕出し料理施設にあるキッチンが使い放題。一緒に料理をする院の方は実家が民宿で料理上手。

・事前準備
    授業の事前オリエンテーション(七月末)でアレルギーについて説明。後日8月上旬に院の人を紹介され、相談に行き、詳しい説明をする。先生にエピペン不要証明書をもらってほしいと言われたので医者に証明書をもらいに行く(学校からエピペンを持ってくるか、エピペンは不要という証明書がないと参加を許可できないと言われる。)。※この先生のお子さんがアレルギーがあり、知識がある分、不安だったようだ、とピカは言っていました。

・当日
    講義や実習の合間を縫って食事を作る(院生の食事作りの手伝いと自分の分を作る)。院の人も(調理の)実力はあるし先生に食べてもらうしで結構ちゃんとした食事になった。一食にメイン、汁物、ごはん、副菜1、副菜2みたいな。食材は生徒が研究をしている間や夜に先生方や院の人が買い出しに行くので当日までメニューの相談ができた

  ・反省
とてもハードワーク。合宿中は本当に休憩時間一切なしで夕食後も朝食の仕込みをする生活だったので食事はすごいしっかりしているのに一番疲れた宿泊になった。登山して遅くまで班の研究や植物標本作りをして11時就寝みたいな生活だし。食事だけではなく体力や時間の使い方も考慮してしないと、と思った。
あとエピペン不要の証明書は返してもらってそれ以降の泊りは一応持っていくことにした。

※「食事の調達」だけでなく、「時間管理も大切だ」と思ったのだと思います。自分で学びながらの、周りに気を使いながらの、さらに人と違ったタイムスケジュールとなると、本当に大変で、これを完璧にやるのは、本当に大変だから、完璧は目指さなくてよいのでは、というのが、親心。ハリーポッターハーマイオニーの逆転時計を思い出してしまった。

 

 

4. 某サークル8月農学校(2泊3日)(おそらく、3の宿泊をした足で、この合宿の途中から参加)

 参加している小中学生を対象に食農文化体験をするサークル。運営側なので農学校の準備をしていれば自ずと食事がどうなるか、自分がどうすれば良いか分かるしみんな気心の知れた人たちなので特に気を付けたことはなし。植物学野外実習の翌日からだったので体力に気を付けたくらい。

 

 

5. 動物学野外実習(4泊5日)

 四泊五日分作って持って行った(4と5の宿泊の間に1泊あるので、そのときに作ったのだと思われます)。自分の準備不足と対応してくれなさ、てか、なんか、先生と施設にあんま恵まれなかったのも…ある、かな。強く言えないけど。

・準備
    七月末のオリエンテーションで集中授業中の生徒の生活担当の先生に食べられないものと自分の連絡先を書いた紙を渡し、普段どういう方法で宿泊の食事対応をしているか説明した。何か分からないことや分かったことがあれば連絡してもらうように伝える。
その後連絡来ず。
配布されたプリントに先生の連絡先がなかったため先輩伝いに何とか集中授業を統括しているKN先生のアドレスを手に入れ、23日にメールをする。大学のホームページから先生に連絡できるページを見つけたのでここからも生活担当とKN先生に連絡をする。
どちらからも返信がないので25日に研究室に会いに行き、相談。
曰く、宿舎にファックスの際にアレルギーの事を書いて送ったが返信がない。でも某教育大学の付属小学校も使っている宿舎だし大丈夫じゃなかいかな、という事だった。
その場で宿舎に電話をしてくれたので(宿泊先から)電話をもらい、宿舎の方と相談。
普段はアレルギーの子にもみんなと同じメニューを出して、食べられないものはよけてもらって、不足分は持って来たりして補ってもらうとしていたそう。
ええ…コンタミは…てかそれ以前にそれ(その方法)嫌な子結構いるんじゃないのか…と思いつつ、分かる範囲でメニューを聞いたら食べられないものが多いし、食べられるものだけ出す、となると金額がややこしくなるようだったのでガスコンンロ、レンジ、冷蔵庫、食器を貸してもらい、白米だけ出してもらうことに。
その後野外活動で仲良くなった人伝いにクーラーボックスを借りて食事を作り、冷凍して持参する。夕食分のおかずだけしっかりつくり、あとは昼ご飯用に好きなおにぎりの具と朝ご飯用に軽いおひたしをつくる。心の支えに自家製ベーコンも持ち(夏休みにタケ家みんなで作ったベーコンを冷凍してピカは自分のアパートに持っていっていた)、小フライパン、アルミホイル、ラップ、クッキングペーパー数枚、料理用ハサミを持つ。無印良品で買ったフリーズドライの中華スープと味噌汁も持つ。この時点がピーク。なんか、色々。

