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私はアレルギーをどう捉えるか、という根本的な話

Dscf2597 ←写真は記事とは関係ありません。

先日の「親子まつり」なるもので、バルーン担当になった我が家。決められたものを作ればいいのだけど、ちょっと創作してみました。簡単な作りだけど、創作しているという点で自己満足!

リンク こむぎこさん
http://acoblog.mono-organ.org/?eid=573634

 

 

「除去しなくてもよいものまで除去している」
と、思われてるんじゃないかなー、周りの人(医者も含めて)に。
とかねー

今年のアレルギーの会全国交流会は、「思春期のアレルギーっ子との付き合い方」がテーマのひとつだったようだけど、これについて私はねー
とか。

いろいろ考えていることがあるのですが、
そういう話は、前提として
アレルギーをどう捉えているか、
の違いがまず出発点としてあるよなー、と思うわけなのです。

これについては、医者の中でもしっかりと確立した定説が無いようだし、
私も、ほんっとわからないので、
「こんなことじゃないかなあ」と私が考えていることを書いてみます。
ということで、
そういう考えもあるのかもね、
ということで、流してください、という内容です、今日は。
あんまりそういうの考えたくないなあ!という方は(私は心が弱っているときは、こういう「議論」みたいなのは読めなかった)、スルーしていただくよう、お願いします!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、
アレルギーは「治るのか」
とか「病気」なのか「体質」なのか
とか
「除去はどの程度したらいいのか」
とか
ギロンはいろいろありますが、
とどのつまり、「アレルギーコップ」で全部解釈している私です。

アレルギーコップの話は、アレルギーを知っている人の中では、あまりにも有名です。アレルゲンとなるものがそのコップからあふれたときに、体に症状が出る、という話です。
けっして、そういう「器官」が体の中にあるのではなくて、例えとして使われます。(←知らない人にはこう言わないと、勘違いします! 注イ)
症状を出さないようにするためには、このコップ以内に「アレルゲン」を抑えておけばいい、とか、アレルギーコップが大きくなれば、以前症状が出ていた量をとっても症状は出なくなる、という風に使われますよね。

アレルギーコップ、って、誰でも持っているものなんだろうかね。
私はほぼ全員が持っているんじゃないかと思う。
それで、そのコップの大きさが違うのだと思っています。

アレルギーコップを持っている人と持っていない人がいて、
たまたま「持っている人」がいる、という風に考えると、
「アレルギーコップが体内にある」という「特別な」状態になってしまった。
つまり「特別」=病気ということになるんだと思う。
この場合、アレルギーが治るというのは、体のコップがなくなるということになるのかな。

私は、ほとんどの人は、アレルゲンが問題とならないくらい大きなアレルギーコップを持っているのだと思う。
だから、「病気」か「体質」か、と問われれば、「体質だ」と答えると思う。
髪の毛が生まれつき濃い人と薄い人がいるように、アレルギーコップが人より小さく生まれてきた人が、アレルギー体質と呼ばれるのだと思う。
昔から、コップの大きさやその大きさを持っている人の比率というのは変わらないのだけれど、環境悪化で人間にとってアレルゲン物質となるものが増えてきたので、以前問題にならない程度のコップの大きさでも、アレルゲンがはみ出して、アレルギー症状が出るようになってきたんだと思う。

そして、
このコップの大きさは、成長とともに変わる。
短期間で大きくなる人もいれば、長期間かかかって大きくなる人もいる。
中には、あまり大きくならない人もいる。
この、「コップが大きくなるか」「ならないか」の違いは、
それぞれのもって生まれた遺伝によるところもあるだろうし、
また、成長過程で、コップを大きくするための「エネルギー」を、十分持てたかどうかとか、そのあたりも影響するんじゃないかと思う。

表現として
「アレルギーは治る!」
とか
「こうすればアトピーになりません!」
とか言う人がいるけれど、
私の頭の中では、それは
「アレルギーコップは必ず大きくなる!」
「アレルゲンがはみ出さないうちに、コップを大きくするのです!」
と置き換えられていく。

