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2007年4月

最近ちょっと嬉しかったこと(つけたし)

先日書いた同名記事は、もうひとつ付け足すことがあったんだ。

 

中学校の先生と懇談したその日の夜、
ピカリンの保育園時代の友人の家と連絡をとった。

 

私とピカリンは、明日から、バスケットの遠征試合(1泊)に行くのだけど、
その会場に、どうも、保育園時代のクラスメイトがいるんじゃないか、と予想され、
連絡をとってみたのだった。

ピカリンの行っていた保育園は、アレルギー児対応保育園で、
その友達も、大豆系の除去をしていたし、
そのお母さんは、ピカリンの通う病院の看護士をしていたので、
アレルギーに関しては、ツーカーの中。

 

連絡をとると、果たして、同じ会場の試合に参加していることが判明!

「今、旅館と交渉中で、それから、弁当屋さんにアレルギー用弁当も頼むつもりなんだけどねー」と、私
するとその母は
「あー!そうか。じゃ、もしうまくいかなかったら、うちを利用して! なーんもできないから、自分で御勝手使うんだよ?!」
「あー、本当は、そうさせてもらえると嬉しいな、とは思っていたんだけどさ、旅館とか弁当屋がダメな場合」
「いい!いい! 試合以外の時間は私もいるし、試合までは夜勤も入れていないから、いつでも連絡して!」
「いいの・・・?」
「いいって!いいって! なんでも、かんでも、頼って!!」

 

久しぶりのこういう言葉に、涙が出そうになった。

 

このお母さんは、本当にいろいろな困難を体験しているんだけど、
明るくて、肝っ玉で、
家の中心で全てを暖かくゆっくりたくましく回していっているような人。
私は、こういうお母さんになりたい!
と、目標にしている人で、
またも、
この母に、力をもらいました。

 

結局、旅館も弁当屋も手配ができて、
(旅館には、自前料理持ち込み、レンジでチン)
この家には、「万が一の場合」のみご利用、みたいになったんだけど、
ほんと、
嬉しかったなあ・・・。

私もこういう風になりたい、って、
また、思った。

明日会えるので、すごく楽しみだ!!

 

この連絡をとった日は、
中学校の先生と、納得の行く懇談がもてて、
保育園時代の友人に、元気をもらえて、
嬉しかったのでした。

 

と、
書いて、

明日、あさって、いってきやす!

 

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最近ちょっと嬉しかったこと

最近の生活の中で、アレルギーがらみの「プラス方向」のできごと。いくつか。

 

上の子ピカリンさんが、中2になってクラスがえをしたので、クラス担任と懇談しました。

 

とにかく、昨年は、自分の気構えも弱くて、あまりきちんと懇談の準備をしないでさらっと話すだけで終わってしまうことが多く、
そうすると、ずれた対応が出てきたりして、
反省すること何度か。

今年は、自分の気構えを強く持って、できるだけ、精力的に心をこめて、空振りを恐れず、きちんと説明!
を、モットーに取り組んでおります。

 

角田和彦医師(いつも書くK医師ですわ。ホホ)のHPhttp://homepage2.nifty.com/smark/から、アレルギーっ子の生活百科>アレルギーっ子の日常生活・・・といくと、「学校の先生への手紙」というのあり、小学校向けとは思うのですが、なかなか良くできた文章なので、先生はこれでずいぶん「変わる」ので、これを印刷して、持参。

それから、担任が「理科」の先生なので、
「やりすぎか?」と思いつつ、
このブログの「あのときのこと」シリーズをプリントアウト(膨大!)して持参。
「読まなくていいんです!いいんですけど、こんな風にしてきた、ってことで、興味のあるページがあれば、そこだけでも・・・」と言い添えて。

懇談は、この担任の女性の先生と、学年主任の女性の先生。

 

話している間感じました。

「通じてる!」「通じてるよ!!」・・・・・・・・感涙!