 ・当日
    当日は専用のレンジと冷蔵庫をもらえたので結構気が楽だった。食器はうーん、最初は普通のお皿数枚とご飯がおいてあったけど途中から紙皿になった。まあ、でももう授業の課題研究がもめにもめてそれどころではない状態。もー!もーーー!

 

 

3回連続の宿泊。そのうち前と後ろが単位の絡む実習です。授業なので、その内容自体がなかなか大変だったようです。大変て、学習内容ではなく「グループミーティング」などの内容が(^_^;)。それで、食事の大変さが吹っ飛んでいるところが、さすが学生、さすがピカ。
食事のことだけ見ていると、本当に大変なんだけど、それ以外のほうがもっと大変だよ!というのが、親としてはどこか救い。です。

お盆に家にいるときに、「いくつか宿泊関係の返事もらえてないんだよなー。あー、やだなー。」と言いながら、楽しみにしていた地元での友達との同窓会も出席取りやめにして「不安だから」と少し早めに東京へ戻っていました。

よくやった、ピカ!!お母さん、涙。

本人も、このあたりが一番つらかった、と後日言っていました。

(まだ続く・・・)

 

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8回21泊の集団お泊り 自立への20歳編(ピカ記) 2

以下、灰色の字は、ピカリンの報告
それ以外の色の字は、タケ氏による加筆+解説

今回は、ピカがタケ家に帰ってくる前の2回分を掲載します。

 

  1. 冒険学校(2泊3日)(ピカの自主参加企画)

 

山小屋アリのキャンプ。スタッフは大人2:学生1の小学生向けキャンプでスタッフ参加。

 

・事前準備

 

  去年から3回参加しているので特になし。初回にはアレルギー物質を伝えた。一応ふりかけを持って行った。

 

・当日

 

  全体用の食事を作っている横や前後で調理。対応はメニューによって変える。カレーの時は途中で野菜とスープをもらってポトフやカレーに。パンの時はごはんがないのでパスタ。この時はサンドイッチだったので具のベーコンやトマトなどをコンソメかケチャップで味付けした。前日までにポトフやカレーが余ってたらスープパスタに。チンするご飯は鍋で温める方法にすると温まり具合も分からないし時間が分からないのでレンジがない場合は向かない。全部食べられるメニューの時は食べる。このキャンプは作る量も大体で作っているので特に伝える必要なしだけどちゃんと人数から計算して料理しているキャンプだったら伝える必要アリ。

 

・反省

 

  特になし

※教訓。
チンするご飯はレンジがある時のみ。それ以外はパスタの方がいいかもしれない。
他の人の調理の材料をもらうべきか自分でそろえるべきか、事前に打ち合わせるべき。

 


 

  1. 野外環境教育学実習(4泊5日)(1の合宿から中1日おいてすぐ)(学校の授業)

 

 キャンプ。野外調理で食材が限られている。スタッフは大人が統率・企画し、KM研究室の学生が動かす感じ。実習は班ごとに行い、最終日に班ごとにメニューを決めて調理し、立食パーティみたいにする企画があるのでそのメニューについては班員と話し合う。

 

 野外活動指導者になるにあたりその技術や注意点などを学ぶ。体育科の授業。

 

・対策

 

