« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月

涙の水餃子編(アレっ子母悲喜こもごも)

「涙の水餃子編」と申しましても、とりわけお勧めの水餃子があるわけでも、苦難の道のりがあるわけでもないのです。ごめんなさい!
最近あったちょっとした出来事を、「水餃子」に絡めて書いてみるわけなのです。

ついでに、ちょこっと、水餃子系の歴史に触れておきますと・・・

<大根の皮編>

薄暗い六畳間でこぶしを握り締めて餃子を求めて立ち上がった女の頭の中には、「焼き餃子」しかなかったのですが、「むおおおおーーーっ!」と叫びながらネット検索をして探し出したのがこの餃子です。
(当時はブログみたいのは無かったような気がするー)

大根をごく薄く輪切りにし、塩をふってしんなりさせ、片栗粉やタピオカなどの粉を全体に薄くまぶし、餃子の具を真ん中に挟んで半円型にし、蒸す。酢醤油で食べる

料理オンチの私には、始め、この食べ物のイメージがつかめませんでしたが、やってみて納得!
満足感は水餃子に近く、小麦の皮とはまったく別物ですが、たとえばひき肉と大根の煮物とかが結構好き!な人には、なかなか満足できる一品です。さわやかで、かつ温まるお味! 今の私ならしそとかカイワレとかレモンで飾るかも。(←今思いついた)
おいしかったけど「焼き」を目指していた私は、2回位しか作らなかったなあ。
・・・今作るか?と言われれば、別な料理にアレンジするかもな、と思う。
大根の薄い輪切りが技

 
<ライスペーパー編>


ライスペーパーで餃子が作れる!
とわかったあと、
これで水餃子、またはワンタンをやって玉砕した人は多いことでしょう!(共に
肩を組もう)→理由;湯にすぐ溶ける

そこでやっていたのは、以前も紹介した
皮から具がはみ出しちゃったワンタン
ワンタンは、すぐにはみ出しちゃうんだから、「包む」にこだわるこたネーだろ、と、自分の料理の下手さ加減を真正面から利用する手。
ワンタンの具をそのまま肉団子のように入れた野菜入りスープを作り、お皿(お椀)に盛って、食べる直前にライスペーパーを割り入れる
食べるときにライスペーパーがちょうどいい具合に戻り、まさしくワンタンの皮風です。子どもは大好きですねー。自分で割って入れるのも面白いし(ほとんど遊び)、食べたいだけ割り入れられるのも魅力みたいです。大人は、どうでしょう。味は悪くはありませんが、料理がホカホカと完成されていないところや、ライスペーパーは割るときに飛び散ることがあるので、落ち着かず、私はいまいちなんですが・・・
冷蔵庫に物がすごく少ないとき(そして豚挽き肉が少し、という感じ)、かつ時間が無いときなどに、簡易で栄養価のあるスピード料理として、かなり頻回作りました。割れてしまったライスペーパーが多いときとかも。(うちの)子どもは絶対喜ぶし。
そういった意味で、お勧めかも!

さあ
そんな日々のタケ家。
あまりに何度も作った皮から具がはみ出しちゃったワンタンにも飽き、「何か開発しなくてはなあ」と、思っていた今年の初夏。(だったかな)
電話が鳴りました。Prrrrr

うちの子の通う小学校には「学級行事」なるものがあります。
親子の親睦そしてクラスの親睦を深める意味で、学級PTAが企画して、クラスの親子で集まってレクリェーションをするのです。
芋煮会、りんご狩り、そば打ち、焼き物。
防災センター見学、ミニ運動会、町の散策オリエンテーリング。
クラスによっていろいろです。
食べ物がらみも多く、アレっ子の我が家は対策を講じるかどうかが問題となる企画です。

 
Prrrr!
「はい、タケ家です」
「クラスPTAです。実は今年のクラスレクは、手作り餃子作りにしよういう意見があるんですけど、タケ家は大丈夫でしょうか」
「(わー、あらかじめ気がついてくれたんだ! うれしー!)ええっと、小麦はダメですけれど、なんとかします」
「実は、H君のお母さんに教えてもらおうか、という企画で・・・・」
「(え!あ!3年前に中国から来たクラスメイトのH君ね。うちにも良く遊びに来る。あそこのお母さん、ちょっと日本語がたどたどしくて、うまく仲間に入れなかったみたいだけど、それならすごくいい企画ジャン! H君のお母さんともお近づきになれるチャンスだよ! いいね!PTA!) あ!それなら、なんとしても、実現したいですね。うちも工夫します」
「まだ、本決まりではないんですが、そういう意見も出ていて、タケさんちはどうかな、と思って、電話してみたんです。水餃子になりますけれど、大丈夫ですか?」」
「気にかけていただいてすごく嬉しいです。ありがとうございます! 水餃子ですかー。何とかします。うちに気を使って計画が無くなることのないように、どうかよろしくお願いします」
「ネットを検索してみたら、小麦を使わない餃子の作り方のレシピがあったんですけど、知ってますか?」
「え・・・・。いいえ・・・」
「教えましょうか」
「あ・・・。お願いします」
「えーと、米の粉○○グラム。米の粉、ありますか?」
「あ、持ってます。」
「それから水○○グラムを混ぜてこねて皮にするそうです」
「(んんん。すると味は団子・・・?)あ、ありがとうございます! やってみます!」
「それじゃ、よろしくおねがいします」
tin・・・・

・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
くっ・・・
・・・・・・・あれ?
今、私、「くっ」って思った?
何言ってるの?良かったじゃーん!理解してもらえて。

・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・
くっ・・・
・・・・・・くやじー! なんか悔やじいのよーっ!!
ドン!ドン!ドン!ドン!(床をこぶしでたたく音)
ほnyらsくれうすがlkdjふあいう×○#!Йб★Щ¶фξΘ!!!!