 

同じことを話し、向こうが頷く、というようなやり取りであっても、
ふと漏らす、相手方の質問の内容とか、
そういうことで、「通じているかいないか」ってわかるもんだな!と思った。

そして、いかに、去年は「通じないこと」の連続であったか
と思い知ったのであった。
去年、つらいな、なんか・・・と思うことが多かったよな!(涙)

目の前で、「ツボな質問」を繰り出しながら、熱心に話を聞いてくれる二人を
思い出すにつけ、

対比して、去年はやっぱり、うまく行かない年だったんだ・・・と思い知らされたのでした。

というわけで、去年の話は、そのうちまとめて記事にしよー。

 

 

ところで、このピカリン。
うーーーーむ。(まずここで唸る)

「あのときのこと」
で、勉強平均点以下、マラソン周回遅れ。と書きましたけれど、
当然、短距離も、超ダントツビリ、でした。

私は陸上部部長で、短距離ならば、学校で一番速かったでした。
んで、旦那もまずまず標準の人なので、
自分の子どもも、まずは「標準」ぐらいだろう、と思っていたので、
ピカリンのこのダントツビリには、ちょっと驚いたのでした。
でも、そういうこともあるものかな、と思ってました。
それよりも
そんなピカリンは、運動会を楽しみにしていて、
いつも「照る照る坊主」をいっぱい作ってぶら下げて、
走り終われば、
「お母さん!見た?見た? ピカ、 差のないビリだったでしょ?ビリがほとんど同時だったでしょ?すごいでしょ?」と大喜びするピカリン。
そんなピカリンが、切ないように大好きでした。

 

が、
癲癇治療が始まって、だんだんに力をつけてきたピカリン・・・
ついにこの間、スポーツテスト50メートル走で、7秒台クラス女子1位だったそうです。

 

力がついてきていることは感じていたけれど、そして足が速くなってくるだろうことも予想していたけれど、
まさか、ここまでくるとは、考えてもおらず、
言葉を失いました。

 

ここだけ書くと「自慢」みたいだけど、
そうではなくて、
だからこそ、
「じゃあ、小学校低学年の頃のあのピカリン(もちろん小学校時代短距離は6年間全部ビリだったけど)は、なんだったの?」
単なる、個人の成長度の違い、では説明しきれないものを感じてしまう。

 

そうして、なんだか、泣きたくなるんだよね。
どうしてだったんだろう?!
とか
どういうことなんだろう?!
とか
そして、「お母さん、ピカ、ってすごいでしょ?!」と、どんなときでも笑っていたピカリンを思い出すと。

1位をとったピカリンもすごいけど、
そこまでがんばってきたピカリンが誇らしいし、
そして、あの小さいピカリンも大好きだ、
と思って、
この頃、気が付くとボーっとしたまま、胸がキューっとしてくるのでした。

(なんか泣いちゃって書けない)

 

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私たちが子どもだった時代

前回の記事で、umi氏がコメントしてくださいましたが、
彼女が、ゆうこりんのところhttp://youcorim.blog72.fc2.com/blog-entry-90.html#comment355でしていたコメントが、2・3日、頭の中をぐるぐるしてました。

 

子どものころ、「給食を残すな」と言われて、
ゲロを吐きながら、
毎日給食を食べていた子、という話。

 

これねー、

いま、アレルギーっ子を持っている親から見たら、
殺人行為だよね!

それが言い過ぎでも、明らかに、肉体的拷問・虐待行為!

でも、きっとこの頃は、
「いやだと思う心の問題で、吐いているんだ」
「心ももっと鍛えないとダメだ」
なんて、言われていたんじゃないかと思う。

この子、
いまは、どうしているんだろうか。
結婚して、子どもは生まれたかなあ、
なんて、
人のブログのコメントについて、なんだかぐるぐる考えてしまっていました。

 

前回の記事でみんながつけてくれたコメントの中でも、
「体が弱い」と言われて、
そういう自分に劣等感を持っていた話とか、
ゆうこりんが、ブログの中で、「こんなに苦しいなら早くおばあさんになりたい」と思っていたという話とか、
本当に、胸が痛くなる話です。