    食事係りの運営側の学生とメール、会って話し合う。個別対応の仕方を決める。ここで食べられるものはできるだけみんなと同じものを食べて食べられないものだけ少し手を加えて違う料理にすることにした。昼はパンが多かったので朝のご飯をスタッフ炊飯器で一合炊いてもらっておにぎりにした(他のご飯は班ごとに薪で炊く)。最後の立食パーティーのメニューについては、班員7人中1人しか知り合いがいなかったのと話し合いがラインのみで時間・コミュニケーション不足で難しかったし大変だった…。おにぎり用のふりかけ、つくだ煮海苔、スープの素を持って行った。

 


 

  ・反省

 

    最終的に問題なく終われたけど、アレルギーについての説明とかもっとちゃんとできたかもと反省。でもキャンプで立食パーティーてイメージも全然分からなかったり、うーん。やっぱ食事系の情報は他の人より早めに詳しく手に入れておくべき!あとラインとかでアレルギーについて説明とかするとどうしても長くなって壁ができかねないのでやっぱ会える時にちゃんと言うか、少なくとも電話でないと無理だなー。

 

※解説
「ラインとかで」「長くなって壁ができかねない」・・・LINEはぽんぽんとしたリズムが大事なコミュニケーションツールなので、話が長文になると、「空気を壊す」。ということで、今や直接会う時以外の学生のコミュニケーションツールがLINEが主流になっていることを考えると、それに対して、強い心で一歩踏み込んで、ほかの手段で(他に話をする場を設けて)アレルギーの話をきちんとすることが大事なのかな。コミュニケーションも宿泊も「お手軽」にできる現代で、「結構面倒くさい話」を持ち込むのは、少し勇気が必要かも。現代に生きる若者ならではの話ですねー!

 

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8回21泊の集団お泊り 自立への20歳編(ピカ記) 1

以下、タケ氏より

アップが大変遅くなりました。
私事で立て込んでいたのと、
「ダイガクセー」となってしまったピカリンの、なかなかの「まとめっぷり」に、どう掲載していいのか、また、どうやったら掲載できるのか(そもそもの技術)混迷していたためであります。

今回は、ピカのお泊りの内容です。

長い「記録」(体験記というより記録!)ですので、今後、この一覧表を別に見ながらほかのを読んだ方がよいかなぁ、と思います。<(_ _)>

あと、どれくらい役に立つか分かりませんが、ピカの報告の邪魔をしない程度に、タケ氏の解説も取り混ぜながら、お届けいたします。<(_ _)>

今回の一覧は、ピカからはガッツリ固有名詞入りで送られてきましたが、それらについては、タケ氏が少々修正してお送りします。

以下、ぴかりんより

2014夏 宿泊時食事事情 2014.10.5 ぴかりん

 

                                                                                                                                               
 

 

 
 

日にち

 
 

期間

 
 

内容

 
 

企画者

 
 

施設

 
 

キッチン

 
 

対応

 
 

1

 
 

7/31~8/2

 
 

二泊三日

 
 

冒険学校 スタッフ参加

 
 

自然文化史研究会

 
 

自然文化史研究会キャンプ場

 
 

使用可

 
 

食べられないものだけ個別自炊

 
 

2

 
 

8/4~8

 
 

四泊五日

 
 

野外環境教育実習

 
 

集中授業・KM先生

 
 

某青少年スポーツセンター

 
 

使用可

 
 

食べられないものだけ個別自炊

 
 

3

 
 

8/19~22

 
 

四泊五日

 
 

植物学野外実習

 
 

集中授業・IM先生・Ali先生

 
 

TB大学農林技術センター演習林

 
 

使用可

 
 

個別自炊

 
 

4

 
 

8/23,24

 
 

二泊三日

 
 

某サークル8月農学校

 
 

某サークル

 
 

TG大学農園

 
 

使用可

 
 

全体と同じメニュー

 
 

5

 
 

8/26~29

 
 

四泊五日

 
 

動物学野外実習

 
 

集中授業・KN先生

 
 

某荘

 
 

使用不可

 
 