と、意味不明の感情噴出。
この感情や会話を分析すると、必要以上に良くない感情に転化しそうなので、やめ、

「おいしい、かつ、みんなと一緒に作れる水餃子を開発する!!」
と決意。
(なぜか目に涙)

まだ伊東家餃子を知らなかったので、とりあえず、言われたとおりの分量で皮を作り
「やはり団子味だ・・・」
ということで、没にしたあと、
「うにょーし!」
と、左腕を空に突き上げたポーズで袖をめくり、
「おいしい、かつ、みんなといっしょに作れる水餃子」
に突き進んだ!(といっても、何ヶ月もさぼる。合宿行事とか忙しかったし)

私にはひとつの構想があったのです。
それは、あの、イトヨリ鯛のすり身の利用です。
あれをそのまま蒸すとぷりぷりの蒲鉾ですが、それと粉を混ぜることにより、風味のある柔らかい新しい皮が出現するのではないか?! シュウマイのときに使うタピオカ粉なども使えば、透明度も出るのでは?

問題は配合です!

始めは、粉が多すぎ、例によって、食事中に家族中が押し黙る「恐怖の実験料理」をお出ししてしまいましたが、反省に基づいて、この間は、うまくいったよ!

Dscf2566  

 

 

 

粉とすり身は半半くらいの配合でしたが、粉の中で米の分量が多く、少し硬かったので、全部タピオカ粉にしても良かったかなという反省もしましたが、
味は、海老の点心と餃子を一緒に食べているようなおいしさ!
家族からの評価も、☆五つ!(たぶんね) 
(混ぜ合わせはフードプロセッサで。行事にはこのタネを持参予定)

Dscf2565

よーし、待ってろ!
クラスレク!

 

 

・・・・
ところが、
なんと、突然、
今日から5日後に、
H君は愛○県に引っ越すことになってしまい、
クラスで手作り餃子の企画は、なくなってしまったのでした・・・。
(ここで、おちゃめなH君とのお別れを思って、また涙)

涙にぬれた水餃子。
ちょっぴり涙の味がする。
この頃個人的にお話しする機会が増えていたH君のお母さん(やさしくて非常に美人)が、「今までありがとう」と3日前に電話をくれた・・・。うえーん!
H君の母さんを想って、中華の更なる開発を進めようと思ったタケでした・・・・。

 

 

| | コメント (14) | トラックバック (0)

焼き餃子編(アレっ子母の料理追及の仕方)

「小麦がダメ」
と、わかったとき、小児科診察室で脳裏に浮かんだのは、パンでもケーキでもなく、
ラーメンと餃子・・・。

いっ?いいいーっ?あれが食べられなくなるんでっか? くら・・・

家に戻って、しばし畳の上に呆然と座りつつ、
「ぬぬぬぬぬぅ! ここでへこたれてなるものか!
私は食う!
絶対に、あの、餃子を食べたときのパリッ、ふわ~、じゅ(汁がしみ出る音)、ほくほく、もぐもぐごっくん。そして、酢醤油のついちゃったご飯をパク! しゃ~わせ~(うっとり)・・・・・を、失ってなるものかーっ!」
と、こぶしを握り締めて、六畳間にすっくと立ち上がったのです。(そばには何も知らない幼子)

・・・これは、餃子の幸福感を求めて立ち上がった、小麦を持たない一人の女の物語である。
(風の中のすーばる~)

いやね、
焼き餃子は「伊東家餃子」でほぼキマリ。
と、いきなりピリオド打つのも何なんですけど、
長年の闘いに、伊東家が答えを出しちゃったのよー。
ほぼ幸せになれたので、文句無し。
仕方ないので(?)、あきらめ切れなかった女の物語をいっちょ語ります。
(砂の中の銀河~)

<分析編>
餃子の幸福とは何か?
まずはそこからだ!
食べ物は形で幸福になるんじゃないんだよ!(持論)
「幸せ」を再現するんだっ!

ということで、譲れない点は、上記の「ぱりっ、ふわ、じゅ、ほくほく」プラス「ご飯についちゃった酢醤油」と決め(←他にぷりぷりした皮、とかいろいろありますけれど、まず最低限の独自ライン)、思考&試行開始。

<マッシュポテト編>
これは今思えば、なかなかの優れものであった。
ジャガイモをマッシュして油を引いたフライパンもしくはテフロン加工のフライパンに薄く敷き詰め、餃子の具を平たく乗せて(ピザみたいな感じ)、蓋をして蒸し焼きの上、最後は蓋を開け、強火で底面をパリッとさせる。フライパンのままか、もしくは大皿にどーんと置いて出して、各自箸で切り取って酢醤油をつけて食べる
これで、上記の「幸せ」はある程度満たされました。
油も少ないし、応用も利きそうな
点、がなかなか良さげ。
しかし、「じゅ」が。ジューシーさが、ちょっと無かったのねー、やっぱり。飛んでしまうのです。
「包まないとダメかなあ・・・」

