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2007年3月

新学期(チクリン料理修行始まる)

今日は「離任式」なる登校日です。

だぼだぼズボンをはいたチクリン(今度4年生)が、ずっとポケットに手を突っ込んで肩をゆすって歩いているので、なにをカッコウつけているのかと思ったら、ウェストがゆるくてズボンが落ちてくるのを、その格好でなんとか止めていたのでした。
気がつこうね、母。ネグレクト寸前ですよ。

 

上のピカリンのクラス発表は4月3日。今度はどんな先生かな、友達かな。
去年面倒くさくて、アレルギー紹介をサボったら、あちこちでしっぺ返しがあったので、やっぱり最初が肝心。面倒くさくても、きちんとやらなくては・・・。

 

P1010018_2 「耳の聞こえない子が手話を学ぶように、足の悪い子が車椅子の操作に熟練するように、超アレルギー体質のうちの子は料理が必修」

と思っている私は、小学校のうちに料理を「苦でない」レベルにする、と決めています。

ピカリン(今度中2)は、幸い料理が好きだったので、小3から小6の4年間、毎週料理を作りました。

チクは、「3年からでは早すぎる!」と、自ら主張したので、4年生となる春休みになった先週から、土曜日の夜ご飯は、チクリンの当番、ということで、料理修行が始まりました。P1010019

 

「長ネギも涙が出るー!」
そりゃあんた、包丁を引いていないからだよ。

料理については

「好きな料理を作ってよい」
「面倒くさかったら、ふりかけご飯にしてもよい。毎週同じでもよい。家族は文句を言わない」
「料理は最初から最後まで、全部一人で作る(体力的に無理なことを除いて)」

 

そして、私は、(片手間に教える)のではなく、必ずじっくり付き合う(片手間に洗濯物をたたんだりしながら)。で、料理の基本を教える。

 

目標は「当たり前に台所に立てる習慣作り」なので、基本はきっちり、でも、内容にはこだわらない、です。

P1010022_1 「料理って、腕が疲れるんだね」

そうなんだよ、チクリン。
だから、腕力がいるんだよ。

今日は、彼の希望で、マーボー春雨。
たれ作りをいい加減にやっているタケ氏。
分量を教えられないので、ひとつずつ、入れてみる。

「まず味噌をなめて」
「ほんで砂糖を入れたらどうなるか、なめて」
「塩スープのもとを入れたらどうなるかなめて」
「さらにしょうゆを入れたら・・・」
「もう一回砂糖を入れたら・・・」
「にんにくのすりおろしを入れたら・・・」
と、味の変化を覚えてもらう振りをしながら、適当に調整。

これからは、チクリン、君がおいしいタレを開発してくれ。P1010023

 

ちょっとよくわからない代物、しかも一回で食べきれないほど大量に作られたが、味も大変よく、良かったでしょう。

 

次回、彼は「味噌汁と煮物」を作ってみたいそうです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

何かと気力の必要な新学期ですが、皆さん心を引き締めて、がんばってまいりましょう!
いろいろあるが、4月は種まきだから!
種をまかなきゃ、育たない!!
(←ほとんど自分に言っている・・・)

 

ところで、
なんと、パソコンのハード部分から異臭が・・・

さようなら、マイパソコン
これはだんなのパソコンから打っています。

 

忙しさも手伝って、しばらく更新できないでしょう。
携帯からの入力もいまいちわかりましぇん・・・(追求しろよ)

いろいろ遅れたらごめんなさい。

 

新学期に向けて、ちょっと気が重いタケ氏でした。
でも、やらなきゃなあ(←まだ言っている)

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アレルギーを子どもに教える2(「アレルギーなんかじゃ、やだ!」)

毎日毎日、目の前のことを片付けるのに精一杯で、
ネットから印刷した給食献立表を手帳に貼って、買い物リスト作って、弁当作って、仕事して、買い物して、夕飯作って、という毎日が、ずーっと続くと思っていたのに、
なんと、今日は「給食」がなかった!(ネットの献立表は全ての学校に対応するためずっと書いてある)

その上、小3チクリンは修了式だった!(今年度最後の登校日)