今なら、
アレルギーとわかることでも、(わからないか?!)
この頃は、一般的な強弱や優劣でくくられて、
弱い・劣るの中にくくられて、
自己肯定感を否定した子供時代をすごすの、って本当に
「罪」つくりだと思う。

アレルギーは、今の問題として語られるけど、
本当は、
私たちが子どもの頃、
「湿疹」「かゆみ」が少数の子に出ていた・・・だけでなくて、
すでにアレルギー体質で苦しんでいる子どもが、多く存在していて、
でもそれをわからずに、気が付かずに、
無神経に切り捨ててきていただけなんじゃないか

と、

思ってしまった。

 

私も
給食のパンも牛乳も嫌いだったけど、
全部残さず食べる子がいい子、だから、
いい子になるために、いかに残さないように、苦しくないように、腹の中に収めるか、
って、
毎度工夫していたもんなあ。

そして、しょっちゅう「頭痛」や、「体が痛い」ことがあって、
でも、一度「登校拒否」(小3の頃)をやらかしたことがあったので、
「精神的なものじゃないの?」とすぐ切り返されていました。
精神的なものが原因であっても、どこかが痛いのなら、それは異常だから、考えてもらってよいことであった、と、今なら反論できますが、

当時は
「精神的」→「本当は肉体的に何ともない」→「仮病」→「気のせい」→「痛くないのに痛いと言っている」
という図式が自分の中で出来上がり、
「痛いけど痛くない」
と思うようになりました。
結婚当初、私がよく
「頭が痛いかもしれない」
と表現していたので、夫が
「痛いなら、痛い、だろ?! 自分の体なのに、どうして『かもしれない』って言うんだ?!」
と怒っていました。

体調の不良を、精神的なものとして
とるに足らないものとして切り捨てる、
 

それは、たぶん、今でも「されがち」なことじゃないだろうか。

 

それから、もうひとつ、

アレルギーの話を、
今の子どもの話だけじゃなくて、
「実は・・・」の親が子どもだった頃の体験でまとめ始めると、
わかってくることがあるような気がする。

 

そんなことを、
umi氏のコメントを始め、
みんなの話を聞いて、
初めて、そういう風に思ったのでした。

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またも5月がやってくる(アレ体質の自分を大切に)

いつも適当につけている「カテゴリー」だけど、
今日は、迷った。
 

これは、「整理されてきていること」・・・?

 

ついに5月が近づいてきました。
5月の末には、
去年、写真もアップしたお祭りと、http://taketaketake.tea-nifty.com/cooking/2006/05/post.html
運動会がある。

今年は去年と違って、いろいろ「労働」しているし、
こっちの「祭り」系の仕事は削りたいのですが、
早くも、「小学生の踊り指導」のために、職場の勤務時間帯をずらす始末。

運動会のリレーは、絶対走らない!
毎年、ひざに水ためたり、肉離れしたり、
接骨院代、シップ代、テーピング代も馬鹿にならないのよ!
こんなガタガタの老体を走らせるなんて、鬼よ、若人よ!(若い母へ)
しかし、元陸上部で、
きれいな校庭の「トラック」を見ると、むずむずしてきてつい走ってしまうので、
あまり練習もいかないようにしよう。

 

そう!

自制が大切な時期

これが言いたかったのデスよ。

 

体験的アレルギーエキスパートに成長しつづけるゆうこりんが、
最近自身のブログで書いていたhttp://youcorim.blog72.fc2.com/blog-entry-90.html#moreこと。

 

思い当たるよ、考えると、いろいろ!