作り置き、電子レンジ

 

・食器・白米借りる

 
 

6

 
 

9/16~18

 
 

二泊三日

 
 

インタープリテーション

 
 

集中授業・YM先生

 
 

TB大学S実験センター

 
 

使用不可

 
 

全体と同じメニュー、一部個別対応

 
 

7

 
 

9/22~24

 
 

二泊三日

 
 

某団体合宿

 
 

環境教育リーダー養成講座・KM,UK

 
 

某宿舎

 
 

使用可

 
 

全体と同じメニュー

 
 

8

 
 

9/25,26

 
 

一泊二日

 
 

サークル大阪旅行

 
 

某サークル

 
 

ビジネスホテル

 
 

なし

 
 

色々

 

 

<タケ氏解説>

今回の宿泊は、近代的ホテルなどではなく、ほとんど合宿所のようなところです。それで、キッチンの使用などについて言及されています。

2と3の間8/9~18は、ほぼ、タケ宅に帰省していたピカリンです。ここで先日アップしましたベーコンやピザなどを作っております。

帰省したときは「次からの合宿、いくつか返事がもらえてないのがあって、憂鬱なんだよなぁ」と言っていましたが、まさかほぼ10日連続泊まるとは、全然知らない母タケ氏でありました。

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チクリンの台湾旅行(学校行事)、GO

旅行は1ヵ月後の11月です。
But何か手続き上の問題を解決したり、取り揃えるものがあったり、現地とのやり取りに日数が必要かもしれないので、
ちょいとここらで、学校、本人と家族、それから旅行会社で問題点の洗い出しと対応を考えましょー、
全員集まった方が、手戻りとかもなくてさっさと決まっていいよね?
とタケ氏がお願いして、

昨日会議を持ちました。

 

ここで、
お泊り100回ホルダー;タケ氏の「お泊り会議のここがポイント」

ネックは食事なので、
各食事について、どういった対応をするか、考えることを軸にして、
派生する問題を考える形をとりました。(経験上、このやり方がいいよー)
食事によって、対応する機関が違ったりするから~。
できれば、対応策を複数こちらで提示してみると、先生や業者さんも
1.学校や旅行会社が別案を考えるヒントができる
2.本人のアレルギーの程度がイメージできる
3.家族がどういった程度の対応を望んでいるかが把握できる
4.ついでに対面することで、互いの様子が知れて、安心感と信頼が生まれる

という利点があるので、ちょっと面倒くさいけど、対応策を考えてから会議に臨むのがおススメ。
「こうしてほしい」という思いと、「不可能でもこういう対応、ってあり?」みたいな観点からと、いろいろ考えておくと、対応のバリエーションが広がるように思います。相手の事情は分からないから、こちらの思いでOK。「こうしてくれなきゃ嫌だ」とか「こうしてくれるのがあたりまえ」ではなく、柔軟な態度でいくと、1や4の面で、有効かと思われます。

 


今回の場合、
朝ごはんは和食のバイキングで対応
ホテル・レストランは別の食事提供(※)
お昼は白飯のかたまりのおにぎりを宿泊ホテルが持たせてくれる(+自分で何か佃煮とか)
を基本にする。食べられるものがでてきたら、食べる。

ただし、ホテル提供の食事※は「アレルギー対応食」というわけではない(肉と野菜を煮たもの、としか言われてない・・・)ので、何が出てくるのかほとんど未知。
そこで、「あまりにもひどいじゃないか?の時の対応」&「お昼用」にチクリンだけ近くの日系デパートにお買い物に行く(現地スタッフ随行)。1日目と2日目に。(1日目はまず手に入れて安心したいから。2日目は一通り1日を過ごしてみて、「やっぱり必要だ!」というものを買うため)
そのための時間と外出の許可を学校からもらい、業者さんはスタッフ用意。
先生「そのときまでに両替は済んでますよね?」
業者「はい。台湾の空港からホテルまでのバスの中で両替を行うので、手元にお金はある状態です」
タケ&チク「ほおーお」