がーん。
全然気がつかなかった。(昨日の夜に知った!)
来週の水曜日辺りかな(ピカリンはそう)と思っていた!
チクリン、明日から春休みなのか!
子どもの学校が修了するということを気がつかなかった自分に
あまりに驚いて、弁当を作らなくても良くなった喜びを忘れそうになります。

 

さて

 

ズーっと前に、「書く」って言ってたんですよね。
アレルギーを子供に教える1(まず始めにどうやったのだろうか)
http://taketaketake.tea-nifty.com/cooking/2006/04/post_85ea.html
もう1年前の記事ですね。

しかし、この手の話がこの時期にされがちなのは、
やっぱり入園入学の時期がこの時期なので、親の不安が倍増状態になっているからなんだろうなあ・・・。

 

 

子育てをして1年2年たつと、生まれたころのことをすっかり忘れてしまい、
近所の出産間近のママにアドバイスを請われても、「すっかり忘れたヨ・・・」という方も多いのではないでしょうか。

私もご多分に漏れず、
子どもに「どうして私はアレルギーなのか?!」というような言い方をされたことは何度かあるはずなのですが、きちんと思い出せません。なのにこの御題で書くご無礼をどうかお許しください。

 

 

いつかは聞かれる、
そうしたら、なんて答えようか。
動揺せずにしっかりと話すことができるだろうか。
と思いをめぐらし、
タイミング悪く唐突に、何のイントロも無く、こちらの心身の健康状態もかんがみずに発せられるこの手の質問に、動揺しまくる。
説明したあとも、わかったんだろうか? 言い方は良かったんだろうか? 
と悩む点において、
性教育に似ています・・・かもしれません・・・(ちがう?!)

 

 

うちのたぶんその質問の初めは、上の子(女)ピカリンが5歳くらい・・・もっと前かなあ、の、寝る前の布団の中でのひとときだったと思います。

布団から顔だけ出したぴかりんが
どうして、ピカは、アレルギーなんかなんだろう!!」と吐き出すように言った。

(あー、きたな)
と思って、ドキッとして、でもこちらの動揺を抑えながら、
「そうねえ・・・。やんなっちゃうとき、あるよね。(まず受け止め)
アレルギーはね、偉いお医者さんでもわからないことがいっぱいあるんだよ。(前ぶり)
なんだかね、体が体を守ろうとして、体に悪いものが入ってきたらやっつけようとするんだけど、それがちょっと、やりすぎて、湿疹とか出ちゃったりするらしいよ(一応科学を噛み砕いて話すが、大体聞いていない)
ただね(本題)
これはお母さんの考えなんだけどね、
アレルギーの体の子、って、実は人間の進化した体なんじゃないかなあ。」(ピカリンはポケモン好きだった)
「しんか?」
「うん。人間て、始めはサルだったじゃない? それがだんだん変わって、今みたいな体になってきたわけでしょ? これからだって、変わるんじゃないかな。 アレルギーの子の体てさ、未来の人間のほとんどがそうなる体が、早くに出てきただけなんじゃないかな? ピカは、早めにその体を持って生まれたんじゃないかな。 未来型人間なんだよ。
お母さんは、そう思うよ。
・・・・・・
サルも、始めに体に毛が無い子が生まれたときは、みんなに『ハ~ゲ』『ハ~ゲ』って言われただろうねえ・・・」
「ケケケケッ!」
と、ピカリンはそう小さく笑うと、すぅ~っと眠ってしまった。

 

「未来型人間」なんて、誰も言っていない、嘘といえば嘘です。
「ごまかし」なのかもしれない。
でも、私も半分はそう思っているし、
そう思っていて、何の罪があるだろうか。
ピカリンの体が、今ある現状への警告であることは確かなことで、
今ある現状が正しくて、ピカリンの体が「間違っている」ということではない、という点では、自分にも自信があったと思う。

だから、その点を、嘘かもしれないけど、
そういう形で伝えたくて、
どこかで、「だますことになるのかな・・・」
と不安になりながらも、
そういう風に言ってみた・・・・。

「ハ~ゲ」は、なんだか、口からポロっと出てきたんだけど、思いがけずウケた。
どこかで、未来先取り方人間は、いじめられることが、昔からあったかもね・・・、と伝えたかったんだと思う。そんな気持ちが伝わったかはわからない。
本当は、もっと話すことがあったように思ったんだけど、
笑いながら眠ってしまったピカリンを見て、
すごくほっとして、
なんだか、この時のことは、よく覚えているのです。

 

 

もう少し大きくなってからは、もっと直接思い切り「不満」を言っていました。
みんなはいいなっ!! アレルギーがなくてっ!!