思うんだけど、
大体、思春期を越して、体が出来上がった頃に、その人のアレルギーコップの大きさも大体決まるんじゃないだろうかなあ
で、だけど、
このコップは、痛んでくることもあって、
強度のストレスがかかったり、年をとってくると、もろくなって、アレルゲンが漏れ出したりすることがあるんじゃないだろうか。
以前、どこかで、
「年寄りにアレルギーはない」と医者が言っていたというのを読んだことがありますが、私は、70代の爺さんがそばアレルギーでアナフィラ起こしてぶっ倒れたその人自身の手記を読んだことがあります。
周りのママ友も、だんだん「高齢化」してきておりまして、
中1のピカリンの友人の母などになると、お子さんがもう社会に出ていたりする。
アレルギーの話になると、「中高で、喘息も出なくなって、すっかり良くなったと思っていたのに、社会人になったとたん、いろいろ症状が出てきて大変だ」というような話を良く聞くようになりました。(喘息はアレルギー症状であるという解釈が前提です)
こういう話を聞くと、
「治った」と思っても、決して、それはアレルギーコップすらもなくなってしまって、もう何をしても平気、になってしまったのではなく、
今の社会のアレルゲンくらいでは、自分のアレルギーコップがあふれない=症状が出ない程度に、コップが大きくなっているのであって、
もしかしたら、その大きさは、その人以外の一般人平均コップよりはまだ小さいのかもしれないし、比較的もろい強度なのかもしれない

そういう風に思うわけなのです。

付け加えて、
このアレルギーコップの大きさか、強度か、もしくはアレルゲンかどれかわからないけど、コップにマイナス作用するものとして、化学物質が絡んでいるのは間違いないだろうなあ、とも思う。

と、ここまで前提の話を書いて、
次回「除去と思春期」というテーマで、私の「言い訳」を書いてみようかなあ、と思うのでしたー。
 

 

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アレっ子育児」カテゴリの記事

コメント

コップ、おもしろいたとえですよね。

ほぼ全員が、大きさの程度に違いはあれ
アレルギーコップを持っているんじゃないかと
考えるとさらにおもしろい。

コップが小さくて、いろいろ反応しやすくて
大変な思いをしている人は、
大きなコップの人に比べると
わりを食っているのかと思いきや実はそうではなくて、
コップが大きいばかりに、
本来あまり摂らない方がいいものでも
摂ってきてある程度の年齢になってしまった人の場合、
ある日突然コップが壊れると
すごい量の水があふれ出してしまって、
もう取り返しがつかないくらい
健康を害してしまっているのかもしれない・・・。
コップが小さくて、食生活に気をつけざるを得ないことは、
長い人生を視野に入れて考えてみると、
不幸とばかりいえないのかもしれない。

・・・などと仮定してみると、本当におもしろいです。

アレルギーについて知れば知るほど、
治す、という言葉を使うことに
違和感を感じるようになってきました。
アレルギーといかに付き合うか、ということは
いかに健康的に食生活を送るか、
ということと同意義だったりするんですよね・・・。

投稿: eri | 2006-11-12 21:51

そうそう、「治る」とゆう言葉はちょっと違うよなあと思います。
知らない人から見るとたぶん我が家の食生活はものすごい質素で、ほとんど同じものばかり食べてると思われてそうだし、実際それらしきことを義母から言われたばっかりでございますよ(旦那を通してだけど)。
でも大変なことも多いけど、この子がアレルギーで良かったと思えたこともなくはないから、誰に何を言われようと自分の考えを譲ったり折れたりする気は全くないの。
ホンマうちの食生活にケチつけてる暇があるんなら我が娘ん家の食事こそ何とかしんさいやーと思っちゃうのよ。
冷凍、出来合いだらけ、おやつをたらふく食べさせるから食事が腹に入らないでしょうがー!
何であんな小さな体に添加物だらけの食べ物を平気で食べさせることができるのか不思議でしょうがないです。
愚痴ってすいません。
でもね、あの人達はアレルギーコップなんて言葉は聞いたことないんだろうな。食アレなんて持たずに生まれてきたからこの先も未来永劫アレルギーなんて無縁よっ!うちの子なぁ~んでも食べられるのよっ!健康だわー!!とゆう感情がひしひしと伝わってくるのです。
だからー、アレルギーは病気じゃないってば。
全員がコップを持ってるとしたら、うちの子のはもろくていたるところに穴が開いてて(それも底に)あまり機能してないかもしれないけど、だからこそ時間をかけて丈夫に、穴もなるべくちいさく、あわよくばふさげるといいなと思います。この子にとって、食品添加物や農薬といったたぐいの化学物質はまさにコップをだめにしてしまうんだろうな。
でもこれだけの食生活の違いが表面に出てくるのは何年後か分からないし、もしかしたら底なしブラックホールのようなコップの持ち主かもしれないし、こればっかりは何とも言えないですよね。
とりあえず私はタケさんをはじめ、ブログをたちあげているアレっ子ママさん達のおかげで、今の生活は決してまちがってはいないし、神経質すぎてもいないと思えることができます。