チクは、非常時に備え、せんべいなどのお菓子やウィダーを常時持つ。行きの飛行機では機内食だが、家からの弁当持参してもよいか、航空会社に業者が確認を取る。
(チャーター便で修学旅行生しか乗らない、という特殊事情があるので、若干融通が利くようだ)

タケ「たとえば、出されたものが食べられなくておなかがすいたとき、ホテルの自室で簡単な調理ができるように、トラベルクッカーとか持っていってもいいですかね?」
業者「そりゃあ、もう。トラベルクッカーを持っていくのは旅をするのには普通のことですから」
タケ「チクリンの部屋からだけ、いいにおいがして、あ~、ちくりん、いいなぁ~、って、ことになってもいいですかね」
先生「ははは。いいんじゃないですか?」

と全てはすんなり決まり。
まあ、さびしい食事になるかもしれないけれど、
そこのところは、ちゃんと旅を楽しめるよう、鍛えてあるので大丈夫でしょう。
むしろ
タケ 「チクリンだけ、特別の一人行動、楽しみだね」
チク 「うん!」

あまりに、スムーズに全てが決まったので、全員が手持ち無沙汰になり、
タケ 「先生。誰か友達が、チクリンにくっついていっしょにデパート行きたい、って言ったらどうします?」
先生 「あー、言うでしょうね~。それは・・・”待機してろ!”です」
一同笑い
というようなやり取りを持って、とりあえず、終了です。

 

なんとかなるんじゃないかな、
という感じですね!

楽しく旅支度をしようと思います。

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必見!自立アレっ子お泊り記録(予告編)

必見!

と書くのは親ばかなのか何なのか、わかりませんが、

ついに(?)ピカリン(当時推定20歳)が、この夏の8回分の宿泊、合計21泊をどうこなしたかのレポートを寄せてくださいました!

力作です!!

(長いので、今固有名詞をローマ字などに変換中。タケ氏個人的に忙しいため、いつになるか分からないが)

これを読んで、客観的に端的に感じたのは、
今、もしくは、大学等の機関は、
「アレルギーを甘く見ている」
です。

エピペン携帯などを言う割には、
事前準備は「ベツニ特に何もしなくて、だいじょうぶなんじゃね?」という感じが多い。
うがった見方をすれば、
「問題を起こしたくはない」が「自分が何かするのは面倒くさいからヤダ」
ですかね。まあ、今に始まったことではないが。
そして、それは、アレルギー対応、ということの意味を分かってない、ってことかなぁ、
と思いました。
まだまだ、理解は浸透していない。

 

 
家を出た、いちアレルギーっ子がどういう工夫をし、どういう困難にあい、どう成功し、また反省したか、が赤裸々に語られているので、

独り立ちすると、どんな苦労があるの?
どんな工夫が必要?
という疑問に、
ひとつのエピソードとして
たいへん参考になるのではないかと!!

 

ピカリンよくやった!
あんたは、えらいよ!
おかあさん、涙。

 

正直言って、これを読んだとき
「もっと私が助けてあげたかった・・・」
と思いましたが、
そうたけ夫に言うと、
「助けなかったから、ここまでできたんでしょ。ここまで成長したんでしょ」
と言われた。
そうか、そうかもしれないけど、
大変だったと思う。
よく心が折れなかったなーーー。

こんな風にはできない!
もしくは
こんなかわいそうな!
と思う方もいるかもしれませんが
それは様々に。
一部でも参考になることがあれば、ピカリンともども、うれしいです。
ピカリンとしては、これを叩き台にしてもらいたいという気持ち
(あと、頑張りを共有したい気持ち)だと思いますので(母の予想)、
どうか、前向きに参考にしていただければと思います。

では、

乞うご期待!

