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はじまった時(あのときのこと1)

 人というのは、大概慣れ親しんだ生活習慣を変えたいとは思わないものだ。
それを変えようと思うのは、その人にとって、それだけの影響を与える出来事が起こったからだと思う。

 
 ある人にとっては小さいことでも、その人にとっては大きいことであったり、逆もある。その人の育ってきた環境も、感じ方の背景にはあるだろう。
 皮膚にちょっと湿疹ができたくらいじゃ、普通、薬局で痒み止めでも買って終わりにする。でも、それに対して「ぎょ」っとしたり、生活習慣を変えても阻止したくなるのは、その人にとってあまりに大きい出来事があったからだと思う。
 もちろん、アレルギーのメカニズムを理解して、小さい湿疹も見逃さない、という理性で判断する部分もあるけれど、やっぱり、人を大きく変えるのは、その人にとって大きな出来事があったからというのが、基本だと思う。

 

 一晩中ほとんど眠らずに、痒くてぐずる子どもの背中をさすり続けた、とか、
夜中に子供の咳が止まらなくなって、今、夜間診察か?今、救急車か?と、ドギマギしながら声をかけ続けたり、
毎日のように、早朝から、病院で順番札とりに並んだり、
診察して、子供をなだめながらレントゲンとって、即刻入院だったり、
それで、家の家事はどうするのか、とか、
ハウスダストアレルギーなのに、家の中はどんどんぐちゃぐちゃとか、
アトピーをこじらせて、顔中湿疹というよりケロイドみたいにドロドロになっているのに、いつもとまったく変わらない無邪気で天真爛漫な顔で、母親に笑いかけてくれる子供に、夜中に泣いてしまったり、
親戚・知人に、あの療法試せ、この療法試せ、まだやってないのか、子供がかわいくないのか、と非難される一方で、
何だ神経質な、そんなことだから、子供がこうなるんだ、とか
それなのに、医者からは「お母さん、なにやってるんですか!」って、怒られまくったり。
それで、そういう出来事の間中、「うちの子、どうなっていくんだろう」「大丈夫なのかな?」「ちゃんと育っているのかな」「ちゃんと楽しんでいるのかな」って、ドキドキしっぱなし・・・。
まーいろいろありますわな、アレルギーやってると、ほんとに。

 

 で、
 ピカリンに関する大きなこと、というのは、ピカリンの小学1年生の夏から小学4年生の夏までの連続する出来事で、長いのです。(今も続いている、っちゃー、続いているんですが、思い出して一番疲れるのが、この3年間なのです)

 だから、分割掲載になると思います。時々、違う記事も入れていきますので、気長にお付き合いくださいませ。

  

 ピカリンが小学校に入学する前の年というのは、もう何が主要な原因かはわからないけど、とにかく皮膚の状態は最悪で、過敏になっているから、日光に当たっても悪化する、という感じで、年長さんの冬には、3ヶ月くらい家に軟禁とか、あーーー、書けば本当に悲しくなるようなことがいろいろあったんだけど、(書いているとキリがないからやめて)、とにかく、食事については腹をくくって、多品目除去、給食弁当持参、絶対に! と、迷いなく決められた状態でした。(それまでも紆余曲折たくさんあったんだけどさ)
 だから、自分としては、角田和彦『アレルギーっ子の生活百科』をなぞるような生活をして、もうこれ以上のことはやることはないだろう、これが、たぶん「最大限」だから、私はもう、アレルギーっ子の親MAXなのよ!ふんぬー! ってところは、あったと思う。本当に「なぞるような生活」ができていたかといえば、そんなこと全然なかったと思うけど、かなりやって、最大MAX。あとは、下げるだけ、と思ってました。
 実際、「なぞるような生活」をすると、状態が改善していくことが多かったし(繰り返すけど、それまでも、本当にいろいろやってたんすよ。除去もやってたし)、よっしゃ、やったる、って感じだった。
 初めての給食代替弁当作りは、前も書いたけれど、結構大変で、毎日くたくただったけど、ピカリンのことを思うと、手を抜くことはまったく考えられず、一生懸命取り組んでいたと思う。
 ピカリンは、重い重い弁当を担いで、坂ばかりの通学路を毎日元気いっぱいに学校に通ってました。坂道を友達が駆け抜けるので、細っこくて、その上荷物の重いピカリンは、よく転んではすりむいていたけれど、そんなことは何のその、ちょっとシャイだけど、明朗快活、学校生活を楽しんでいました。