大きくなると、噛み砕かなくても、こちらの思いもストレートに言っても良くなってくるから、ここから先は「人生観」「人生論」の話なのかもしれない。
だから、その家庭によるんだと思う。

私の場合は、いつもこんな感じ。↓

 

「確かにね、やなことはあるよ。
みんなが軽々過ぎていくことにもいちいち立ち止まらなきゃいけないわけだし、手間はかかるし、やれないことも確かにあるし。

でもね、思うんだけど、
人は、誰でも、それぞれ何かしら重たいものや苦しいことを抱えてんだよ。

例えば、ピカは、今、こうして家族そろってご飯を食べている。
でも、アレルギーが無くたって、親がご飯を作る暇も無くて、コンビニ弁当を一人で家の中で食べている、って子だって結構いるんだよ。
その子の方が、コンビニ弁当を食べられるからピカリンより幸せか、って言ったら違うだろう。
食べ物だけじゃないよ。
うちの爺ちゃんは目が見えないだろう。
腕の無い人、耳の聞こえない人だっている。
生まれたときから親の無い人、広く見れば、生まれたときから周りが戦争だ、っていう子だって世界にはいっぱいいるんだ。

人間は誰でも、なにかしら、ひとつは心の中に重いもの苦しいことを抱えて生きているもんなんだよ。どの人でも。
それと一緒に生きているんだ。
ピカは、それがたまたま『アレルギー』だったということであって、、もしかしていやだと思うことはもっとあるかもしれないけれど、
でも、ほかの人が持っていない幸せを持っている、ってことも確かなことだろう。

何かしら、つらいことを持ちながらも生きている、っていう事では、
みんな、同じ
なの。」

 

「そりゃあそうだけどさあっ!」

 

ピカリンの思うこともわかる。
不満や、悔しさはそう思ったって、なくならないもんね。

「だから、お母さんとお父さんは、ピカリンのことを全力で応援するよ。
助けられることはなるべく助けたいと思ってる。
ただ、それで、自分が不幸だと思ったら、それは違うよ」

 

私自身にだって、今まで生きてきた中でのトラウマはある。
すぐに解消できるものではなくて、生きている中で、何年も何年もかかってそれを溶かしながら、それと共存しながら生きている。

回りには、私がその人だったら、耐えられないんじゃないか?と思うような、心の傷や、過去の記憶や、生活上の障害を持った人がいる。
たぶん、みんなも、そういうのを持ちながら生きている、がんばって生きている、
という点では同じなんだよなあ、
と、
いつもしみじみ思っているのです。
 

だから、
それが、子どものアレルギーに対する不満への回答にはならないかもしれないけれど、
私自身は、アレルギーが万が一『不幸』なことであっても、それを受容しながら、自分なりの人生を自分流に生き抜いて欲しいなあ、と思う気持ちが強い。
だから、それを伝えるしかなくて。

 

 

あともうひとつ。

子どもに対する受け答え、というのではないんだけれど、
「自分は幸せだ」という思いを、何度も繰り返し、表現して伝えるようにはしているかもしれない。実際幸せなんだけど。
「うちのご飯は、本当においしいよ。 ピカとチクは知らないかもしれないけど、本当においしいよ。うちのご飯を食べた人は、アレルギーの無い人でも、おいしい、って言うだろ? こんなのが毎日食べられて、お前たちは幸せだねえ」
と、夫はよく言うし、
私も、「静かな景色が見られて幸せだねえ。」「いっぱい本が読めて幸せだねえ」「みんなで笑って過ごせて幸せだねえ」と、繰り返し言っている。
「ぴかりんは、すごいねえ」
「こういうところは、誰にも真似できないね」
「尊敬するよ」
と、本人のこともほめる。本当にそう思っているからだけど、意識して気がついて、意識して言葉にするようにしている。