投稿: のぶりん | 2006-11-13 15:26

こんにちは!
コップ・・・私のコップは米とストレスに弱い!と最近思い知りました。
今の症状、結婚前に会社勤めしていた頃と激似なんですよ。
その当時も、すっごくストレスフルで、胃潰瘍で米が食べられなかった+手湿疹もすごかったなぁ、とふと思い出し、そうか、私は米とストレスでアレルギー症状悪化するのだと気が付いたところです。
いつもタケ師匠の記事&コメントで、色んなことが思い出せ&分析できて、ありがたく思っています。ありがとうございます♪

ところで、のぶりんさんのコメントを読んで、うちの義実家も同じ対応で驚きです。
どこも一緒なのね~

投稿: ゆうこりん | 2006-11-13 15:55

>eriさま、こめんとありがとうございます!

そうだねー。
今は、「健康志向」が「主義」とか「趣味」みたいな感じに捉えられているから、
「アレルギー」と「健康的な生活」って、結びつけるのが難しいヨねえ。
私自身も、いくら医者に「こういう食生活の方がいいのです」と力説されても、「それは先生の”主義”でしょ?」「"主義”と“治療"は違うでしょ?」と思っていた。

医者が、何を言うかは、まー別の問題として・・・

アレルギーっ子の生活が、健康的であるのは、やっぱ、間違いないよね。
「食べない」事を不健康に捉える向きもあるけれど、何をどのくらいどう食べるかの問題で考えたら、何でもかんでも食べる人より、ずっと健康的な生活を送ることになるよねえ。
コップがそれを教えてくれていると考えれば、
コップが小さいことは、体の機能が低いことではなくて、高度センサー付、なのかもしれない。
高度すぎて行き過ぎになってしまうセンサーもあるけれど、高感度になりすぎたらなりすぎたで、「ははあ、センサーが究極的に警告したいのは、この辺りのことなんね」とわからせてくれたり。
症状が消失(寛解)してもね、
センサーが目指してくれた自分の体への警告は忘れない方がいいと思うんだ。
「君の体は、こういうところで危ないよ」
「人の体は、こういう方向で行くと危ないよ」
と、小さい頃に、コップが教えてくれていると思えば、
「教え」はきちんと覚えていたいものだと思う。
ある程度の、ラインを守った食生活をしたり、
体調崩したら、コップの「教え」を思い出して分析してみたり。
それが、
自分の体と付き合いながら、生き抜く、大切な術。もしかしたら武器になるかもしれないよね。

ぬーん。

投稿: タケ | 2006-11-14 18:33

>のぶりんどの。

いやぁ、
私が、歯に衣着せてそっと書いていたことを
ズバッと書いて下さって、もー、溜飲下がりまくり!すっきり!(笑)
本当は、そう思うのだ。
ただ、
「治る」と思って頑張っている人もいるわけだし、
その「治る」は、コップが大きくなることだよね?と、確認したい気持ちも持ちつつ、そんなこと考えている余裕のない人もいるだろうから、衣着せてました・・・。
文頭にも書いたけど、実際の自分も、余裕の無い頃は、自分の使っている言葉を直されるだけで、マグマ大爆発で、鼻水流しながら泣き叫びそうな心理状態だったと思うから・・・。

難しいことだよねえ。
「アレルギー」を不潔っぽくて忌むべきもの、みたいに思って、そういう人を一段下に見たり、もしくは、自分の子がそうである事をムリヤリ認めないように目をつぶったり、という人、結構います。よね。
そういう人を前にすると、どういう風に言ったらいいかなあ、と、言葉を選んでいるうちに、時間が過ぎちゃう。
まどろっこしくて、だから、ブログを始めた面もある。
だって、一言じゃ言えない。
頑張ってるよ? でも、別に暗くなんか無い! 可哀想でもない!
ってねー、言いたい。
負け惜しみにしか、聞こえないだろうけど、
「わかる! そうだよね!」と思ってくれる人も、ここにはいっぱいいると思う。

なんか、いい「表現」、見つけたいなあ、と思うのでしたー!

投稿: タケ | 2006-11-14 18:43

>ゆうこりん、いつもありがとう!

そっかー、以前もあったんだー、そういうこと!