<サゴヤシ粉の皮編>
当時、小麦アレの人を対象によく紹介されていたのが、これ。
ただ「難しいよ、結構」と言われていました。
小麦で作るあの皮を、サゴヤシ粉で作って、あとは普通の餃子の作り方と同じ、
という趣向なのだけれど、
サゴヤシ粉には熱湯をかけて、「冷め ないうちによくこねて+整形」ということで、まだ、今ほど熟練アレ母で無かった私は、早々に諦めてしまいました。
作った方、いらっしゃいますか?
味もいまいち固め、という噂が・・・。そういえば、一回どこかで食べさせてもらって「これなら要らないや」と思ったような記憶が・・・。

<ライスペーパー編>
人に紹介される前に、自分で思いついた点、「餃子の幸福」を追求する女として自画自賛したい。

ライスペーパー物語もあるよ。

まず、よく料理の紹介に書いてある「戻した皮は、濡れぶきんに挟んでおく」
コレ、うまくいった方いらっしゃいますか? どうやんだろ!
まず、説明が良くわからないので、ぬらしたライスペーパーを「そのまま積み重ねて」濡れぶきんに包んでおいたら、分厚い一枚、になりました。どっぺん。

次に、濡らしたライスペーパーを1枚ずつ濡れぶきんに・・・って、濡れぶきん、何枚あっても足りないよっ! と突っ込みたいところだが、大人な私は「まず少量で試してみまショ」と、4枚くらいで試すも、濡れぶきんとくっついたり、ライスペーパーが破れやすくなってしまったりで、むきーっ!と、子どもな私に戻ってしまったところで
「皮を一度に準備するのはムリ」と決め、(←決めた)
具を包むたびごとに皮を戻す、という方針で行くことにしました。

ライスペーパーの戻り具合、ってビミョーっすよねぇ?
一枚戻るの待ってから包む、とやっていると、これまた時間がかかって、むきーっとなります。
結局私がとったやり方は、
ライスペーパーが入る大きいボールを二つ用意して水を張り、
濡らして広げた布巾を用意、もちろん、具も用意。
ボール二つでペーパーを戻すのですが、
ひとつのライスペーパーを濡れぶきんに置くと同時に、新しいパリパリのライスペーパーを今引き上げたペーパーが入っていたボールに入れておく。で、濡れぶきんの上のペーパーで具を包む。
次は、もう片方のボールから戻ったライスペーパーを引き上げると同時に新しいペーパーを入れておく。
というふうに、「時間差戻しの術」を使う
ことで、様々なむきーっを回避しました。
が、
始めの頃は、大して体を動かしていないのに、息は荒くなるし、酸欠状態にはなるし、終わる頃には、「餃子を作って」と頼んだわけでもない家族に当り散らしそうになる(当り散らしてないと思うんだけど・・・)始末。
それでも、餃子を食したい一心で、
「作るの大変だったなあ・・・」というダメージから復帰するや否や挑戦するうちに、
今では、軽かる~な作業と相成りました。やはり何事も慣れですねー。

ライスペーパー餃子はどういう形にするか?
というのにも、いろいろな試行錯誤がありました。
始めは、上記のような酸欠状態だったので、
形作りまでは追求するのが面倒で、なんと、2枚のペーパーにそのままはさむ
薄型円盤餃子。
おもしれえ。
半円円盤餃子。
4分の1円円盤餃子
もうわかったから・・・
どっさり積み上げると、かなり壮観です。

酸欠にならずに皮を戻せるようになると、普通の生春巻のように包んだりしましたが、
やっぱり、くるくる巻く棒餃子が、一番カンタンだよね。

ということで、
棒餃子に落ち着いていたのでした。
子どもの弁当に「春巻き」があったりしたときは、きちんと包んでいます。

でも、なーんか、油っこいんですよねえ。
油が嫌いなチクリンは、餃子が嫌い。
わたしも、どうにかなんないかなあ、と思いつついたところ、

<伊東家餃子>です。

はい、終わり!
としたいところなのですが、まだ、物語が・・・
この物語が、明日への新しい料理を生むかも知れず、記録しておきますと・・・

まず、この餃子の作り方を知ったとき(こむぎこさん紹介http://acoblog.mono-organ.org/?eid=522787のとき)、
「かーっ!」と思ってしまった・・・。
というのは、「具に粉を直接つけてそれを蒸して皮風にする」という技は、
すでに「シュウマイ」でやっていたからなのです。
まあ、オリジナルではなくて、アレっ子母先輩から教わっていた技なのですが。
でも、その「技」は、整形した具に一度だけタピオカ粉をまぶし、蒸す、というもので、「一度だけ」なんですよ。(でもとってもおいしいよ。出来立てシュウマイはマジうま。ご家庭で試してみてね!)
これを、何度も繰り返す、という発想の転換を、なぜにできなかったのか! 女は自分を責めた。(草原のペガーサス~)
ま、いいか、とたちなおり、
作った!
女は、小難しい手順に慣れきっていた。
うろ覚えな記憶(伊東家ホームページをさっと眺めただけ)を手がかりに、
具に粉をつけ、鍋に沸かした湯の中にどぼん。
それを網杓子で引き上げ、軽く水を切って、熱いそれを粉の中に転がし、また、鍋の中にどぼん。
・・・。
はい。背中から思い切り蹴飛ばしてやってください。
料理しながら冷や汗流して喘いでいるんじゃないよ、タケ氏!
んな、面倒くさいわけないだろ!
もう一度HP見て、呆然とスンナや!
沸かした湯じゃなくて、水でいいんだよ、水で!