 

とにかく私は、乳アレ、小麦アレだったと思う!(もちろん今も)

つまんないことだけど、
私は、小さいころから、どうしてもうつぶせでないと、眠れなかった
「ねぞううらない」(爆!)などを見ると、うつ伏せで寝る人は、「悩みがある」とか「神経質な人が多い」とか、「暗い」イメージじゃん(知らねーよ)

「仰向けで大の字になって眠れる人になりたいな・・・」(続、爆!)
と、やってみるが、
どうしてもダメ。

天然明朗性格の旦那と結婚したので、だいぶ開放的な性格になったのですが、
それでも、うつぶせ寝からは離れられなかった。 

 

しかし、

ここのところ、

どんな風に形で寝入ろうが、
絶対、仰向けになっとるんですよ

 

いや、ね、
腰が痛くてね(よぼよぼ)

仰向けで寝ると、痛みがくるので、横向きに寝たいのです。
なのに、いつも仰向けに!

 

なぜ、今・・・

 

胃が、楽なんだよなあ。
うつ伏せで寝るとき、って、なんだか内臓が重い感じがして、仰向けで寝ると、体の上に何か乗っているような居心地の悪さがあって、うつぶせになっちゃってたんだと思う。

いま、自主的に小麦や乳を食べないでいるんだけど、
内臓の重さを感じないんだよ・・・・!

 

と、
なんかくだらない側面で展開しておりますが、

うつぶせ寝を始めとして、
体調維持には、小麦・乳・(もちろん卵も)除去!
これをやると、ぜんぜん違うんだよね、一日の活動量が。

これを、鉄の決まりとして、これからの1ヶ月を乗り切りたいと思う!
ビールを注がれそうなときは、
あらかじめ日本酒を持っていっておく!グラス持参!ビール代替だね。うん。
違うよ、ウーロン茶にしろよ。
はい。

と、

去年のブログのコメントと、まったく同じ展開をしておりますが、
去年よりさらに、確信を深めつつある今日この頃。

 

鉄の決まりで、
周りからの誘惑・周りに合わせてその場をしのぎたい衝動
に、
打ち勝とう!

自分のために!!
(ほとんど、自己アレブログ)

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閑話休題(タケの通勤路)

    毒を吐いたので、少しお休み。

今、桜たけなわの庄内。

今日は、タケの通勤路(自転車で15分くらい)にある桜をご紹介します。

Dscf0379 出発。

タケというネームの由来。

玄関から見たうちのちっちゃい竹林。

Dscf0380 「いくぞー」

小さい袋小路を出発。

正面に見えるかわら屋根の建物は、ふるーい工場(こうば)。

Dscf0381_1 Dscf0383_2

すぐに図書館の裏の駐車場。

右は表の駐車場。

敷地内を通り抜けていきます。

すでに極楽気分。

Dscf0384

左手に見えるのが、城跡が公園になったところ。

沿道に桜がずらっと。(信号にて停止中)

Dscf0385

公園敷地内の建物。

夫が高校生のころはここが図書館だったそう。うらやまぴー。

 Dscf0386

同じ道沿いの左側、ちょっと後ろを振り返ったところ。

藩校致道館。

 

 

 (ここでデジカメの電池が切れてしまい、店に走る。途中の風景撮れず)

Dscf0387  

川沿いの道を曲がりました。

ここにも桜。

遠くの黒っぽいビルの脇からこいのぼりも出ています。

 Dscf0388

ずっと川沿い桜。

「かいうんばし」は、
昔、海のほうからこの川(人力で作ったらしい)を船便で荷物を運んだところで、このあたりには、魚市場とかがありま
す。
 

Dscf0389 川沿いの道を行くのはここで終わり。

向こうに見えるピンクのお店が、「せんと千尋の神隠し」みたいで好き。このお店の裏側の方のアパートに、ブライアン(アメリカ旅行の前にお世話になった)が住んでいるらしい。

 Dscf0390 この建物から始まる商店街を抜けて、

振り返ったところ。

右側手前に神社の桜。

商店街は寂れているけれど、

レトロな店があって、大好きな場所です。

観光客がしばしば立ち寄る「絵付けろうそく」のお店は、この写真の左手にある店。

Dscf0391 この神社の池の枝垂桜が咲くのは、もう少しあとかな。

  

道沿いにこんな池がある。

面白いなあ、と思う。

時々、亀も日向ぼっこ。

Dscf0392_1  

 