ゆうこりんと、あーだこーだ喋っていると、
うちの子たちももっと成長したら、こんな風な仲間を見つけて、
「ピカリン、それ、マジ、米怪しいよ? 私の症状に似てるよ!」とか、やるのかなー、
なんていうイメージがわいてきます。
それは、それでいいかもしんない!
と、最近思っています。
親が何とかしてやる時期がだんだん終わりに近づいていて、
これからどうしたらいいかなあ、と思っているとき、
ゆうこりんとの会話は、私にとって、なんだかとっても貴重!
会話内容を、食卓に出しております。(食卓にリンク)
ピカリンに何気に聞かせようと思って・・・(なはは)

主食探し、どうだい?
私も、体調維持(および美容)を図りたいので、
食品の吟味、もう少し追及してみようと思う!
そうなの、
ほんと、アレルゲンを採った時と採らない時のお肌の調子、違いますよっ!
コラーゲン呑むより、小麦採らない方が、プリプリになるかも、と思う今日この頃でありんす。

投稿: タケ | 2006-11-14 18:49

何度も読み返しましたよ!
コップの話、本で読んでいるときは
「あー、そうそう、そんな感じ」と
漠然と思っていたけど、こうやって
わかりやすく書いてもらえると
もっと身近になるんだけどなと思います。

投稿: サトワカ | 2006-11-15 00:28

>コップが小さいことは、体の機能が低いことではなくて、高度センサー付、なのかもしれない。
高度すぎて行き過ぎになってしまうセンサーもあるけれど、高感度になりすぎたらなりすぎたで、「ははあ、センサーが究極的に警告したいのは、この辺りのことなんね」とわからせてくれたり。

激しく同感です!
アレルギー反応が、自分の生活や体調と、どう関係があるのか、
反応自体は苦しい経験だけど、
そういうのも、積み重ねで、自分のコップとの折合いを、こども自身が付けていくようになるんだと、思います。
てか、そうなって欲しいと思います(^^;

うちが、アレルギーで除去食してるって知ってる人達は(実家も含め)、
幸い否定的な事柄は言わずに居てくれるんだけど、
(そのかわり手助けもない。自分は対応できないとキッパリ。さばけてますわ)
自分の子供にアレルギーっぽい症状が出て、医者に指摘されて、ものすごく落ち込んだ人も数人。
え?よかったじゃん。早めに気がつけて!軌道修正のチャンスだよ~、と励ましたいくらいなんだけど(笑)
1歳半の子が、ハイチューを食べてる場面に遭遇して、ショックを受けたばかりのさかぐちでした(色んな意味で)。

投稿: さかぐち | 2006-11-15 08:51

とてもわかりやすい解説ありがとう!
コップの大きい小さいだけでなく、弱ってくる・・・
そうだよね。思春期突入の今、不安定なコップです。

修学旅行前なんて テキメン 
あらためて、そんなに緊張してたんだ~と知った次第です。
やっと日常にもどってヤレヤレです。次の波がくるまでは。

事後報告ですが、リンクさせてもらいました。よろしくです!

投稿: ハナママ | 2006-11-15 20:30

>さとぽん、こにゃちは!


私も始めてアレルギーコップの図、を見たときは、
2「へぇ」くらいで、通り過ぎていたのですが、
なんだか、時々思い出しては考えているうちに、
こんな考えにいたりました。
こう考えると、いろいろつじつまが合うことが多い気がしてね!

ポケモン風に、
「人の進化系は?」「アレルギー人!」とか、って感じで、何とかならんか。(なにが?)

投稿: タケ | 2006-11-16 10:28

>さかぐっちゃん、ひさしぶりーっ! 来て下さって、あんがと。


ああー、「アレルギーっぽいね」と言われて、脳天がーん!ってやつね。
気持ちはわかるよね!
でも、
脳天がーん!ならなくて、いいよ?
ってところまで、持っていくのが難しいね・・・
アレルギー児を抱えた生活が、すごく大変っぽい、と思うところが、特に「がーん!」の理由なんだろうなあ。
大変じゃないよ、とも言い切れないしねえ(笑)。
「こうしてアレルギーを克服した!」
という本もいいけど、
「こうして、アレルギーを楽しんだ! レッツエンジョイアレルギーライフ。非アレルギーよりもっと楽しく。ウキャキャキャキャ!」的なのもあってもいいかもしんない。

「アレルギー症状が出なくなった」
「おおー、それはそれで、良かった!」
「アレルギー症状が出た!」
「おおー、それはそれで、良かった!」
って、どっちも「良い」ふうになるのが希望!

投稿: タケ | 2006-11-16 10:39

>ハナママ、こんにちは!
修学旅行、ご苦労様でした!