と、
その後、再度のトライで成功を見たのでした。
よかったね。

こうして、女は、「餃子の幸福」を手に入れ、今までの苦労は無かったかのように、家族と笑顔で食卓を囲むのだった・・・(つーばーめよー!)

Dscf2570

 

 

 

 

いやー
「餃子の幸福」(焼き餃子編)
たまに、勉強のために小麦皮餃子を食べてみるけど、心の中で追求しすぎたせいか、
普通の小麦皮餃子では、あんまりおいしくないよ・・・。「じゅ」もないし・・・。
ということで、
今後は、ライスペーパーと伊東家餃子の組み合わせ(すでに春巻きでは実践済み)
さらに、お湯にどぼんの技等も組み合わせ、
市販の「小麦皮の餃子」を超える餃子を、追及していく覚悟だよん。

女は言った
「まだ、旅は始まったばかりなんです」
(地上の星は~、今、どこに~、あるーのーだろー!)

次回、
涙の水餃子編。

| | コメント (27) | トラックバック (0)

気に入っているランドセル(お弁当をどうもって行くか?)

ランチジャーのお弁当箱。

重いですねー。

小学校にお弁当を持っていっていらっしゃる方は、どうしていましたか?

特に、入学した手の小さな体には、「負担じゃないか?」「大丈夫か?」と心配なものです。

 

上の子ピカリンが入学する時、
思案しました。
当時、ピカリンの肌状態は最悪でしたので、「ランドセルの牛皮でアレルギー反応を起こす子どももいる」という情報で、牛皮はパス!

早々と、高級牛皮ランドセルを買ってくれていた婆ちゃんには謝って、別のランドセルを探しました。

条件は
できればランチジャーが入る!(ランドセルのほかにぶら下げ物が増えると大変そうなので)
軽い

この2点です。

で、買ったのは、横型ランドセル

横型半カブセランドセル【レジェランド「ワイド」】個数限定生産品●黒と赤

http://img2.store.yahoo.co.jp/I/homedecor_1919_347466

これです。

7年前は、もっと横長だった様な気がするのですが・・・

「黒がいい!」
というピカリン(♀)に、個性と意思を尊重したいと思いつつ、
「弁当持参の上に黒ランドセルか・・・」と、動揺しまくり。
店で実物を見て、赤に変更したピカリン。
内心ほっとした母です。

このランドセルだと、ぎゅうぎゅうではありますが、何とかランチジャーがかばんの中に入りました。
あと、軽いんですよね。
ほかのランドセルが、1kgくらいなのに対して、このランドセルは750gくらいなのです。

 

細くて小さくて(当時は。今は見る影もなし)体力もなかったピカリンが、
このランドセルにお弁当を入れると、本当に大変そうでした。
坂道ばかりのところに暮らしていたので、この道を、友達とランドセルをしょったまま走ると、かなりの確率で転んでいました。ふりまわされちゃって。
毎朝「よいしょーっ!」という雄たけびと共に、ランドセルを背負うピカリンを見送る母の胸は、いつもぎゅっと縮んでおりました・・・。

後日、
アレルギーっ子の母の集まりで、
「重いので、昼時に親が持っていっている」と言うのを聞いたとき
目からうろこ!
持って行ってやれば良かったのか・・・。
全然思いつかなかった。

でも、今となれば、
小さいうちから、自分で持って行かせて良かったなあ、と思いますが。

 

横型ランドセルの難点は、よく1年生には義務付けられる(?)「交通安全の黄色のランドセルカバーが使えない」コト。
「アー、ピカリンちゃん、黄色カバーしてないー」
と言われたことはあるようですが、
仕方ないっちゃ!(その当時の方言)

 

でも、このご紹介ページにもあるように、製造は2年以上前に基本的にやめちゃっているんですよね。

で、

その2年前に入学したチクリン君。
どうするか?

 

すでにかなり心臓に毛の生えていた母。
転校手続きで小学校を訪れた際、弁当に対する交渉と同時に、
「で、弁当が重いので、このランドセルを使いますけど、いいですよね?」
と、
許可ではなく、確認を求めた、そのランドセルとは、こちら。

解説 → http://allabout.co.jp/children/kindergarten/closeup/CU20040201/index4.htm

入学するチクリンはネイビーカラー、小学5年に転入のピカリンはピンクを購入。
(今のデザインより、少し渋めのデザインでした。上記「解説」サイトにあるのと同じ物)
重量630g
なんていっても、軽い!

でも、けっこう人気らしくて、この季節には売り切れ続出なんだって?
都会では使っている人が多いのかニー。

大きさは、普通のランドセルと全く同じだし、
中も四角い形に整形されているけれど、
ご覧のとおりのナップザックといった感じのナイロンなので、いろんなものがいろんな風に入って、ランチジャーも楽勝!