(いつ?!)
Coming Soon!(たぶん。ゆっくりお待ちください<(_ _)>)

※ちなみに今日は、チクリンの高校で台湾旅行アレルギー対応会議~
(先生と旅行会社とタケ氏とチクリン)

 

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台湾修学旅行 行けそう

って、行けるか。

 

いやね、
こういう言い方はあまりよくない気がするのだけど、
でも、アレルギーっ子の集団旅行ができるか否か、って、
旅行会社など、その旅行にかかわる人の
「仕事能力」に
すごく左右される
ような気がする!
実務的に、旅行が可能か否かの前に、
旅行を組み立てる気が有るか、
イレギュラーな生徒を、負担に感じず、or負担はあってもそれを乗り越える 気持ちがあるか、
が、大切ですよね。

それが、実際の旅行内容を組み立てるし、
当事者(今回は私たち家族)のココロが折れないで済む。

 

台湾の旅行会社のSさん(台湾の方)が、仕事できる人で、本当に、安心感もらえました~~。(担当の日本の旅行会社は、たいへん、不安でございました)

 

最低限
・内容はともかく、他の生徒と別のメニューは出る。
(選んで食べたら、食べるものがないくらい、小麦・海鮮物だらけ)
・昼の外行動に持っていくおにぎりも、作ってくれる(でも慣れてないからかどうかわからないけど、具入りは無理、だそうだ(^_^;))
・ホテルのそばの日系デパートで、チクリンだけ何か食べ物を買う方法を示唆してくれた(あとは学校次第だけど、大丈夫だろう)。昆布とか梅干とか、あるだろう。

ということで、
「もしかしたら、行けない?!」ってことはなさそうだ。
旅行のコーディネーター(学校を含む)が、面倒くさそうだからって良く考えもせず行動もせず「無理っすよー」と、なるのが、一番怖かったので。
あーー、よかった!
(そういや、自分が高校生のとき、担任の「無理っす(めんど)」で、修学旅行、行けなかったんだった。ちっとね、足にギブス巻いて松葉杖だったんす)

 

 

ミニ情報

台湾はまだまだ(たぶん)、料理の原材料を示すなどの対アレルギー意識はない。

(最近?)台湾への食べ物持込は厳しくなったようなので、持ち込むものは限られる。
検疫も受ける。

 

 

ということを前提に、チクリンの台湾旅行話は続く・・・と思う!(いつもこれだな)

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16~21くらいの我がアレっ子(メモ書き) 6 エピペン下

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(というわけで、再度写真アップ。
小麦を使っていないピザ台、自家製ベーコン、うちの畑の味の濃いトマトとピーマン。自家製かまどで遠赤外線焼き。これにしっかりバジルと良質のオリーブオイルをかけるのが、極上の味のための必須事項。

このレベルの大きさを8枚くらい食べたのかな・・・

たーいへん、うまがんした。
これをバクバク食べても、一応(?)子ども達はなんともありません。今は、そのくらいになりました。・・・・運動を行わない日、しっかり休める日、もちろん1年に数えるほどしか行わない、というのが、実行の前提ですが・・・

それにしても、こどもがアレルギーでなければ、絶対こんなことができる家族にはなってなかっただろうなぁ、と思う。ここに引っ越してきてないかもしれない。薪ストーブだって入れなかったと思うし、イーストや酵母を発酵させるなんて自分の辞書には無かった。子どもがアレルギーだったことで、ぜんぜん違う生き方になったと思う。それを幸福な方向に持っていくのは困難てんこ盛りだとは思うけど、自分たちなりの幸福を感じる方向には、なんとかもっていけるのでないかなぁ・・・)

 

主治医の先生へのエピペンへのお言葉

「私は、アレルギーによる死亡例を3例見てきたが、あの症状にエピペンが効くとは思えない。
なぜこれほどにエピペンを強調するのか分からない」

だそうです。(聞き書き)

 

エピペンて、アレルギーをなくす薬ではないですよね。
血圧が下がるのを防ぎ、気道を広げる薬ですよね。
打って5分ほどで効き始め、15~20分効果が持続するという。
効き目が切れたら、またアレルギー症状は出てくるのです。
重症なアレルギー症状が出る場合には「緩和された状態を少し作り出す」「本格的治療までのつなぎ」です。
それが、有効な場合は、当然あると思います。

