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技術としてのコミュニケーション能力(アレルギーっ子育ての親とのコミュニケーション・・・2)

アレルギー(アトピーも入れて)の治療法、って、
ようやく「いろいろある」ということが、一般的認識になってきた。
いろんなタイプのアレルギーがあるということも。

10年位前は
「われこそが正しい!」という人ばかりが声高で、
「わからない」というのは、医者でも、患者でも、ちょっと大きな声では言えないような雰囲気があった。(今もそうなのかな?)

だからさ、
だからこそ
本当は
わからないから、一緒に二人三脚組んで、考えていこうよ
っていう姿勢が大切だと思う。

教える人、教えられる人
正しい人、正しくない人

という分け方をせずに。

そうして、そのためには、
医療技術の一部として、コミュニケーション能力、って、大事なんじゃないかと思う。
知識とか、経験値とか、考察力とか、そういうものの前にね。
そこが大切にされていれば、
インフォームドコンセントなんて言葉すら、無用になるはずだと思う。

コミュニケーション能力だけで、知識も経験地も考察力もないのも困ったもんだけど、
できれば
そういうところを、磨く努力はして欲しいなあ、と思うわけだ!

そうしないと、前に進められるはずのものが、前に進まなくなっちゃうんじゃないか?!
と思うわけなんです。

この話は、副題に「1」「2」と、番号を振ったんだけど、
自分の中でもまだ熟成していない。
なんとなく、何年も前から思っていたことなんだけれど、
うまく、結論のようにはなっていないので、
これから、時々、書けたらな、と思って、
続き番号にしてみました。

今日は、ここまで考えた、ってことで。

以前はね、
ここまでもまとめられなかった。
子供の症状や、診断や、いろんな本や、いろんな人の助言に
動揺する自分を落ち着かせるのでいっぱいで、
一歩ひいて見ることができなかった。

今は、ずいぶん出来る。
立ち直りも早くなったし。

子供がある程度大きくなったからかな、と思う。
大きくする途中は、迷いばかりだよね。

そんな自分は、ある事実に気がついた。

「生活の一部を黒く塗りつぶされたような気持ち」
になっているのは、もしかして、お姉ちゃん(小6)のピカリンも?

以前は、親(特に母親)の自分が責められているような、考え無しだったような気になって、
そんな自分を立て直すのに、一生懸命で、
立て直し方として、あの先生はあーだとか、この説はコーダとか、私はとりあえず、こうなんだ!とか考えて、
自己完結してた。

でも
ピカリン
「脂噴出」
と言われて、
ああ、そう、あの時の表情は、
昔アレルギー治療を始めた頃の私の表情に似ていた。

ピカリン、
「おいしいものを作るぞー!」
ってんで、一人で料理をするとき、ショートニングやマヨネーズ、結構使っていたもんな。
彼女自身は
「みんなみたいに、買って済ませられないけれど、私は、自分で作れるし、
時間も手間もかかるけど、おいしいものを作るぞ、って前向きなんだぞ!」
って、誇り(with ちょっと悲しい気持ちも)すらあったと思う。
そこの部分に、NGを貼られたような、そういう気分になったんじゃないだろうか。

あー

コミュニケーション能力、とか、自分の中で結論付けたなら、
そのコミュニケーション能力とやらを、自分の子供にも向けろ? タケ。
そういう気分になっているもしれないあんたの子供と、上手に話をしなさいよ、タケ。

ひとつ、振り返って、自分の反省になったのだった。

これが、今回の一番の教訓。
子供が大きくなった、ということは、
こういうことも、親としてやるべきことのひとつなのかもな、

と思ったのでした。

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コメント

とても共感しましたぞ。
まだ私も上の子が5歳で日々葛藤だけど、たけしの日記を読んで、「ああ、アレルギっ子育児の先輩もこういう思いがあったんだ」とすこし安心したような穏やかな気持ちになりました!
子供を育てていく過程でどんどん気持ちは変化して行くので、まだたけしの経験してきたことまで達していないけれど、やはりこんな私でも数年前とは違うなあ。また今の考えも変わって行くんだろな。っていうか何がいいのかは日々違うかもしれないなあ