自己肯定感

というのかな。
私はこれでいい。
私は、これがいい。
と自分自身をそう思える気持ちを、思春期までに十分育てる、
っていうのが、大事だと思っているので、
そこまで、七面倒くさく考えて、言葉を発しているわけじゃないけれど、
そういうのが、底辺にあって、
それで、
前に書いた「アレルギーについての言葉」の意味があるんだと思う。

何か、暗いものを持っていたとしても、幸せも持っているし、私は私でよくて、これからも面白く生きてやる、みたいなこと。  

 

 

そういうのが、少し大きくなってからの、我が家のセリフかなあ、と思います。
年齢やシーンに合わせて、いろんな部分を取り出して、いろんな言い方で伝えてはいますが、全体的には、こんなところ。

 

私自身の考えなので、あくまで、我が家の場合です。
これが「良い」と思うわけではないのですが、どうやっているか?と聞かれれば、こんなところかなあ、と思います。

自分自身がなぜそういう風に思うのか、というと、
若かりし頃精神科に入院した(欝で)経験とか、その他諸々あるので、書きませんが、
そのあたりは、うーん、やっぱり、子どもにこれから先も「生き抜く」力をどう与えるか、という家庭の方針によると思います! 

 

 

むずかしかった・・・。

それに、上記のように思いながらも、やっぱり、子どもが悩んだり苦しんだりしているんじゃないかと思うと、動揺するのは、本当だし・・・・。自分で自分の言った事(思っていること)を忘れて、目の前のことにおろおろしているのは、ブログに書いてきている通りだし・・・。

ということで、繰り返しちゃうけど、あくまで私の考えですので、よろしくお願いします・・・。

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未知の世界(自分で自分の道を切り開いていく年代のアレっ子)

今、ピカリンは、自分の部屋を持っていて、そこで一人で寝ています。

夫    「ピカリンてさー、寝る時なかなか眠れないこと、って無いの?」
ピカリン「あるよ」
夫   「そういう時、どうしているの? 考え事とかしているの?」

(私→・・・アレルギーのことで悩んでたりすることもあるのかな・・・)

ピカ  「うん、そう」
夫   「どんなこと考えてんの?」
ピカ  「すっごいイケメンの泥棒が、盗んだものをいっぱい持って、『かくまってくれ!』といって、ピカの部屋に入ってくるの。そんでね、盗んだ宝物を見せてくれる、とかそういうことを想像してんの」

私   「!!  それって、もしかして、すごーく、良くないか?」
夫   「ピカのことだから、その宝物の中には、アレルギーでも食べられるお菓子とかいっぱい入ってんじゃねえか?」
ピカ  「うけけけ。それからのパターンはいろいろあってぇー。その日ごとにいろんなことを想像しながら、幸せな気持ちでニヤニヤしながら眠るのさ!」

 

母はいつも、子どもがアレルギーのことで悩みを抱えているんじゃないかと心配してしまうのだが、こと、ピカリンに関しては、もうこの頃良くわからなくなっている。

以前、給食などで、友達に「ピカリンの弁当いいなー」とか言われると、
「いいだろ! へっへっへっ!」
と言い返している、と聞いたことはあった。

それは、本当なら
「食べられないものをいっぱい我慢しているんだよ。みんなの方がいいじゃないか」
とか
「私は好きで弁当なのではない!」
と叫びたいことの裏返しなのかと思っていたのだが、
(きっと始めはそうだったと思う)

この頃は、言われなくても自ら弁当の自慢をしているようだ・・・。

特に自分が好きなおかずだったりすると、
「今日は、うちのお母さん特製のおいしーいパンだ! このあまーい香りがたまんないね! んんん~うまい!」
とかやって、友人らがぞろぞろ弁当を見に来たりするらしい。
(ピカリン談)

 

 

私  「ピカリン、あのさ。あんまし、弁当の自慢とか、しないほうがいいと思うよ?」
ピカ 「えっ! なんで?!」
と、本気で驚くピカリン。
私  「んんんー。んんんー。やっぱり、威張られるといやじゃない?みんな」
と私は、ピカリンがいつか友達の反感を買うんじゃないかと心配して言う。
ピカ 「そおおおかなあー!」
私  「・・・・・・・・・・」

 