私は、この効果を否定するものでもないし、持たない方がいいと主張するものでもありません。それぞれの状況もあるし、なにより「少しでも安心したい」という気持ちは、大切にすべきものだと思います。学校や周りの人が協力し合うことも大切で、AEDみたいな役割もあるように思います。

が、

この薬の扱い、認識が難しいのも、また、事実なのではないだろーか。

もっとなー、

報告とか、実際の経験の中身を積み重ねたいものだよなー、
と思う。

 

うちの場合、ピカリンは
「持ってても持って無くてもいいけど、もしかしたら他の人に重症なアレルギーが出たとき、自分の持ってるエピペンが役にたてたら、って思うこともあるし(そうなると他の人も微妙に安心感あるだろうし)、泊まりの行事とかには持っていってもいいかも」
と思っている。チクリンは
「ぜってー、持ちたくない!」(彼は理解があやふやなコト、面倒くさいコトが嫌い)
と言っている。

チクリンの旅行については、普段は飲まないアレルギー用のお薬や、普段は使わないホクナリンテープは処方してもらうので、いつもよりは「対応」しているということで、とりあえず安心する(安心しとく)って感じでしょうか。

 

ただ、うちの家族は、なんか主治医の言葉を聴いて、「やっぱな、そうだよな」的な妙な納得感があったのは事実です。
これは、人によるのでしょう。

 

難しい問題な気がします。

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16~21歳くらいの我がアレっ子(メモ書き) 5 エピペン 上

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(たけ夫とチクリンの工夫により作られた簡易かまど。上には燃えた炭が入っています。あと、たけ夫の工夫により100均ツールでつくられたピザ取り出しタナー。

夏のストーブは暑い!と思ったけど、なんだろ。夏の暑さに吸収されちゃう感じ。)

 

というわけで

ピカリンは、どれだかの実習参加に当たって、「主治医からエピペンを出してもらうか、エピペン不要という指示書をもらってくれ」と言われ、
チクリンも「できればエピペンを持っていってもらいたいのだが・・・」と学校に言われ、
チクリンは去年のマラソン大会の前も、一人呼び出され、校医と保健室の養護の先生に「エピペンを持つように」と懇々と説教をされた・・・

ということで

うちの主治医が「普段気をつけていれば、エピペンなど要りません」という主張の持ち主だとは知っていましたが、
色々と面倒なので
「エピペン不要」
の診断書を出しておくれやす、
と、
久々に、主治医を訪れたのでした。

013
診察室で(タケは行っていない。たけ夫撮影)
こうして大きくなった二人を見ると、感無量。

小さくって、ちょろちょろしてたのに・・・
待ち時間をつぶすのに、本当に苦労したのに・・・

 

その昔、エピペンの存在を始めて知ったとき、逆に不安になりました。

「どうなったとき打てばいいんだろう。効果が15~20分だとすると、あわてて早く打ちすぎても駄目だし、タイミング難しいよね?」
「いつなるか分からないから、肌身離さず持ってる? 部活の試合のときもベンチに持っていくの?日光駄目だから、ケース入れたままだよね」
「約1万円(今は5000円?)。毎年忘れず買うんだよね」
「1年のうち、頻繁に使うもの?」
「使わないで、アナフィラキシーになったら、この子の自己責任になるの?」
「うーん。だから、どんなときにも肌身離さず持つのが義務で、忘れたら駄目なんだよね?一生24時間365日、片時も離さず持ってるのがBESTなんだよね?」

・・・・できるかな?

 

とりあえず、ピカの中3の修学旅行のときは持って行ったのだけど、主治医の主張もあり、その後は持っていません。
なんか、うまく理解ができなくて・・・
もっていれば安心なような気がしつつ、
具体的に考え始めると、至極複雑な気がしませんか・・・?
持つのと持たないのと、精神的にどちらが負担なんだろう・・・
万が一のメリットにかけて、持ち続けるべきなのかな・・・

で、

今回の主治医のお言葉は、次回。

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