レインカバーも内蔵されていて、ポケットもいっぱい
なんと言ってもかっこいいし、
お値段も定価で9800円
これなら3年くらいで壊れても、もう1回買えるな、と思ったのですが、
なかなか丈夫です!
チクリンが、普通に(?)投げ飛ばしたりして扱っておりますが、
壊れる気配なし。
くたびれてきてはいますが、壊れなきゃ、使えるから。

 

これからは、小学生も、この辺りをスタンダードにして欲しいものだ
物騒な世の中、機能的なランドセルのほうが、
動きやすいしね!
と、
強く強く思っております。

教育委員会に推奨を打診してみるか?!

 

今扱っているデザインは、ちょっと派手目だからどうかなーと思うけど、
機能として、
超イチオシランドセルです。
(使うには勇気が要るかもしれないけど・・・・)

| | コメント (11) | トラックバック (0)

子どものためのアレルギー英語サイト

ふと自分のページを開いてみてびっくり!

なんだこりゃ?! ・・・あーそういえば、自分でテンプレートを秋向けに変えたのだったと気がつくほどに、すっ飛んでおります・・・

気がつけば、前の記事から10日もたっているではないか!
しかも
どれが本記事だか、コメントだか、わからないです。
人と話をする(コメントしてもらう)と、いろいろ思い出したり、書きたくなったりする性分で、ほんと、スミマセン。

 

それで、今日も何か書けるか、というと、
軽いものしか書けません・・・!
何をやっているのかと問われると、たぶん塾に夢中になっていると答えるでしょう。

 

しかしですね~
自分が何かに夢中になると、子どもの体調が崩れるという経験を繰り返してきた経歴上、夢中になってくると、心にストッパーがかかってしまいます。
子どももだいぶ大きくなり、入院だ何だということは、考えにくいようになってきてはいるのですが、いつでも一抹の不安がよぎる習慣は抜けません。

 

ということで、冷静にいろんなことを考え、
塾を大々的に(?)開くのは延期かなー、と思っています。
が、
準備は着々と進めるつもりでおりますので、
夢中度は、あまり下がらないかもしれません。

 

今春のアメリカ旅行でちょっと英会話をかじって、
自分の英語力に愕然としたワタクシですが、
それなのに、「英語を教える」(高校受験用)という大胆さです。
受験英語もありますが、
最近の学校英語は実用傾向に変わっているので、
自分が英語を学ぶことが
子どもに教えるということにも直結するということで、

大手をふって英語の勉強もしております。

 

時々書き込みしてくれるどんぐりさん。 http://www.catv296.ne.jp/~donguri/
彼女が、アレルギーの会全国交流会に参加するというのを聞いたので、
久しぶりに、これらのページを見ました。
ここに加盟している「食物アレルギーの子を持つ親の会PAFA」http://www1.u-netsurf.ne.jp/~oyanokai/index.htmlのページにも行き、読んでなかった記事の中で、面白かったのが
Anne Munoz Furlongの来日記念講演に参加して、です。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~oyanokai/experience/welcometojapan.html
2003年に行われていたんですねー、皆さん読んでいらっしゃったでしょうか・・・。

ここで紹介されていた子どものためのアレルギーサイト(in アメリカ)が、すごく面白かった。http://www.fankids.org/

10歳以下の子どもと、
10代の子ども自身のためのサイトで、
特に後者は、子どもたち自身が交流できるようになっています。

英語がね、
経済用語とか、ニュースに出てくるような堅い用語はあまり使われていないので、
読みやすいんですよ。

自分が興味を持っているアレルギー情報なので、
かなり夢中で読めます。

 

アメリカサンアントニオに行ったとき、一番ザンネンだったのは、
NASAの子どもスペースで、隣に座っていたお母さんに話し掛けられなかったこと。
おしゃべりタケ氏は、外国に行っても喋りかけたい事だらけで、
そのお母さんにも、当地での子育てのことをいーっぱい聞きたかったのですが、
まー
ムリ。
そこに座っている人だって、語学練習の相手をするために座っているんじゃなくて、
ちょっと子育てに疲れ中!って感じで座っているわけだから、
私の会話に付き合うのも疲れるでしょう、と思ってしまってねー。

喋ったから、ってどう、ってこともないのだけど、
「どうなの?」「どうなの?」「どうなのー?!」と聞きたい事だらけなので、
聞きたいことを聞けるようになろう!
という動機で、
英語の勉強を・・・
そして、そのために、
この子供向けサイトはうってつけ!という感じがするんですよねー。

 

ほかにも英語の面白いサイトを知っている方がいらっしゃいましたら、
教えてくださいね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(時間が少しできたので、付け足し)

上記紹介したアメリカの子供向けサイトの for kids のほうで、
「PAL」という言葉が出てくるんですよね。
始め
「Poster Contest」を見て、何のポスター?と思ったら、どうも「PAL」になろう、増やそう、という趣旨のポスターのようで、
で、「Be a P.A.L.」のページに行くと、
これは、「Protect A Life from food allergies」の意味で、
自分を守るには食物アレルギーのことを知ってもらわなくちゃならなくて、それを知ってくれている人をPAL、特に友達にPALになってもらおうよ! ということのようです。

食物アレルギーの子の命(もしくは生活)を守るために、アレルギーを理解してもらって、協力してもらう、そういう人の事を「その子のPAL」「あなたのPAL」「私のPAL」と、呼ぶわけです。理解はもちろん、影響のある食べ物を食べたら、必ず手を洗ってもらうとか、そういう協力をすることも、やれる人がPAL。理解し協力してくれる人のことだよね,きっと。