「次の波が来るまでは」
が、リアルだ・・・。
うちも修学旅行、来年あります。沖縄だよ~。
私もついて行こうかな、って! ズルイ!と、家族の非難ごうごう浴びました。仕方ないじゃん?アレルギーだもーん!と、喜色満面で言うのは良くないかも。

思春期、むずかしー!
難問なり。

リンク、ありがとうございます!
遊びに行きますね!!
なかなか時間がなくて、行けなくて、ゴメンナサイ。

投稿: タケ | 2006-11-16 10:42

一歩先行くアレルギーっ子ママの言葉は心にズンッと来ます、もちろん今回は良い意味でワタシの心に響きました。
アレルギーコップの話はあまりにも有名ですが、本や講習会では大抵『アレルギーを溜めるコップは必ず大きくなります、だから成長と共に必ず治ります』って言ってくれます、だからムスコの許容もいつか大きくなるのだと思っていました。
でも違うんですよね、きっとムスコにはムスコに適した大きさがあり、それがいつ大きくなるなんて分からないし、適した大きさになるまではその許容範囲で生活していけば良いのですよね。
最近、ちょっと無理気味な食生活をさせえいたのでワタシ自身反省の気持ちです。
いつも為になる記事をありがとうございます♪

投稿: nous-avons | 2006-11-16 19:14

>ぬざぽん氏、こんにちは!


今回の記事は、書き方が難しかったです。
「治る」という言葉をどう使うかが。

症状が出なくなることを「治る」と言うのなら、
何を食べても症状が出ないのなら、きっと「治った」と表現できるんだろうなあ。
でも、じゃあ、未来永劫絶対もう症状が出ないか、と言うと、そうとは言い切れないのかもしれない、と、周りを見ていると思います。
じゃあ、それは何で?
と考えれば、それはやっぱり、ほかの人に比べれば、少しコップが小さめに育っている、ということになるのかなあ、なんて、自分なりに考えたのが、今回の記事なんだー。
きっと、成長するにつれ、許容量は増えると思うんだ。
でも、
コップが壊れやすいとか、
普通の生活を送る分には耐えられる許容量にはなっても、あまりに体質に合わない生活になるとあふれちゃう程度の大きさのコップであるとか、その程度のコップの大きさ・強度にとどまることは、十分ありえると思う。
逆に、
小さい頃アレルギー体質(コップが小さい)であっても、成長するにつれコップの許容量がスピードを持って大きくなり、
小さい頃から、どんなものでも何でも食べられるし、ダニやカビが充満していても大丈夫!
と言う人と同じくらいまで、コップが大きくなる人もいるんじゃないかなあ。
その過程や結果は、人によりけり、千差万別、なんじゃないか?
と、
自分の周りの人を見ていると、そう思う。
本当に100%全員が何でも大丈夫!になっているわけではないもんね、決して。

環境整備だってさあ、
親個人の資質の問題もあるかもしれないけど、親だけで子どもを育てるわけじゃないじゃん? 教育機関や親戚や、地域の人。それから、周りの社会環境だって子どもを育てているわけで。そんでもって、お金の問題やらなにやら、親の努力だけではどうしようもない要因もあって、それが子どものアレルギーコップに悪さをすることもあって、どんなに親が頑張っても、丈夫で立派な大きさのコップが出来上がるとは限らない、・・・と書くと、元気をなくしちゃう人もいるかもしれないんだけど、
そのあたりは、ひとつの「覚悟」って感じで、
それは、「親ばかりが悪いわけじゃない!」と開き直るしかない、と言うか・・・。

うーん。難しいなあ。

人って、誰でも個体差があって、
実は人より歯が一本多いのです、
とか
リンパ腺が人より1本少なかったのです、
とか
これはどちらも私の知人の話ですが、
「普通の人」のようでも、見えないところで、いろんな体があるよね。
コップも個体差だと思えば、
確かにコップが小さいことに伴う苦労もあるけれど、
それはそれでうまく付き合う、と言うのも、大事かなあ、などと思うのでした。

でもさ、
もちろん、
小さい頃のアレルギー体質(コップからアレルゲンがはみ出しちゃう)のは、体が大きくなるように、コップも大きくなって、許容量が増えるのは当然そうなんだと思うんだ!!
アレルギー体質は「不便」だから、不便が無い方が良いに決まっているから、これを改善する方向で努力するのはこれまた当然だと思うし!

それを「治す」と言えば、そうなんだよね。

って、
いいわけっぽいことを書いてしまった!
難しくてね!

同じようなことで、人に
「アレルギー治った?」
と聞かれて、
「治ってません」
というと、あらっ、じゃ、痒くて大変ね
と言うので、
「あ、症状は出ていません」
と答えなおすと、
「まあ、良かったわね」
なんて会話がされることが良くあって、
いつも難しいなあ!と思っています。


長い!
ゴメンナサイ・・・・


投稿: タケ | 2006-11-18 10:09

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