昨日の弁当に、アスパラガスのサラダ、というのがあった。
この頃無神経ズボラ母をイッてしまっている私は、使いたくなかったアスパラガスはインゲンに替え、「サラダ」を見落として、胡麻和えにして出した。

学校で弁当の蓋を開け、インゲンだけのおかず入れに「あっ!」と声を上げて驚くピカリン。みんなはキャベツやらコーンやらマヨネーズやらの色とりどりのきれいなサラダだったらしい。
友達も覗き込んで、げらげら笑って、「ピカ。うちらのサラダのコーンあげようか?」と言っていたそうな。

文字にすると、あまり良くない印象のシーンなのだが、それをピカリンは面白そうに楽しそうに話している。
例えば、友人同士でレストランに入って、すごくいいものを注文したと思ったのに、思ったのと違っていたメニューに驚き、みんなもそれを一緒に笑いながら会話しているというような感じに。

 

うーん。わからん。

 

ピカリンはお弁当を持参し始めてもう7年。
中学校で、自分にアレルギーがあるという話を、先生でも母でもなく、自分で自己紹介したい、と言った1年前。
アレルギーもちの自分と、周りの人との関係を自分で築いていっている。
代替弁当を持っていたことなどない私自身にはもう分からない世界になっているのかもしれない。

技術の木工のニス塗りのときは、DIY店に売っている「防毒マスク」みたいなマスクを持っていった。(こんなものをつけるなんて、いやじゃないのかな)と心の中で心配している私とは裏腹に 「きひひ。かっこいー!」と言っているピカリン。

 

ムリしているんじゃない・・・?ようなんだよね、どう見ても・・・。

母は、どうしても信じられなくて、
ムリしてるんじゃないか、とか
学校で本当は意地悪されているのを、明るく振舞ってカバーしているんじゃないか、
とか
そんなことばかり考えてしまうのだけれど、
いろんなところで見るピカリンと友達の関係はそういう感じが、どうしてもしない・・・。

 

もう、この点において、ピカリンはひとり立ちをしてしまったのかな。
親は、もしも、何かあったときにピカリンを受け止める、安全網となって、ただ、見守るしかなくなってきたのかな。

一人だけ弁当でかわいそう、とか、ピカリンが保育園にいっていた頃のような感じ方をしてしまう、いつまでたっても成長しない母とは別に、ピカリンは、7年の間に、どんどん成長して、こんな風にやっていけるようになったんだろうか。

まだ信じられなくて、よくわからないのです。
だから、なんだか、うまく書けなかったけれど、
でも、
昨日の会話は、本当に、ピカリンがピカリンの世界を自分で創っていっている、ということがすごく感じられたので、まとまらないながら書いてみました。

 

母親、って、おろおろするしかできないんだねえ。

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まめ式レンジケーキあれこれ

P1010016_3

今日は、この季節始まって以来の大雪!(キッチンのシンクから見た景色です)
参考写真http://taketaketake.tea-nifty.com/cooking/2006/09/post_f4b4.html

今頃・・・

で、すでに「雪囲い」(雪の重みで庭の木などが折れたり曲がったりしないよう、竹や縄で支える)をはずしてしまった家も多い庄内です。

 

そんな今日の、ピカリンの弁当は「コッペパン」と「ジャンボソーセージ」なので、
私は、まめ式レンジケーキを甘みをおさえて薄く作りサンドイッチパン風にして、ウィンナーロールにしました。P1010018_1
 

一枚一枚作っても、レンジで1枚1分くらいでできるから、簡単ですよね。(まめ氏感謝!)

これを見たチクリン。
「あ~ずりい~。すげえ、うまそう~」
私 「何でずるいんだよ?」
チク「だって、俺のとき、硬くてちぎれないパンだったじゃないか」
しまった! 覚えていたのか!
同じ献立は、1ヶ月ほど前だったから、忘れているとばかり思っていたのに!