たとえば、タケ家でこの言葉を使うとしたら、
「サッカースポ少の何人かにも、PALになってもらわないとね」
「うん。○○はもうPALだよ。でも△△は、まだよくわかってくれないなー」
「この間のバスケの食事会で、○○が私の弁当箱に自分のスプーンを突っ込んできて、そしたらほかの友達がみんなでいっせいに怒った」(←これは本当にあった話)
「みんな、PALになってきていたんだね! もっと話せるね。そして本当にPALになってもらえるといいね」
「チクリン・ピカリンにとってのPALが、もっと増えるといいね」

なんかねー
すごくポジティブな考え方になれるなー、と思った。
理解し協力してくれる人を、特別の[PAL」と呼ぶことは、その人に対してとても肯定的な気持ちになれる。
「アレルギーに対する理解を広げる」というと、抽象的で、何を誰に対してどれだけやればいいのかわからないけれど、「PALを増やす」というと、すごく具体的にすべきことがくっきり見えてくる感じがする。

PALの定義もこのページには書いてあるけれど、
こういう風に、「ここまでわかっている人がPAL」だよね、って決めてあると、話もしやすいよなあ!
そういうことをひっくるめて、とてもポジティブな気持ちになれる考え方だと思いました。

うぬ!

| | コメント (16) | トラックバック (0)

>コメントレス  (治療者でもある母親の気持ち)

>最近、わが子にとっての優秀な治療者であろうとするあまり、母親としてはどーよ!って言動がこの2年間多かったのでは?と思い至り、そのジャストタイミングでの前回の記事、今回の記事アップで・・・考えるいい機会を貰ったと思いました。

 

私ねー、後悔したいけど後悔しきれない、仕方ない!としか思えない思い出があるんです。(この話は自分の中で、かなり重くて、うまく書けるか自信なし)

 

それはねー、ピカリンの湿疹がひどい時、まずピカリンの目を見ないで、肌の状態ばっかりチェックして、そのことばっかり話し掛けていたこと。

 
「おかあさーん」と来て、「んー?」と振り返るとまず、顔の状態・首の状態・耳の下後ろをタタターとチェックする癖が抜けなくて、

「アー、出てきたね」とか「ヨシヨシ大丈夫」とかそんなことばっかり言ってた。本当はまず「なあにー?」といって抱き上げてあげればいいのに。

夜、寝る時も、抱っこしてさする前には、必ずチェック。
大切なことだけれど、
まず、ピカリンを自分のところへ引き寄せて、目を見ないで、足首から、それから体ひっくり返して背中をチェック・・・。
何で、私は、ピカリンの目を見て微笑んでから、声をかけてチェックしないんだろう。
まるで、物のチェックみたいに!
時々、はっとするけど、そう思うと、「治療者」と「母親」のハザマ(なんてあるのか?)で、胸がつぶれそうだった。

でも、湿疹の変化にドキドキしている毎日で、自分のしたこと(食べ物の与え方)が、どう表れているかが気になって仕方なかった。
下のチクリンは始めからコントロールがうまくいったので、肌がスベスベのプクプクで、かわいくて、すぐに抱き上げていて、そのたびに、ピカリンへの態度を反省して(今も)ました。

だから、ゆうこりんの気持ちが、たぶん少しはわかると思う。母親としての自分、を反省しようと思っても、「健康への不安」があるうちは、治療者にならざるを得ないジレンマもわかるよ!

今の私が、もし子どもの心に沿うよう努力しているように見えるのなら、そういうことの反省の積み重ねの結果かもしれないです。
あの頃の自分のピカリンへの態度を思うと、どう埋め合わせていこうか・・・と今もしょっちゅう思うもん。
その時もその時で、時々反省しては、自分なりの愛情を示しをしてきたつもりだったけど、やっぱり、「かわいい」と思うより、「自分の努力結果がこの子の体に表れているか?」というバロメーターみたいな見方をしていたことは本当で、悲しい思い出です。湿疹がね、自分の「子育ての成績」みたいに見えちゃうんだよね・・・。

でも、始めに書いたけれど、後悔したいけど、仕方ない、としか思えないところも、けっこうつらいですね・・・。

 

このブログを読んでいる人の中でも、そういう状態、そういうジレンマに悩んでいる人、ってけっこういらっしゃるのではないでしょうか。
治療や、生活改善が大変であっても、
子どもの状態が安定していると、生活も楽しめるけれど、
子どもの状態が不安定だと、自分が責められているような感じがして、焦るんだよね・・・。

誰も責めてない、といえばそうなのかもしれない。

自分より年配の人が、「どうしてこの頃のお母さんはちょっとでもアドバイスすると、激しく落ち込んだり逆切れしたりするんだろう」と聞いたとき
「それは、『最近のお母さん』の『育ち』に関係があるんじゃないかな。ずっと、成績で判断ばかりされて、人より劣るとダメだダメだと言われて、競争しろ、と言われて、ずっとそういう思いを繰り返してきたから、子育てに対しても、子どもが自分の成績表みたいに思えちゃって、失敗しないようにしよう!と思ってしまうんだよ。アドバイスも、自分の落ち度を指摘されたように、すぐにそう感じてしまうのではないかな」と答えたことがある。

私たちより前の年代の人は、
上の人からのアドバイスも、アドバイスとして、受け入れる受け入れないは別にして感情的に揺れずに聞けたみたいです。

私たちには、難しいよね・・・ (そうでもない?)