 細めの裏道をとおって、ぐにゃぐにゃまがって、職場です。

 

 

しつこく帰り道。Dscf0396

さっきの川の、反対側を通ってみる。

 

Dscf0397 しゅてき。

 

なぜか木の陰に英字新聞を読んでいるおじさんがいた。

 

Dscf0399 さっき沿道を眺めた公園の中に入ってきました。

今、桜祭りの真っ最中。

この時間帯は、公園沿いにある3つの高校から繰り出した高校生がいっぱいいる。Dscf0401

逆光になっちゃったけど、人も出店もいっぱい→

 Dscf0402

日本桜百景にも選ばれている公園だそうだ。

 

 

Dscf0403女子高生の「新入生歓迎会」?
もしくは、クラスレクレーション?

Dscf0408  

お城のお堀を渡って・・・

 

 

 

Dscf0411 お堀沿いに、向こうの金峰山(藤沢周平はこの山のふもとで生まれた)を眺めながら、車にひかれないように走り、

 

 Dscf0412

左手は、慶応大学生命科学研究棟と、地元の公益文化大学大学院の共同建物。(信号にて停止中の風景)

 

Dscf0413_1 もう一回図書館を表から眺めながら、

「通り抜け」して、自宅へ。

 

 

というわけでした。

長くてしつこくてごめんなさい。

今回は、「桜」でまとめたけれど、

ほかにも、「山」が見える風景がいっぱいあったり、
レトロな感じのお店がいろいろ出現したりして、
ぜんぜん飽きない通勤路。

 

多少いやなことがあっても、この地方の景色を眺めていると、

「ま、いいか! がんばろ!」と、思えるんだよね。

 

もう少し郊外を、車で走っているときに見えてくる景色も、好きなんです。

相対的には貧しい暮らしの地域で、
なかなか暮らしにくいことも多いけど、
この地域が好きで引っ越してきたので(私は)
幸せな気持ちです。

 

現代社会にいろいろと問題はあるけれど、
「癒される景色」をなくしつつある事は、
人の元気をなくす、すごくさびしい問題なんじゃないか、と思っています。

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除去は医師の指導を受けて慎重に。(混沌の4)←いきなり番号

(コメントがつけられないようになっています。ごめんなさい。理由→http://taketaketake.tea-nifty.com/cooking/2007/04/post_e0dd.html

 

書けば、いくらでも出てくるタケ氏です。

 

さっきの記事のついでに、小記事で。

 

勝手に除去食を進めてはいけません。医師の指導のもと、慎重に行ってください

どの口が言っとるんじゃ、ごるあ!
とは言いませんが、
はじめは違和感があったという程度のこのセリフも、今となって、は人差し指で机トントンしながら聞いちゃいそうです。

 

こんなこと言うけどさ、
「本当に」「きっちり」栄養指導しきっている医者、ってどんだけいんだよ?な?

あとさあ、
親が「反応出た」と言っているのに、
「医者が判断できなければ、除去しちゃダメ」
って、わからなくね? だよなあ?
だったら、おめえが、ずっと我が家で食事見てろや! できねえべ?! デスヨ。

いや、勝手に除去をして、栄養失調の子どもを作ってしまうお母さんがいるんですよ。

というのが、
この「セリフ」の根拠らしい。

わたしも、医者にかからず、勝手な除去をして、「そそそれで、だいじょうぶ?」という食生活をしている人は、実際に見たことがあります。

 

がっ! 

 

ちょっと、考えてみましょう。

 

「親の勝手な判断の」「献立で」「栄養失調に近い子ども」

って、
実は、アレルギー児以外にうようよいっぱいいるんじゃないの?
スナックばっかりとかさあ。

そいつら全部、医者が指導しろよ!