親として絶対にやらなければいけないことや、危険なことの排除は必然的にやっているわけだから、それ以外の部分で、子供の気持ち・親の気持ちのガス抜きをしながら生きて行こうと思う!アレルギーを治すために生きているわけじゃないかもんなあ。
アレルギーも個々に違うし、家庭環境もみんな違うのだから、たけしの言うように何が正しい・正しくないって分け方をしないでっていう意見、大賛成。

子供も複雑な気分になっているかもしれない・・・ってこと、もう少し私なりに考えて日常生活に生かしていこうと思った。たけし先生ありがとう。とても参考になりました~

投稿: つなまよ | 2006-03-06 11:26

今、ちょうど解除での撃沈と、アレっ子だから行事に参加できないみたいなことが重なって凹んでたところです。じゃあなに食べろっていうんだよ!という気持ちと、食べ物のせいで楽しいことにも参加できない子どもがかわいそうで、かわいそうで・・・。でももう3歳なんだし、これからは彼自身も自覚してうまくアレルギーと付き合っていけるよう、手助けしてあげなくちゃいけないなあ・・・。
お姉ちゃんのハンバーガーの話、いいですよね。私も子どもをちゃんと励まして育ててあげられるようになりたい!
たけし先生ありがとう。とても参考になりました~№2!

投稿: eri | 2006-03-06 16:12

>つなまよ様

んだよね。
やっぱさー
「治ったから幸せ」とか
「治るまでは不幸せ」というのは、違うよね。
医者は医者だし、ほかにいろいろ言う人もいるけどさ、
生活しているのは、私たちだから!
で、その生活を楽しむのか、そうでないのかは、
自分たちで、
んで、楽しむこともつらいこともひっくるめて、生活を彩るのは、自分たちだから、
どんな彩り方をしようか、子供と何をしようか、家族でどう過ごそうか、自分はどう生きようか、って、考えることを忘れたくないよな!・・・時々忘れちゃうんだけど・・・と思う。
つなまよ氏は、すごいと思う。
私は、とても子供が5歳のとき、そんなところまでは到達していなかった。
何に対しても、受身だったし。(あ、違う? 知っている方・・・)
エネルギー要るけどね! アレっ子持つと!
たまに休まないと、もたないさ。
にしても、
読み取りにくい文章を、読み取ってくれてありがとう。
そんでもって、「ました」って、書いてもらって、びびった・・・

投稿: タケ | 2006-03-06 19:16

>eriさま

ぬなっと!
行事!
へ子む! それ! 凹む!
ダメージ強し!
凹むの当然だから、
しばらく、寝ろ! のはムリでも、
少し睡眠時間を長くしてみよう。
3歳、って、
アレルギーっ子にとっては、ひとつのハードルだよね。
3歳までに良くなる子、って結構いるから、かえってプレッシャー感じたり。
じゃあ、5歳までがんばればいいかな?
7歳まで?とか。(7歳過ぎたら、もう開き直った私)
私も3歳のときは(子供が)いろいろ考えることが多かった気がする。人一倍気をつけてきたのに、何で、気をつけない子の方が、アレルギー状態良くなっていくの?とか。そういう子供もいる、って知っているけど、悔しかったり。
うわーん!(今泣いてどうする)
とにかく、凹んだときは、ムリするなよー!
まずは、体力の回復を図るのだ。
そのうち、心臓にも、毛と、筋肉と、脂肪がついてくるから!(こわいか)
だいじょぶ、だいじょぶ。
つらいこともあるけど、人一倍楽しいことも、絶対あるから!
しばし、待て!
と、思う。(←よわい、タケ)

投稿: タケ | 2006-03-06 19:28

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