 

 

もう一歩言うと、
本当は、医療機関にも、そのあたりの母親心理に対してのフォローはして欲しいと思っています。
食べ物、環境整備に心を砕け。
明るくがんばれ、
って、言うだけじゃなくてさ。
「甘えている」
「母親なんだから当たり前だろう」
という前に、
今の母親が置かれている状況を、リアルに理解して欲しい、
って、
本当にすごく強くそう思っています。

 
・・・って、ゆうこりんへの返事から、ずれた!
なんだか、思い出しちゃって!
いろんなコト・・・・。

ってことで、
記事の方にアップしました。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

学校給食の話のタケにとっての大前提(何が同じで何が違う?)

今度のお正月松竹映画
「武士の一分」
昨日、こちらで試写会がありました(舞台がこの地域なので)。
絶対見たかったんだけど、
申し込み忘れ・・・
どうせ忙しいんだし、仕方ないよね。今年は山田洋二監督来るのかなあー

と思っていたら!

監督&キムタク来鶴!

がーーーーーーーんっ!

行けばよかった~~~(T_T)

という気持ちを何とか取り直して、書こうと思っていたことを書きましたー・・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

学校給食について、書こうかなと思うネタはさまざまあれど、
何を書くにしても、この「経験」抜きには語れない、
そういう「経験」があります。
私が、給食と子どもの関係を考えるのに、原点になった「経験」です。

それは、
上の子ピカリンの小学校1年生の秋の始まりの頃です。
当時通っていた小学校では「給食参観」なるものが、1年生のこの時期に毎年行われていました。
内容は、4時間目の授業参観をしたあと、給食時に、保護者も子どもと一緒に給食を食べるのです。盛り付けは、親。事前に、参観する親は申し込みをしておくので、親の分も給食が出てくるのですね。
子どもと一緒に給食を食べながら、栄養士さんの話も聞く、という企画です。

ピカリンは、給食時、弁当持参です。
「参加するかどうするか?」と思いましたが、
給食ってどんな感じなのか、一度見たり食べたりしてみたい、と思い、
自分の分の給食を申し込み、
さらに、ピカリンと同じ「弁当」も持参
して、
ピカリンとのバランスもとろう、
ということで、参加しました。

前にも書きましたが、
我が家は、保育園がアレルギー給食対応でしたので、
小学校から初めての弁当持参となり、
小学校入学時は、毎日、お昼時間になるとどきどきしていました。
「おいしくなかったらどうしよう」
「ふたを開けるとき、間違って、ぶち撒かしてしまったらどうしよう」
と、いつも電話の前に座ってました。
最初の1ヶ月は、自分も同じ弁当を作り
「それが昼にはどんな風になっているか? 食べられるようなものを自分は作ったのか?」
なんて、検証していました。

そういう気持ちも、1ヶ月ほどで薄れ、
弁当作りも1学期を終えると、だんだん苦痛度が減り、
2学期ともなると、自分が作ったものが昼間どうなっているかなど、気を配ることも、希薄な感じになってきていました。

そんな頃の「給食参観」

いきなり、夜、ドキドキして眠れませんでした
「明日、みんなが給食を準備する中、自分だけ弁当を広げるのか・・・」
と、思うと、
それが実際行われる事を想像すると、なんだかドキドキして、でもそういうことを毎日7歳のピカリンはやっているんだな、と思うと、さらにドキドキして、そのピカリンの気持ちを想像することを、この頃はやってなかったな、という自分の態度にもドキドキして、いつまでも、ため息を押し殺しながら寝返りをうってました。

当日も、4時間目が始まる頃は、ドキドキのピークで、
「自分は給食時間中、どういう風に振舞おうか?」
と、
まだ、学校のママ友達もできていなかったし、クラクラするような気がしました。

 

しかし・・・
しかしなのです。
お腹がすいてまいりました
「よ・・・4時間目はなんて長いんだ・・・!」ぐぐぐぐぐぅ~・・・。
今日のメニューは・・・散らし寿司だ! あなごチラシなんだけど、うちは肉を甘辛く炊いたのを上に散らしてある。・・・・ごっくん。
澄まし汁もあったな・・・。デザートの果物もあった・・・。ごっくん・・・。
「くーっ・・・。早く食べたい!!」
もう、その一点のみ

給食配膳の時間になり、
「ちょっと。うまく約70人分、配分できる?」「自信ないよ!」「いいよ、やっちゃえ!」と、久しぶりの「バケツ」からの配膳にお母さん同士で小声で叫びながら、盛り上がって盛り付け。
やった・・・!
やっと並んだぜ!
と思ったら、栄養士さんの話か!
はやく~。はやく終われ~。
腹が減って、死にそうなのじゃー。
早く食べたいのじゃー。
もう、弁当の容器がどうのとか、ない。
興味は弁当の中身のみ!
興味は、弁当の箸を持つことのみっ!
「いただきまーす!」
やったー!
ぎゃー、んまーい!
うほうほ、ばくばく。
どれどれ、給食も食べてみよう。
ほほう! なかなかおいしいではないか。レベルが高いな!