 

まめ式レンジケーキには、いろんなバージョンを挑戦しているのですが、
なかなかうまくいかず、アップできません。
一番うまくいっている「アールグレイティーとドライフルーツ」は、出来上がった瞬間に、みんなで一気食いしてしまって、写真に撮られたことが無いし。

メロンパン。
サトワカシェフご教授の有名なベーグルを応用していつも作っていましたが、
うまくいかなかった時、急遽まめ式レンジケーキで代替できないか?(代替メニューの代替!)と寝ぼけた上に混乱した頭で急ごしらえしたのが、こちら。

 

 

 

 

 
P1010005  

意味わかんね~
きのこの山?

 

こんなして上の部分を甘めに作ってP1010001_2

P1010002 かぶせたんだに。

別にかぶせなくても、いれものに先に甘い部分を入れて、それから白い部分をゆっくり注ぎ込めばいいじゃん!

ま、いいや。

あとさー、

P1010013 「萩の月」風を作りたかったんだけど、
バクハツ!

 

 

 

P1010010 こんなして穴を開けて

P1010011 カスタードクリーム風(コーンクリームで作るんだジョ)を入れて、

P1010012 上からまた生地をかけて軽くレンジしたんだけど、
やっぱり内容物があると、爆発するよね、レンジは。(はぁ~)

と、いろいろやってます!

 

みんなも元気出せ!(誰が元気をなくしているというのか)

 

サトワカシェフのコーンクッキーも、紫サツマイモと抹茶で3色のをやったが、
「だめだー、うまくイかねー」「もうやだー」「サトポンのと全然違うー」と愚痴りまくる母を押しのけ、食欲魔人ピカリンが仕上げる。

こうやって、ワイワイやるのが楽しいんだよね。

ちなみに、結構うまくできたが、出来上がった写真は無い・・・P1010014_2

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化学物質を使っていない有機飼料で、自然に育てています

というキャッチフレーズだけで、

「まあおいしそうだわ!」と、よだれがでます。

 

「忙しい!」と言っていた私ですが、
期せずして(?)、おとといの夜から、ピカリンおそらく「インフルエンザ」勃発。
本当はこの土日に、ちょっと遠いところまで「遠征」に行く予定で、弁当作ったり送り迎えしたりと忙しいはずだったのですが、おかげで(?)時間ができました。

「インフルエンザ」

タミフルにもいろいろ思い巡らせている皆さんだと思いますが、
今日はその話題ではなく、
抵抗力、免疫力の話。

 

ピカリン、39度の熱ですが、
母はあまり心配していない。
というのも、インフルエンザには、たぶん何度かかかったことがあって
「たぶん」というのは、
いつも、インフルエンザに間違いないだろうな、という症状を起こしても、一晩で治してしまうのがうちの子だからです。

それ、ってインフルエンザじゃないのかね?
わかんないですが、
高熱出して、咳も鼻水も無く、がたがた震えて、フラフラして、体のあちこちが痛い、という状態になっても、翌日には治る。
よって、医者に行って診断してもらったこともないのです。

 

とにかく、強いです。
学級閉鎖が起ころうと、
「保育園閉鎖か?」という状態になっていても、
生き残っているうちの子。

医者には、「食事がいいからでしょう」と言われ、
もう、
ふんぬっふんぬっ!って感じで、ふんぞり返りまくりです。

 

「アレルギーで大変ね」
と言われても、
「うん。食事作りとかねー! でも、うちの子は、アレルギー以外はすごく丈夫で医者いらずだから、そういう点では大変じゃないんだー」と言っています。

 

始めのお題に戻りますが、
良い飼料で育てた豚や鶏、っておいしいじゃないですか。
うちの子も、たぶん、「おいしい」んじゃないかと踏んでいるんです。

養殖の魚や、化学飼料で育てた家畜は、
油は生臭く、肉の部分は味が無く、自然のものに比べたら、味はぐっと落ちますよね。

たぶん、病気になりにくい自分の子は、
「おいしい」肉や脂で体ができているんじゃないかなー、
と、想像してみるわけです。
カンペキな、「飼料」を与えているわけじゃないですが、
比較的良い?のではないかと。

 

たとえが、すごく悪くて、
ご気分を悪くされた方もいるかもしれないけれど、
最近そういう風に思って、
自分は「高級」鶏、「高級」豚ならぬ、
「高級」人間、を育てているんじゃないか!?
と思うと、
なんだかね、
除去云々はともかくも
「高級」肉体は、作り続けたい、と
そう思うわけなんです。

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