  

  

 始まりは、夏休みの直前に行われた、町内会の「アメシロ駆除」のための、町内一斉農薬散布(有機リン酸系農薬ジクロルボス)でした。

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農薬暴露を受けた話」カテゴリの記事

コメント

読んでいるうちに、なんだかわかんないけど涙がでてきやした・・・
何の涙だろう???よくわからん。。。でも、またもや共感、非常に勉強になります。

アレルギーっ子の親MAX・・・私もまさに少し前はそうだった!あとは下がるのみ。。。というあとの事を考える余裕さえ無かった位盲目(^^;
でもMAXなくせにすぐに凹む、打たれ弱い・・・だった気が。。。むしろMAXなのにどうしてわかってくれないのよ!位の気持ちだったような。。。あー、思い出すと辛いけど、あのときの自分がいなかったら今の自分もいないよね。
もっともっとまあるくなりたい。
うーん、続きが読みたい、たけ先生~

投稿: つなまよ | 2006-05-04 00:32

>つなまよはん

コメントありがとうございます!

う~ん、私も書きながら、泣きたくなった・・・(笑)
やっぱり、一生懸命やってたよなー、
って、思い返すと、なんだか、自分で自分が痛々しくなる、っていうか、
いっぱいいっぱいだだった自分が切なくて、そのときの自分にもらい泣きしちゃう。わ~ん!

あんまり感情移入しないように、気をつけよう!
と思いながら書いていくけど、難しいかも・・・!
ご了承の上、どうかお付き合いくださいませ。

投稿: タケ | 2006-05-04 19:11

こんばんは。ん?はじめまして、かな?
つなまよさんのとこや、たけ(し)さんのブログ読みまくっているので、
全然はじめましてという気がしないです。
すいません、ズーズーしくて。
つなまよさん同様、泣けてきました。
初めて読んだ時はなんかつらくてコメントも出来なくて、今日また改めて来ました。
自分で、この子にはこれでいいんだ!と思い込めるまで、正直周りの声はつらいです。
旦那すら信じられなくて、なにか言われると過剰に反応して(自信がないからですね)
この子の事は私が全部決める!口は出さないで!状態でした。
・・・あぁーーー!!ゴメンナサイ、重くなってしまいました!
とにかく、ぐっと心にくるせつなさでした。
続き待ってます!!

投稿: こはく | 2006-05-05 22:37

>こはくさま。はじめまして!
来てくださって、ありがとうございます!

「母は強し」
っていうけどさ~、それは、「結果」強いのであって、
「途中」は、弱ヨワだよね~~、って思います。
こはくさんが「過剰反応」って書いていて、つな男くんも「打たれ弱い」って書いていたけど、
私もそうだったー!(今も?少し?)
自分でも、わかっているから、「アー、周りの人は、今の私の状態を、変に思ってるだろーなー」とか、そっち方向でも、つらい気持ちになっちゃったりして、気分は、ぐちゃぐちゃだよね!まじ。
何で、アレルギーって、こうかね?
「決めちゃえば」「決定すれば」かなり楽になるんだけどね・・・。
私は、もしかしたら、今は、強い人に見えるかもしれないけど、内にこもっているときは、気が弱くなっている分、人を逆恨みもしたし、わら人形を作ろうかとさえ思ったりした!
今は笑い話だけど、そのときは本気だから(!)、人には言わなかったりして! こわ~~。 ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!(→誰に謝っているのか)

これからも、どうか、よろしくお願いします!