何が苦しいといって、
人と違う弁当を広げることではなく、
弁当と給食と、2食分を、短時間で平らげることにした自分が恨めしい!
く苦しい・・。
わき目も振らず、ダッシュで掻きこむタケ氏。
「ごごごちそうさまでしたー」
死ぬ・・・。

あー、おなかいっぱい!
さて
昼休みだね!

・・・・・・

このとき
なんて同じなんだろう!
と思った。

「あー、お腹すいた、早く食べたい」という気持ちも同じ
いただきマース!と言って「やったー!食うぜ!」と思うのも同じ。
「うまっ」と思うのも同じ。
「どれを、どんな順番で食べようか?」と思うのも同じ。
「変わった食べ物が出てきたぞ、どんな味かな?」と思うのも同じ。
「はー、食べるとほっとするねー」と思いながらもぐもぐするのも同じ。
「今日はデザートだね。うふ」と思うのも同じ。
「あー、おなかいっぱい。しゃーわせっ」と思うのも同じ。
「腹ごしらえしたから、昼休みに遊ぼうぜ!」と思うのも同じ。

違うのは
見かけ
だけ

なんだよね・・・・。

そう思うのは、乱暴かな。
でも、「同じ」要素、っていっぱいあると思った。
「違う」ことだけを、画面いっぱいに見て、かわいそう、とか思って、それだけを判断材料にするのは、方向を間違える可能性があるんじゃないか、と思った。

自分は・・・
コピーで、見かけを同じような弁当にする努力もするけれど、
「早く食べたい」と思うような弁当
「うまっ」と思わせるような弁当
「どんな順番で食べようか?」と思わせるような弁当
給食の「不思議」メニューのような「不思議さ」を持った弁当
食べていて幸せになるような弁当。
楽しい仕掛けのある弁当、
お腹いっぱいになる弁当、
午後の元気が出る弁当。

その
「同じ」
を持った弁当を作ろう!

そう思った、給食参観でした。

給食代替弁当を語るとき、
この体験は、原点なんです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

このとき、そばに座ったお母さんにも、一生懸命アレルギーの話をしたつもりだったけど、少し上の空みたいでした。

2日後だったか、1時間目が終了した休み時間、そのお母さんがその子どもを学校に迎えに来て、そのままその子は転校してしまいました・・・。
きっと家庭に事情があったのでしょう。
あの時、自分のことばっかり話しちゃったな・・・
という、ちょっぴり苦い思い出とセットになった経験でした・・・

| | コメント (25) | トラックバック (0)

久しぶりで家族と遊べたのは・・・(「食べたい」より「納得して受け入れて欲しい」)

Dscf2495 日曜日は家族で磯遊びをしてきました。

以前は、よくこんな風に遊んだのですが、

部活とスポ少が始まってからは、全然遊べません。

今日は、中学生のピカリンが、定期テスト前で部活が休み、

チクリンは、スポ少の練習が短かったので、時間ができることがわかっていたので、

「ちょっとみんなで遊んで、夜は焼肉パーティーにしよう!」

ということになったのでした。

 

スポ少(サッカー)のみんなは、今日は午前の練習後に、監督のおごりで焼肉屋さんで焼肉パーティーです。毎年やっているそうです。

チクリンはどうするの?
という話になります。                       背景の左に見えるのが灯台
                                           右に見えるのが、くらげ水族館です。

Dscf2499

始め、彼は「家で焼いたものを持っていく」
と言っていたのですが
「やっぱり、行かない」
ということになりました。
「タレとか使えないし、焼いた冷たい肉を持っていくのもイヤだし、って言えば、みんなも納得するから」

この言葉の意味をよーく考えて、
初めて、彼の今までの言動がはっきりわかってきました。

親である自分は、「みんなと一緒のものを食べられないのがイヤなのか否か」が彼の行動を決定しているのかと思っていましたが、
実は
彼がいやなのは、彼がほかの人と別行動をしたり、違うものを食べることで、皆が「どうして?」と聞き、それがうまく説明できないとか、説明してもわかってもらえなくて、怪訝な表情をされたり、「ずるい」とか「わがまま」とか言われたりすることが、一番イヤなんだと。
それが、彼がどう振舞うかの決定要因だったんだと。

彼にとっては、人と違うものを食べることがイヤかどうかはその先の問題で、
まず、
今ある自分が受け入れてもらえるには、自分はどう振る舞えばいいのか、ということが、一番のファクターだったのでした。

今回
はじめに「自分なりの弁当を持って焼肉屋に行く」と言ったのは、
決してみんなと行動を共にしたいから(だけ?)ではなくて、
そうしないと、みんなが納得しないだろう、と思ったからにほかならず、
みんなが、納得してくれるのなら、
無理して参加することはないな、
という思考過程を経て、
「行かなくていいや」
になったようです。

本当は、
みんなと、ワイワイ焼肉を一緒に焼いて盛り上がれれば一番いいと思っているのだろうけど、それが叶わないのなら、じゃあ、どう行動する?

私は、代替食がどうとか、店の人やスポ少役員の人との交渉はどうする、とか、そういうことばかりに心を砕いていて、チクリンのそういった気持ちや思考の過程には、気がついていなかったなー、と反省することでした。

 

 

短い時間だったけど、家族(犬も入れて)みんなで、夢中で遊べて、とても楽しくて、良かったタケ家でした。
チクリンもそうだといいな、
まだ、私はわかっていないことがいっぱいあるのかな、
と思いつつ・・・。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »