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そして、回復まで(あのときのこと12・・・最終回)

もう終わったと思われていたであろう「あのときのこと」(有機リン系農薬曝露の話)。
最終章が残っていました。(「最終回」はブログのことではなくて、このシリーズのことです)

癲癇が発見されたところまで一気に書いたらぐったりして、ちょっとその後のことを書く元気がなかったのです。
「あのときのこと」は尋ねられないかぎり、人に話す機会もなく、
かなり自分の中では大きいことなのに、ずっと中にためているものだから、
うっかり、声に出して話し始めると、
すっかり嗚咽交じりになってしまう、そういう話でした。
でも、書ききったことで、かなりすっきりしてしまったことも本当です。

 

癲癇症状がある、
とわかってからも、
ピカリンに合う治療薬(癲癇はその人にぴったり合う治療薬というのを探す作業がある)が見つかるまで4ヶ月くらいかかっており、その間も症状は出ていたので、本当に複雑な思いでいました。

 

まず、プール
癲癇発作が水泳中に起こると危険なので、癲癇の人にとって水泳はあまり勧められるスポーツではありません。症状の程度によっては「禁止スポーツ」です。
しかしながら、ピカリンはすでにスイミングに通って3年くらいたっていました。
「ピカリンさ? 今までプールの中で、ボーっとして頭の中が真っ白になること(発作のこと)なかったの?」
「あったよ。」
「そ、そのとき、どうだったの? 水とか飲んでた?」
「うううん。全然意識がなくなるわけじゃないから、今まで泳いでいた続きで手と足を動かしているうちに、またはっきりしてくるんだよ
お!おそろしーっ!
すぐにでもやめさせなきゃいけないんじゃないか?
しかし、本人は「大丈夫」といって、楽しみにしているスイミングをやめる気はさらさらないし、医師に相談すると「・・・・大丈夫でしょう」
ほんとですかーっ!?
私は、怖くて怖くて、やめさせたくて仕方ない。
でも、本人も医師も大丈夫と言っているのに、母親の不安だけでやめさせてよいものか?!
今までずっとなんでもなく通っていて、始めた頃よりずっと泳力もついているんだから、大丈夫だよ!と、自分で自分に言い聞かせるものの、
「いってきまーす!」と、いつもどおり元気にスイミング教室へと飛び出していくピカリンの声と姿を見るたびに、「ああ、今日が、今が、この子の見納めなのかもしれない!!」
と、胸が押しつぶされそうで、本当に気が気ではありませんでした。

 

学校の先生にも話しました
おもに、そういう症状があるので、ボーっとしていることがあっても、怒らないでください、ということを話したと思います。
とにかく、4年生(ピカリンの癲癇がわかったのは3年生の3学期)になったときの担任は、ものすごい熟練先生(女性)で、頼もしくて、素敵な方でした。
「ああ、てんかんですね。一度、受け持ったことがあります。その子は、意識が薄れてくると、ノートとかもぐもぐ食べちゃうような発作でね。確かに、ピカリンちゃんも、授業中に指されたとき、立ったままぽーっとしていることがあって、あれ?と思ったことがあります。了解しました。気をつけていきますね」
この担任は、驚くなかれ(?)、あのK医師のお子さんで一番アナフィラキシーを起こしたことのある子の担任をしたことのある、百選練磨の先生だったのだ!(あとで知った)もう、これ以上の大船はありません。
今でも、その方向に向かって手を合わせて拝みたいくらいです。

 

4年生の春の運動会のとき
クラス全員リレーという種目がありました。
クラスの子全員がバトンをつないでいく、あれですね。
ピカリンは、前述したように、運動が得意ではなかったので、私はそのことでもちょっとハラハラしていましたが、「さあ、うちの子の番だ」とカメラを構えたそのときに、ことは起こりました。発作です。
ピカリンは、過呼吸になると発作を起こす子だったので、緊張のあまり息が荒くなり、まさに自分がバトンが渡されたそのときに、発作がおき、ボーっと突っ立ってしまい、走らなかった!!
クラス中のみんなが、「ぴかりん!」「ぴかりん!」「どうしたの?ぴかりん!!」と集まって大声を出して、その中にぽつんとボーっと立っているピカリン。
私は遠くから見て、「あ、発作だ」
とわかったのですが、
ちょっとドキッとしながらも、「あーあ、しょーがねーなあ」と、ちょっと苦笑する余裕がありました。そんな肝の据わった自分を自覚したときでもありました。
一瞬、あとでクラスのみんなが怒るのではないか、と思ったけれど、
「あの先生がいるから大丈夫」と、妙に安心していました。
程なくピカリンは走り始め
短い発作ですんだことに、ほっとしながら
「ピカリンがんばれー!」
と、大声で声援を送りました。

 

あれ、ちょっと泣けてきたぞ、自分。
やっぱ、まだだめか。嗚咽交じり。

 

いくらピカリンが病気でも、悪いこともしますから、
こちらも叱ったりします
それに対して、ピカリンも反抗して、殺されるのか?と思うような形相で、こちらに向かってくることがあったのですが、
そういうときも息が荒くなっているので、こちらに向かってくる途中で、
ふ、と意識が飛んでしまうのです。
何をしているのかわからなくなったような表情で、立ち尽くすピカリン。
私も怒りやら何やらでいっぱいだったのに、
「わかったよ、わかったよ。ぴかりん」
と思わず抱きしめてしまうようなこともありました。

 

そうこうしているうち、4年生の夏休みが始まる前くらいに変えた治療薬が、どうもピカリンに合う治療薬だったようでした

その薬を飲み始めてからのピカリンの変貌振りは、ものすごいものがありました

 

まず変わったのは、性格です。
怒りっぽくて、すぐキーキーと短気を起こしていたのに、
とても穏やかになり、我慢強くなり、表情がやさしくなりました。
ものすごい形相でこちらに向かってくることもなくなって、我が家の中まで落ち着いた感じになってきました。
それから、特筆すべきは、アレルギー症状が軽快してきました。
特に顔。
発作が起こっているときはよく顔をいじっていたので、それが関係しているのかもしれないし、
ストレス緩和が良かったのかもしれません。
ものすごいオンチだったのが、治ってきました。
運動がだんだんできるようになってきました。
そして、成績もぐんぐん上がり始めました。

 

4年生終了と同時に、今住んでいる地方に引っ越してきたのですが、
お別れするに当たり、4年生時の担任と話しました。
「実は、ピカリンちゃんが入学してくることは、全職員の中で共通の課題にしていました。
一人の担任の対処だけでどうにかなるものではない、
ということで、ピカリンちゃんに変化があったときは、担任は必ず職員会議で報告して、問題を全体のものにする、と、決めてあり、そうしてきていたんですよ
入学してくるピカリンちゃんのアレルギー状態や紫外線過敏など、いろんな話を聞いて、『この子、ちゃんと卒業まで通いとおせるんだろうか』と、私は思っていたんですよ
ここまで元気になって、本当に良かったですね」
(全体の問題にすることは、この先生の提案ではなかっただろうか。このとき初めて知らされた事実で、本当にびっくりしました。そう言われると、思い当たることが数かず・・・。それにしてもK医師の子どもを担任したことのある人にまで、こう思われるほどの状態だったんだなあ、ピカリン・・・・)

 

いま、ピカリンに出会う人は、
ピカリンが以前、マラソンでは周回遅れのビリで、
成績は平均点にも届かず、
怒りっぽかった、などとは、誰も信じません。
ただ、小学校3年生の頃の記憶は、生活記憶も学習記憶もほとんどまったくなく、
その穴埋めはかなり大変
なようです。
中1の1学期の体育の成績が「4」だったので、本当にびっくりしました。
びっくりしていると、担任が「だって、バスケットでバリバリでしょ?」と言うので、もう、なんと説明して良いかわからなかったです。
成績は、4年生冬ごろから平均を超え始め、
今、トップグループに突入し始め、
自分でも、それが爽快らしく、勉強の手を抜きません。(←母、体が心配で休ませたい)

 

これが、この子だったのか。
この穏やかで、集中力のある、快活ながんばり屋さんが、この子だったのか

 

そう思う気持ちといっしょに
目の前で発作が起こっているのを、勝手に「化学物質過敏症の一症状」と決め付け、
手当てをせずにほおって置いてしまった2・3年間のことを思い出し、
「本当に、ごめんね」
と思った頭の中には、
そんなほったらかしの母親とも知らず、ニコニコと満面の笑みを私に投げかけてくれていた小さいピカリンの顔も、同時に思い浮かび、
申し訳ない気持ちでいっぱいになって、
泣けてきてしまうのです。

 

 

薬を飲み始めて3年以上がたちました。
この秋から、薬の量を減らしています
たぶん、飲まなくてよくなる日ももう間近だと思います。

 

ピカリンの成績が良くなったことや、体育ができるようになってきたことと、
癲癇発作が抑えられていることの関連性は、よくわかりません。
とくに発作を抑えるとこうなる、という顕著な例、というわけではないそうです。

 

また、ずっと書き綴ってきたように、
癲癇自体が、化学物質(うちの場合は農薬)によって引き起こされるなどとは、まだ誰も言っていないと思います。
私はかなり関係があるような気がしているのだけれど。

そんなふうに、何もかも科学的に解明されていない整理されていない混沌とした中で、
ピカリンは成長し、私もそれに対応してきている、という感じで、ここまで来ました

(ちょっとだけ著名な)角田医師は「ADHDの子の中には、アレルギーが原因ではないかと思われる子がいる」と言っているし、私もそう思う。
アレルギー、性格、化学物質、神経伝達系の病気、学力や体力・・・・
ぐるぐるとゆるやかに関連しているような感じがする。
その関連に気づかぬまま、
関連をほおって置くと、
関連の輪は強固になり、その輪でがんじがらめになって、いつか人間が自分たちの手でそれを解決できないようになってしまうんではないか
地球温暖化で、気象変化があって、海水面が上昇して、オゾンが・・・
という心配と同時に、
こっちの「関連性の輪」を、どうにかこうにかほぐしていかないと、
悲しいことになっていってしまうのではないか。

そういう大きい目で見ると、
私たち家族とピカリンの経験してきたことは、
考察資料にも値しない、小さい個人的なことかもしれないけれど、
でも、私自身は、
この経験を通して、その不安を持つにいたっている。

そうして、たぶん、
これらの輪の根っこには
「化学物質」があると思う。
そういうことを解明していく何かを、自分も自分なりの方法で、何かしていきたいな、と思う今日この頃なのであります。
なんだか、とってつけたようなまとめ方になってしまったけれど、今、自分探しと一緒に、このことを強く考えているのです。

 

ほんとうのおしまい。

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農薬暴露を受けた話」カテゴリの記事

コメント

ピカリンちゃん、大変な危機を乗り越えて、回復したんですね。
本当によかったです。
私も、もらい泣き、でした。

私は、化学物質過敏症なので、
化学物質が脳や精神に与える影響というのは、大きいものだと実感します。
私のサイトで、今度そのことを書こうと思っていて、
今、本を読んだり構想を練ったりしていたんですが、
デリケートな話題だけに難しく、ウンウンうなってました。
だから、タケさんの記事を読んで、
こんなハードな内容をここまで的確に描写しているのを見て、感心してしまいました。

私も、自分が化学物質のために神経・精神症状が出ていた頃のことを思い返すと、
今の自分のことを、当時とは全くの別人のように感じます。
今は、こうして考えたり、文章を書いたりできるようになりましたが、
10年以上、ぜんぜんダメだったんです。頭の中が真っ白になってしまって。
だから、今は、自分の精神を自分でコントロールしたり、
自由に使えるようになって、本当に幸せです。

私は幸い、自分が化学物質過敏症であることに気付き、
その対策を行えたから、ここまで治ることができました。
ピカリンちゃんの場合も、お母さんがしっかりと娘の様子を見守って、
的確に判断し、治療を受けさせたから、今のように元気になれたんですね。
もし、その診断や治療が適確に行われていなかったら、と思うと、こわい気がします。
お母さんの知恵とがんばりが、ピカリンちゃんを救ったんだと思います。
同じような症状が出ている人で、
本当の病名に行き当たっていない人がたくさんいるのかもしれません。
その人達のためにも、タケさんの体験は貴重なものとなると思います。
私には、タケさんが何気なく書いた一言一言の中にこめられている、
深い意味も受け取れたように感じました。

「あのときのこと」完結ですね。
本当に、読み応えのある記事を、ありがとうございました。

投稿: マルガリータ | 2007-01-17 23:31

タケさんのがんばられてきた年月とパワーに比べたら、
まるでとるに足らないことばかりなんだけど、
自分のことに引きつけて感想を書かせていただきます。
「この子の見納めなのかもしれない」
と思いながらも送り出す勇気にまず尊敬。
バスケの運動誘発を心配しながらも
やる気の芽を摘んでしまおうとしないのには、
そんな経験も生かされていたのですね・・・。
「あーあ、しょーがねーなあ」も少しわかる気がします。
やはり出たアレルギー反応を見守りつつ、
父親や祖父母なんかだとびっくりして青ざめるのに、
自分だけはやはり、と妙に肝が据わっていて
経過を医師に報告すべく冷静に見守っていたりするのだけど、
でもあとから思い返すと、その冷静さに自分でも泣けてしまったりする・・・。
「こちらも叱ったりします」
・・・今ちょうどナオさんのとこで小麦の運動誘発の
記事を読んだとこなのですが、叱ってもダメなのか、ってけっこう凹みますよね。
息子はアレルギーとはまた別に(別なのかな?)、
2歳くらいまで泣き入りひきつけを起こす子で、
激しく泣くと青ざめて1、2分呼吸停止しちゃう子だったのですが、
だからって怒らないわけにいかない、っていうのは、
「たとえなにがあっても」って肝を据えざろう得なかったなあ。
(泣き入りひきつけは必ず元に戻るらしいのですが)
「その穴埋めはかなり大変なようです」
これまた、当事者でないものが簡単に言うべきではないのかもしれませんが、
癲癇を抱えながらも努力していた数年があるからこそ、
それが取り除かれてからの成長が著しいのかもしれませんよね。
なんの問題も抱えていなかったら、今のようにがんばれる子には
なっていなかったかもしれないし。
(とはいえ、親としてはどんな小さな小石だって、
その道を通る前に取り除いてやりたいのが本音ですよね)
ともあれ、ピカリンが本来の自分としてがんばれるようになってよかった!
いい先生にめぐり合えてよかった!
長々といらないことばかり書きましたが、
「これが、この子だったのか」には泣きました。
それが一番書きたかった。

投稿: eri | 2007-01-18 00:42

>マルガリータさん、こんにちは! かきこみをありがとうございます!


いつもいろんなことを調べて、正確に物事をと表現しようとしているマルガリータさんに比べて、自分は自分の心の整理を第一義にただただアウトプットしているだけなので、恥ずかしい限りです。
でも、「お母さんの知恵とがんばりが」というところで、泣きそうになりました。
小学校1年生の時に曝露を受けてから、母親として怠慢だったと思うことの連続で、でも、時々だけ、勇気を出して、動いてみたりして。怠慢さに対する自己嫌悪と、でもこうしてまとめて書いてみると、自分も少しは頑張っていたのかなあ、という思いとで、今は少し複雑な気持ちです。
慎重に書いてきたつもりだけれど、書くべきなのに書き忘れたなあ!と思うようなこともあり、ブログなのに、書き直したくなっちゃいますね!
ネットは電子情報なので、いつか消えてなくなっちゃう。
きちんとまとめておきたいなあ、とも思うのですが、
しんどい仕事ですね!(←仕事なのか?)
書き続けることを、私と似たような形で捉えて、頑張っていらっしゃるマルガリータさんの存在は、私の中で大きいものがあります。
新しい記事を楽しみにしています。
ムリをなさらず、でも、私たちなりに、歩いていきましょう!
化学物質シリーズは、これが「前提の章」で、これを前提に、採っている対策とか、また書いてみたいので、
そのとき、間違っていることを書いていたりしたら、なにとぞアドバイスをよろしくお願いいたします!

投稿: タケ | 2007-01-18 08:46

師匠~!!
ピカリン、すごいよ~
まだ中学生なのに、本当に色々体験してて、師匠と一緒に乗り越えてきて本当にすごい!としか言えません(←しかも、私が中学で挫折したゲド戦記を既に読んでいる。あの世界に共感できる心が中学生になるまでに育っていることが感動です)
それに、良い先生にめぐり合えてよかったね!一生懸命な人には、絶対いいことが回ってくるんだよ!
そして、「動じない態度」を貫ける師匠もすごいよ!
でも、あんまり自分を責めないで~
師匠は「その時できること」を精一杯やってるよ!

うちの親なんて、「○○にどうして気付いてくれなかった?」と詰め寄ると、「だって、家の仕事手伝わされていたし、大人6人子ども2人分の家事してたらあっという間に寝る時間になるし、子どもにかまってる時間なんてなかったの!」と逆切れするよ~←全然反省してないの~(笑

実は、アレルギーと発達障害について記事にしようと思ってたところだったの!!
うちの子療育(療養)に行ってるけど、そこには素人の私が見ても「アレルギー?」と思える子どもが一杯なの~しかも、症状は頬の紅潮とか鼻炎とかで、親もアレルギーを全然疑ってない様子なのです。なんだかやばいことになってないかい?と思っていた矢先の師匠の記事。共感しまくりです。

投稿: ゆうこりん | 2007-01-18 09:50

これがこの子だったのか

「ゲド戦記」の主題ってまさにこれ、、のような気がする。
その人が誰なのか、自分は何者なのか。。。
なんか、ピカリンちゃんが「ゲド戦記」好きなの
わかる気がした~。
ってとってもとっても勝手な解釈ですが。。。

投稿: saki | 2007-01-18 10:21

>eriりん、こにゃちは!


>癲癇を抱えながらも努力していた数年があるからこそ、
それが取り除かれてからの成長が著しいのかもしれませんよね

しょーなんだよお。
そーじゃないかと私も思うー。
前も書いたけれど、成績が悪かった頃のピカリンも、ものすっごい努力をしていたんだよねー。漢字とか、九九とか。
長期休みも、私が百マスやらせたり、漢字の復習毎日やらせたり・・・。これでできるようになれば、自信がつくから、と思ってやらせていたんだけど、ちっともできるようにならなかった。
が、癲癇治療を始めてからは、やればそれが反映されるのが、自分でも楽しいんだろうと思う。
本当に、やってもやっても反映されなかった頃、それでもふてくされもせず、よく頑張ってたもんな・・・(また泣く)。
そう考えると、マルガリータさんも書いていたけれど、うちは「病気」ということに気づけて、
そして治療できて、「本当のこの子の姿」を知ることができて、
すごくラッキーだったのかもしれません。

もうすぐ癲癇治療の薬を終了させることになると思うけど、
この薬は、「本当に」癲癇だけに作用していたんだろうか・・・
小さい疑問があります。
ちょっとだけ、不安です。

いっぱい、感想を書いてくださって、ありがとう!
気力が無いと書けない内容なので、読んで感想を寄せてくださったことにとても感謝しています。
その感想を読んで、私も話したいことがいっぱいあるけど、また、おいおい、別のテーマの中で、書いていきます!

投稿: タケ | 2007-01-19 08:46

>ゆうこりん! やっぱりそうか~! ゆうこりんもそうおもってた?

そうなんだー、アレルギーぽい子、やっぱりいるんだー。
発達障害とアレルギー、
ゆうこりんとは、この話ができると思ってた!
学会に上がってくる日もそう遠くないとは思うけど、ただ、びみょ~な問題だから、社会に対する打ち出し方も難しいかもしれないね・・・。
私たち、この問題を、よく考えていこうよね!
よろしくお願いいたします。

やー、
しかし、ピカリンがいろんな体験をして「大人」になっているかどうかは、本人を目の前にすると、「当たらずとも遠からじ」の逆というか「当たっているけど、ほど遠い」と、無言になったりして!
なにしろ「天然」だからね。
いい子なんだけど、笑える・・・。父親似ですね。

投稿: タケ | 2007-01-19 09:00

>saki氏! ゲド戦記につられて出てきたな!

でも、ゆうこりんとsakiちゃんのコメントを見て、
読んでみようと思いつつすっかり忘れていた「ゲド戦記」を読んでみるか・・・という気に、あらためてなったヨ。
そういうテーマもあるわけかー、あの本は。
日本のもの、リアルものばっかり読んでいた私には
外国もの、ファンタジー、って、どうしても手が出なかったけど、ピカリンは、そっちばっかり読んでいます。
ファンタジーって、荒唐無稽のおしゃれなもの、というイメージだったけど、心理的な問題もその裏にはあるのだね。
了解っ!
読むよ。

投稿: タケ | 2007-01-19 09:05

お久しぶりです。いつも、タケさんをはじめ、いろんな方のブログを読ませて頂き、いろんなことを知り、勉強させてもらっています。読み逃げばかりしてすみません。一連の記事も通して読むと、本当にこれまでのタケさんとピカリンちゃんの頑張りがあったからこそ、今があるんだなーと思いました。
 実は、年末(12月31日!)、夫の実家に帰省中に、2回目のアナフィラキシーを起こさせてしまい、とうとう小児ぜんそく発症!という事件がありました。幸い、まさかのときの頓服薬を服用させて、何とか?症状が治まったため、救急車に乗ることはありませんでしたが、息子1月3日までずっとぐったりしていました。その後、受診し、ぜんそく薬を服用して、今は元気ですが、私自身ものすごーく落ち込んで、ずっとひきづっていました。ヒトのブログのコメント欄にこんなこと書いてすみません。
 でも、いつも頑張ってるタケさんの記事読んで、少し元気でました。何かあれば、その都度、息子にあった対処のしかたを見つけて頑張るしかないですよね。ただ今回の場合、本当に母である私がもっと気をつけてあげればすんだことだったので、やっぱり後悔ひとしおです。
アレルギーって、いろいろなものに関係していると思います。アレルギーがあるからこそ、添加物のこと、化学物質のことを知り、食生活をはじめ環境のことを考えるようになりました。今後もいろいろ教えてくださいね。
 術後まもないので、どうかお身体充分気をつけて、無理なさらないでくださいね。

投稿: つくしんぼ | 2007-01-20 04:04

はじめまして、食物アレルギーを持つ子の母です。いつも皆さんのブログ読ませてもらって、勉強させていただいて、ありがとうございます。何気なしに除去をしてもうすぐ5年。保育園でも除去してもらっているのと、家でも除去が当たり前のようになっていて・・・。でも、年を越して来年の小学校入学の問題がちらちら見えてきたとこです(^^;のんきな母かもしれません(^^;
小児科の先生にもうちょっと手をかけたほうがいいのではとつぶやかれながらも自分の欲求を満たすために仕事に復帰して4年余りになりました。アレルギーっ子を持ったおかげ(?)でいろいろなことを知ることができました。はじめでコメントさせてもらったところで、自分のことを書いてしまって、すみません・・・
でもでも、タケさんのいいつくせない努力とピカリンちゃんのがんばりに私もなんていったらいいんでしょう!もらい泣きしてしまって、感激してしまったんです。ありがとうございました。お体お大事にしてくださいね。

投稿: ちゅんママ | 2007-01-20 06:56

う~ん、就学児健診で校長先生が言ってたのは、この事だったのか?!と言う感じです。
校長先生の真意は不明なのですが、
タケさんのこの記事を読んで、こういうことを言ってたのかな?と思いました><

でも、ホント、タケさんが気づいてあげれて良かったですね!
治療をすることによって、そこまで回復するとは、凄いですね!
う~ん、こういう事って、学校に入ってから、気が付く?のかも知れないけど、私も、タケさんのように気が付いて上げれたら・・と思います><
そして、スイミングも、バスケの事も、凄いです!
私には、出来ないかも知れません><

いつも参考になる記事、ありがとうございますm_m
術後のお体、お大事にしてくださいね。

投稿: アン カフェ | 2007-01-21 03:45

>つくしんぼさん、こんにちは! 顔を出してくださってありがとうございます!

年末年始、大変でしたね。
つくしんぼさんのコメントを読んで、私もいろんな過去を思い出しました。
子どもが具合を悪くした時、って、忙しい時、自分が自分のことに夢中になっていたとき、それから他人との中で、他人に気を使うあまり「まあ、いいか・・・」と「例外的に」食べさせてしまった時・・・。
よく考えると、そういう時、って、
食べ物だけでなく、掃除が手抜きだったり、子どもの体調変化を見逃していたりと、あとでゆっくり考えると思い当たることがあるのに、そこまで考えが及んでいないときなんですよね。
で、
自分を責める。
あ~、そういうことの繰り返しばかりやってましたよ・・・。
だから、だんだん、忙しくなってくると胸騒ぎがして「ん?何だこの胸騒ぎは・・・」「は! この頃子どもに気を使っていない!」「自分のやりたいことの規模縮小!!」
とか、だんだん自分に号令がかけられるようになってきたんだけど・・・・。
子どもがかなり元気になってきてからも、忙しくなると、ものすごい不安に駆られる癖がついてしまって、それ、ってどうよ?
と思ってしまう。
むずかしいです!
過去、年末年始は、失敗をいっぱいやらかしました。
爺ちゃん婆ちゃんのうちから病院に駆け込んだことも、結構あるし。

アナフィラ→喘息は、親へのダメージは相当きついと思います。(今まで話したことのあるアレっ子の親の話を総合すると)
そういう方は、「今も後悔している」と、必ず言います。
でもさー、今までギリギリに押さえていたものが、ちょっとした機会に発症してしまったのであって、全く全然なんでもなかったのに、親のせいで一気に悪くなった、のではないんだよね。
ちょっとした機会、は日常生活の中でいっぱい潜んでいて、それを全部回避することなんて、それを一人か二人の保護者に要求することなんて、「ムリ!」だと思うんだyo~。
きっと今までだって、たくさん「ちょっとした機会」があったのに、うまく回避してきてたはずで、それはすごいことで、
んで、たまたま、うまく回避できない機会がこの正月だったんだ、と、思うんだ!!

きっとまだ、引きずっていると思う~。
心に重いものが残るよね。
その重いもの、って簡単には取り去ることができないのかも。
でも、時間と、
あと、こういうところで人に話すことで、少しずつ和らいでいくものだと思う。
ということで、
愚痴ってくださって、大いに結構だい!
うまくコメントレスが出来るかはわからないけど、
「出す」事、って大事だと思うから!


ということで、
つくしんぼさん、今年も一緒にがんばろ、ぜ!です!

投稿: タケ | 2007-01-21 07:00

>ちゅんママさん、初めまして! ようこそ、コメントありがとうございます!

私も保育園が除去対応で、
家でも除去で、
なんだかその生活に慣れきっていたので、
「除去? ・・・は?」
という人のほうが多い世界(小学校以降)に入ったときは、
「え~と・・・・!」と思うことが多かったです。
先日、子どもに
「私たちに今アレルギーが無かったとしたら、お母さんどんな料理を作りたい?」
と聞かれて、
「どういう料理があるか、忘れたな!・・・鶏肉料理かなあ・・・」
などという会話をしたところでした。
慣れきると、それ以外の生活を想像するのが難しくなるね! それが、いい事なのか悪い事なのかわからんが。

いろいろ頑張っていたことを書き綴っているけれど、それももう3~6年も前の話なんだねー。それでももっとすごく昔のように感じる。
気持ちを寄せてくださってありがとうございます。
たぶん、ちゅんママさんが頑張っているから、感じるところがあったのだと思います。
私のブログは、最近特に不定期ですが、
これからもよろしくお願いします!

投稿: タケ | 2007-01-21 14:23

>アン カフェさん、こんにちは!
まずは、レスがとても遅くなってしまってゴメンなさい!

その校長先生はさー、
そこまで深く考えて(わかって)ないと思ーヨ・・・。
そこまでわかっている人なら、これはこれで、見所ありまっせ!! ちょっとは学んでいる、って事で。
それでも、アレルギー=伝達神経系に問題が生じる、という図式があるわけではないのだから、決め付けすぎもいいところ!ッて感じですが、
たぶん、そこまでは、わかってない人なんじゃないだろーかネー・・・わからんが。

とにもかくにも、校長のことは忘れて(!)
たしかに、今の学校制度の中では、校長のカラーひとつで学校の雰囲気が決まるといっても過言ではない状況だけれども(昔より権威がある)、目の前の担任や、教師団や、養護の先生や、栄養士さん・調理師さん、それから庶務の方々が、まずはアンカフェさんの応援団になってくれるはずだから! そっちいってみよー、です。ダイジョブ ダイジョブ!

術後の体は、思ったよりダメージがあったようで、
手術が、医師の予想より大きくなった、というのもあるんですが、
どーも熱が出たり、体のあちこちが痛くなったり、
自律神経失調気味です。
やっぱり、甘く見ちゃダメだよねー、メス入れたんだから。
調子が悪くなって布団の中でねっころがりながら、
アンカフェさんの「お大事にしてくださいね」のコトバが、
優しく温かく私を癒してくれました。
ゆっくり運転で、行きたいと思っています。
ありがとうございました!

投稿: タケ | 2007-01-23 09:24

>何もかも科学的に解明されていない整理されていない混沌とした中で、
>ピカリンは成長し、私もそれに対応してきている、という感じで、ここまで来ました。

解明されていない中で、しっかりそれらと向き合い、努力して乗り越えてきたピカリンちゃんとタケさんを思うと、涙がこぼれてきました。

得体の知れない、化学物質というものを恐れるだけでなく、
しっかり向き合って、前向きにがんばっていかなくてはとつくづく思いました。

何度も読み返しているのですが、うまく感想を書けなくてごめんなさい。

術後の御身体、くれぐれも無理しないで、お大事にしてくださいね。

投稿: たんぽぽ | 2007-01-24 02:01

>たんぽぽさん。心の深いところからの感想を書き込んでくださって、ありがとうございました。すごくしみました。

「何もかも解明されず整理されていない中」というようなことを書きましたが、実は、唯一の救いだったのは、「小児癲癇は、治療法がある程度定式化・確立されていること」でした。
これを、弟(精神科医)から聞いた時は、心底、ほっとしました。
やるべきことは何で、道順はこう!
と決まっているのなら、
あとはやるだけで、不安がったり、心配したりすることは、
そうでない場合に比べて、ものすごく少ないですから!
大人の癲癇だと、なかなか難しいものがあるようで、
発作が抑えられない状態なら、運転免許も取れないし(薬で抑制できている点の医師の診断書があれば取れるようになっていますが)、社会に偏見もまだいっぱいあって、難しい病気のようです。

ただやっぱり、
町内会に掛け合う時とか、
「神経伝達障害」が、どういうものなのか、とか、
その診断をする医師が少ない中で、
地方において、それを廻りにどう理解してもらって協力してもらうか、
とか
自分たちは何を気をつけたらいいのか?とか
わからないことだらけで、手探りで進んでいるのは、今もそうですよねー。

化学物質だけでなく、アレルギーもそうだし、最近電磁波障害、というのわかってきたし、
症状が先にあって、それが身体的にも社会生活上もすごく大変なものなのに、科学的に解明されていないと、周りも理解してくれない、し、自分もどうしたらいいのかわからないことだらけ、
って、やっぱり、つらい!
なのに、そういう人、いっぱいいるんだよね。
いっぱいいるのに、なぜ、混沌としたままなのか?(少しは進歩しているけど、もうちょっと何とかならんのか?)
って所に、いっちゃうわけですわ。
そこが、最近、どーしても疑問!

というわけで、
そのあたり、引き続き考えていきたいと思っているところです。

たんぽぽさん、いつもありがとうです。
いつも深いところで受け止めてくださって、感謝しています。
園やその他何やかや、いろいろあるけど、
少しずつ、考えながら、一緒に、頑張っていこうよね。
私も、今日の弁当のパンを失敗し、
今から、材料の買出しと作り直しします。
本当は子どもが持っていく弁当なのだけど、今日は「お届け」です。あーあ! がんばろ・・・!


投稿: タケ | 2007-01-24 09:13

タケさん、ご無沙汰しています。その節はアドバイスありがとうございました。その後、先生も夏休みを終えると優しくなりしつこく通院しています(笑)
それとコメント書いても書いても何故か投稿できないのです。
何故でしょう^^;
・・・で、これもどうなるかわかりませんが、チャレンジです。

まずはピカリンちゃんの回復がとっても嬉しいです。
タケさんも症状をしっかりと見極めて並大抵ではない努力&勉強だったと思います。
今までも化学物質など気になりつつ、まだまだよくわかっていない私なので、とても勉強になると同時に、とても考えてしまいました。
うちの長男は診察室に入るととても考えられないことを突然します。ドアをくぐると・・・という感じで、慣れない所や緊張する所ではどうも一緒にいる私に迷惑をかけるような行動を取るというか。。。診察室で多いのはおんぶに抱っこ。弟の席を取ったり話の邪魔をするなど。。。
本人も無意識で自分に注意を向けようとしてるだけ。。と旦那は言いますが、それは他の時間の長男を見ていると異常とも思える時もあり、なんだか考えてしまっています。
先生には電磁波の影響なども指摘されますが、まずは愛情不足だな~って言われています。
私自身がまだまだ食事のことだけにとらわれる傾向があるので、どうしても化学物質まで頭が回りませんが(もっと視野広げなきゃ)ピカリンちゃんの性格が変わったという下り・・・『これが、この子だったのか。』これを早く見つけてあげたいと強く思いました。

投稿: もあっしゅ | 2007-01-24 15:24

師匠、こんにちは。
お体大丈夫ですか?↑の方へのコメレス読んでとっても心配になりました。どうぞ、どうぞ無理しないで~。

ところで、私のブログにこの記事を勝手にリンクさせていただきました。事後報告ですみません。


投稿: ゆうこりん | 2007-01-24 15:25

このシリーズを読むと、

『あの時ワタシは何かの化学物質反応だったのか?』

なんて考えさせられます。
実はワタシ、小学校4年生の時授業中に泡を吹いて痙攣を起こして倒れました。その後癲癇と思われる症状があり、自宅の階段一番上から転落して気が付いたら病院のベッドの上でした。
入院後ありとあらゆる検査をしたのですがはっきりとした原因が分からないまま3ヶ月近く入院生活を送り、その後も1年に1回脳波検査を続けていました。結局最後の最後まで正式な病名はつきませんでした。
病院に運ばれた時医師からは突発性癲癇である可能性があると言われた両親はこの先どうやって生活をさせてやればよいのかと落ち込み悩んだそうです(大きくなってから聞きました)
病院で一人個室に入れられていた事もあり、子供ながらにワタシの病気は普通じゃないのだと感じていたのですが(ボーとしていたり・いつの間にか寝てたり・物事が思い出せなかったり)、いつも両親や姉が笑顔で包み込んでくれたのがワタシにとって何よりも心の支えとなっていました。

ピカリンちゃんはタケさんやご家族にいっぱいいっぱい支えられていますよね、
ピカリンちゃんがあってこそのタケさん、タケさんがあってこそのピカリンちゃんですよね!!

ワタシもこのままムスコに運動誘発が出てきてもムスコの可能性の芽を潰すこと無いようにしていきたいと思います。

投稿: ナオ | 2007-01-24 22:08

>もあっしゅさん、こんにちは! 今年もヨロシク!ってもう遅い? 歳をとると時間の感覚が短くなってのぅ・・・。

私もピカリンの「癲癇」がわかるまでは、かなりADHDを疑いました。ADHDは、多動が良く取り上げられるけれど、注意力欠陥という側面もあるじゃないですか。ぼっーとしていたり、異様に記憶力が悪かったりは、その注意力欠陥に当てはまるんじゃないか、そっちが強い子なんじゃないかと思って、文献を読むとますますそんな気がして・・・。
うちの子も、診察室に入ると、いつもより「悪い子」でした。椅子の取り合いはするし、医師の話を聞いている間中ぐるぐる回したり、診察室のベッドに寝転んだり。
「先生、多動でしょうか?」
「いや、多動の子は、こんなもんじゃないですから」
そうなのかぁ。
とかね。
結局ボーっとしているのは、癲癇発作だったし、
記憶の問題は、記憶作業中にも発作が起こって、集中できないから、だったようだし。
このあたりは、気にかけたほうがいいけれど、心配しすぎて混乱するよりは、親としては大きく構えていた方がいいのかもしれない、とも思います。
私も、散々悩んだけどねー!(このあたりのことを書くのを忘れたなぁ・・・・)
結局、ブログ記事にも書いたように、「危機の回避ができない」のを見て、「問題あり」と確信したんだけど、それまでは「おかしいな?」「でも心配のし過ぎ?」「この子なりの、ただの成長の一過程?」「でも、これでも普通なの?」の繰り返しで、不安の影がずっと心の中にあった感じです。
癲癇治療で、なんだか、フィニッシュしてしまった体験だったわけだけれど、私の場合はそうであっただけで、
根本的なアレルギーや化学物質の問題は、依然としてあるんだよね・・・。
「これがこの子・・・」は、本当に激変だったから、ねー、あまりにも。
でも、それまでのピカリンも、嘘のピカリンかといえば、症状を抱えたピカリンそのものだったわけで、
さまざまな後悔の中で、唯一の救いは、そういうピカリンを私は否定しなかった(化学物質過敏の一症状だと思っていたからだけど)、叱らなかった、ということなんだ。(←これも書くの忘れたな)
ピカリンをそのまま受け止めて、不安は持ちつつも包んであげられていた気がする、という事は、自分の中で、「よかった・・・」と思っていることです。
子どもをめぐる環境の中で、混迷し続ける母親の私たちだけど、
原因を探りつつ、子どものことを受け止めていきたいな、
と、今も反省しつつ思っているトコロデス。
むずかしー!!ね・・・。ふぅ・・・。

投稿: タケ | 2007-01-25 10:56

>ゆうこりん!リンク歓迎!
記事、しじょーに、インタレスティング!
コメント書いてないけど、ずっと考えちゃってるよ。

ひとつの記事にさまざまな方向への引き出しがいっぱい詰まってるよね。
勉強になりました!
これからも、よろしくお願いします!

投稿: タケ | 2007-01-25 11:00

>ナオさんこんにちは!
「ナオ」と見るたび、一瞬止まる私をお許しめされい。(まだ慣れてない)

ナオ氏に、そんな経験がっ!
癲癇、って、とにかくよくわかっていないもののようだから、それと似たような発作が化学物質と結びついているのか、安易に語ったりはできないものだけれど、個人的にピカリンのような人を見てしまうと、考えちゃうことではあります。
みなさんに、こうも「思い当たる節」を語られると、「やっぱり・・・?!」と思うと同時に、妙に「や!そうとは限らないから!」と焦ったりもして、難しいね!!

運動誘発・・・怖いよね、親としては。
ずっと前、タップダンス教室で(←いきなり)教室の知人(年上)のお子さんがアメリカにいる、と聞いて、何気に「アメリカ、って怖くないですか? 危険がいっぱいそうで(←アメリカといっても広いですから!今の自己突っ込み)、親としては心配になりませんか?」と軽く聞いたんだよね、
そしたら、その人が「日本にいたって、いつ交通事故で死ぬかわかんないんだし、死ぬときゃ死ぬのよ、どこにいたって。だから、どこにいようと同じ」
と答えたのが、
非常に衝撃で。
なんか、そういう覚悟、って、すごいな、と、当時ピカリンが2歳だったんだけど(←なのにタップに通ってた)、自分にそういうことができるかな、とビビリながら考えたことがあってね。
なんか、水泳のこととか運動誘発のこととか考える時、なぜかそのことを思い出すんだよー。
「死」が連想されること、って、親としては絶対いやだ!!
でも、あくまで「連想」であって、その道を子どもが望んでいる時に、親としては、どこで「OK」か「禁止」かの線を引くのか、って、すごく難しくて、状況や、親自身の生き方・考え方が反映されるところだよね。
今、ピカリンの隠れ食いが続いているので、バスケを強制的にやめさせるか、すごく考えているんだよ。この話は長くなるのでしないけど、本当に難しいな!と思う。
こうなってくると、早く巣立って、自分で責任取ってくれよ、もう悩むのいやだからさ、みたいになってきますが、
まだまだ子育てこれから!だと、そうもいかないしねー。

また、一緒に考えていこう。ナオ、様。

投稿: タケ | 2007-01-25 11:16

なんで気づいてやらなかったんだろうってことは
アレルギーの親でなくてもいっぱいあるんじゃないかな。

うちは息子の言葉が遅くて、でも男の子だしこんなもんだろうと思っていたのよ。
小学校に上がって秋の頃「お母さん、僕のお話ってわかりにくい?」ってお風呂で聞かれたときは涙ぐんじゃいました。
なんでもお腹が痛くて保健室に行ったら保健室の先生に、言葉が聞き取りにくいから言葉の教室に行ったらとその先生に言われたらしいんです。
それってそうだとしてもまず、親に言って欲しいよね。
なんて息子に説明すればいいかわからなかったよ~~~
翌日担任に話を聞きに行ったんだけど、1年生の先生方で話題になっていたらしい。
でも、順番が逆だろってことに当時は拘ってました。
結局ことばの教室に2年近く通って今はたぶん普通だと思います。
先日、息子の2歳くらいのビデオを見たら、
ズボンを叩いて旦那に一生懸命泣きながら訴えてました。
パパとか言葉になるものはいっさい発していなくて。。。
旦那が「おしっこか?」と聞いてやっと通じてトイレに行って、この頃は単語すら言えなかったのかと思うと
もう少し早く気が付いてやればと涙ぐんでしまいました。

でもね、私は一生懸命だったんだよ。
それだけは大きな声で言える。
除去食作って、スキンケアして、掃除して洗濯して
でも、息子と娘と旦那とで毎日泣いたり、笑ったりして
暮らしていたんだ。
気が付くのが遅くて後悔するけどそのとき、そのとき真剣に子どもたちと向き合っていたんだから。。。
みんな一緒じゃないかな。

投稿: どんぐり | 2007-01-25 22:22

>どんぐりさん、こんにちは!


もうもう、胸がいっぱいになって、泣きそうになりました。

そう。アレルギーっ子の親でなくてもいっぱいあるよね。
こういう言い方はいやな方もいると思うけど、私は重度アレルギーはいわゆる「障害」だと思っています。「障がい」って、社会生活を送るに当たって非常に不便がある事だと思うから。
だから、アレルギーブログだけど、その親のことを書くときは、いろんな「障がい」をもった子の親のことも考えながら書いている。
そうして、「障がい」というのは、ステレオ的にイメージされた「障がい」だけでなく、「健常」と「障がい」の間というか、きっぱり二つに分けられるものでもなくて、その中間にいるような人も、いっぱいいると思っていて、
そういうところで健闘している子どもや親のことも、考える。

親業、って、ずっと成功しているわけじゃなくて、いっぱい失敗して、それをあとで後悔する、って、良くあることだと思うよね。
よくあることだから、責めなくていいんだけど、でも、自分ではやっぱり悲しくなる。
でも振り返ると、一生懸命頑張ってたよね!とも思う。(泣き)

種類や、程度はいろいろあれど、
みんな同じだと、私も思います!

・・・・・・・・・・・・・
しかし、それにしても、
やっぱ、それは、子供に最初に言って欲しくないよな!
少なくとも教育者なんだからさ!配慮して欲しいよ。と
そのあたりも、むぅっ!とした!
過去のことではあるのだろうけども!!

投稿: タケ | 2007-01-26 09:50

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