投稿: タケ | 2006-05-06 17:11

はじめまして。今職場のパソコンで読んでて私も涙がにじんできました。
日々世話をしていない人達にとっては、口では「大変ね」と言ってくれていても言葉の端々に「あんたが神経質すぎるんよ」という気持ちが感じられて、結局安心してあずけられる人に今だ出会っていないんです。
こないだつなまよさんの米パンでジャムサンドを作って朝食に出したら、小麦パンを食べてるお姉ちゃんに向かってすっごく嬉しそうな顔で「いっちょ(一緒)ねー」と言ってました。
そして「一緒じゃないもん」と言い返した娘を怒ってしまいました。
怒った後で泣いてしまいました。娘はまだ4歳で正直に言っただけなのに、怒ってしまった自分が情けなかったです。
私ももっともっとまあるくなりたいです。

投稿: のぶりん | 2006-05-08 16:20

>のぶりんさん、はじめまして、こんにちは!
書き込みしてくださって、ありがとうございます!

今日も、仕事かな?
きのう、旦那と喧嘩して、夜も朝も口もきかず、落ち着いてパソコンも開けなかったへタレの私とは、えらい違いです!
自分は、引越しで失職して後、子供のアレルギーがどんどんひどくなって、これではとても就職できない・・・、と、専業主婦になってしまっているので、アレっ子を育てながら働いている人というのは、本当にたくましくまぶしく思っています。

だから、
泣いたって、いいよ! 失敗した、と思うことがあってもいいよ! なんか、無責任な書き方になってしまうけど、のぶりんさんの書いたのを読んで、私も目頭が熱くなった。
がんばってるから、心がいっぱいになるし、失敗したと思うことも出てくるし、泣きたくもなる。
そうだよね、みんな! あと、過去の自分!
しょーだ、しょーだ!
でもがんばってるから、絶対乗り越えられるし、丸くなるとき、前よりずっと大きくなって丸くなれる、んだ、と思う!

ふー・・・語ってしまった・・・。変なこと書いていたら、ごめんなさい。
どうしたらいいのかな?
と思うことはいっぱいある。
きっとみんなも。
みんな、一緒の方向で、フウハア言いながら走ってるんだよね。
無理をせず、時々ギャグを飛ばしながら、そんで、がんばろ!と言いながら、一緒に走ろう。

飛び出せ青春になってしまった・・・

投稿: タケ | 2006-05-09 17:39

時々さかのぼって読ませていただいています。
こちらの記事を読み始めて涙がこみ上げてきてしまいました。
二男がアトピー、食アレと診断されて間もない頃、義両親から
どこだかの会社のナントカ還元水みたいなのが何と100L届き、
「水で良くなるモンならもう治しとるわー!」と1人号泣したことがあります。
(ブログを始めてからいつかは記録として記事にしておこうと思っているのですが
先にこちらに書いちゃいました。)
先日書かれていた「お母さんに、面白い人生をありがとうね。」という
タケさんの言葉がいかに重いか、改めて思い知った気持ちです。
まだまだ読ませていただきます。

投稿: yoyo | 2007-07-09 22:30

>yoyoさん、こんにちはー!

書き込みありがとうございます!
これね・・・
やっぱ
「アレっ子母やっているといろいろありますわな」
のくだりのことろでしょうか・・・。

この文章の部分は、何の気なしに書き始めたのですが、
書いているうちに自分でも泣けて、
その後も、読み返すたびに、グーっと来て、
今回も、泣きそうになりました。いろいろ思い出して。
せつない。
いつも、いつもドキドキ・緊張していたなー、って。

その思いは、
毎日かみ締める必要はないけれど、
決して忘れてはいけない感情のような気がするのです。


自分のこれから、
それから自分の子以外の多くのアレっ子(およびその母)のことを考えるときに。
yoyoさんが、診断された頃のことを書くことは、
沢山の人に、元気を与えると思うよ。
共感しあったり、吐き出しあったりすることが、
私たちを強くしていくから。
と、なんか、先輩面してしまったが、
きっとそうだと思う!

投稿: タケ | 2007-07-12 07:38

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