 

と、すいません。逆ギレっぽいです。

寿司のえびを食べたら蕁麻疹できて、「これから、生のえびを食べるのは控えよう!」と普通に思っている人、っていっぱいいるんじゃないの?
「だめです。医者の前で生のえびを食べて、反応でない限り、食べてください」って、言うかよ!
(すいません、逆ギレっぽいです)

 

何で、アレルギーっ子だけ、あーだこーだ、言われなきゃなんないのでしょーか。
そのたびに、親がウロウロしなきゃなんないんでしょうか。
ちょっと、このあたり、整理してくんないかな!
と思っているのは、私だけでしょうか。

 

勝手にやらせてくれ、とは言いません、
が、
ちょっと方向ずれてるんじゃないか、とは思うんですよ。

 

「食事を制限する」ことを制限することに、神経質になりすぎているのではないかと。
これでは、どこが「神経質」なのか、わからないですよね。

 

と、鼻息荒く、今日は退場。

(コメントつけられなくて、すみません。この記事は、喋りたい人がいっぱいいるような気が・・・

注;今日の記事は、K医師の事では、ありませーん。

 

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「治療」と「生活改善」、と・・・

(コメントがつけられないようになっています。ごめんなさい。理由→http://taketaketake.tea-nifty.com/cooking/2007/04/post_e0dd.html

混沌としているところはどこか 整理されているところはどこか

 

などと、お題を設定しておきながら、
「一番混沌としているのは、おのれの頭じゃー!」と突っ込みたい気持ち満載のタケ氏です。
皆さん、ご迷惑おかけしてすみませんが、
引き続き、混乱記事をあげていきます。

  

 

今日は、ちょっと、有名な(いつも書く枕詞)K医師に、かかわり始めたころの自分の気持ちの「一部」を書いてみたいと思います。

K医師は、はじめに、患者がどんなアレルギー症状であろうと、一律に「一定の生活改善」を求めてきます。
それを言うときの態度は「これができなきゃ、話になんない。来なくてヨシ」みたいな態度ね。

 

で、

わたしには、これが、大不満。

 

「私は、この子の症状を治療したくて来ているのであって、その生活改善と、この子の症状の因果関係がはっきりしていないのに、そこまで求められるのはどうよ?」

「先生が、アレルギー改善の生活がこうあるべき、というのはわかります。でも、それは、先生の個人の『考え方』の問題であって、今私がここに来ている理由の『治療』と直接の関係はないでしょう。
『理想の生活の説明』と『治療』にかかわる話は、分けて話してくれないかなあ。
『治療』としての対策なら守るけど、先生のいう『理想の生活』については、こちらが取捨選択させていただきたい」

そして、K医師がそこまで「生活改善」にこだわる理由は
「アレルギー体質の子は、いつどのようにアナフィラキシーショックを出すかわからないから、それを避けるため」とわかれば、

「アナフィラキシーショックを恐れて、そこまで生活改善を求めるというのなら、
破傷風を恐れて、外遊びさせるな、というのと50歩100歩なのではないの?
最悪の事態を想定して、全てそれに照準を合わせて生活してたら、生活なんて成り立たないでしょう

 

と、思いつつ、
自分の子が、それでアレルギー症状が出ないのなら、ふんぞり返って、えらそうに言えるところが、さっぱり症状が落ち着かないので、
「私はどこか間違っているのか?」
と思って、上記のように思いながらも、自分の考えに向かってイライラして、精神衛生上、大変よくない状態でございました。

 

結局、自分の子の「治療」と「理想の生活像」が一致してしまう、という、幸福だか不幸だかわかんない事態と相成り、悩まなくても良くなったわけなんですが。

これは、今でも良くわかんないですね。

 

おそらく、
K医師が、ほかの医者にも嫌われる(かわかんないけど)理由は、このあたりにもあるんじゃないですかね。(ほかにもあると思うけど)

でもね、
うちのようにアレルギーが進むと、
生活の仕方、とか、
環境問題、とか、
そういういうこと、ってアレルギー改善にとって、とても重要なことだというのはわかる。

そして
「治療」
という場合、
それは、今ある現状の生活を送れるようになる、
ということであって、
「今ある現状の生活」
は、いいことなのか?
と言われれば、
そうではないと思う。
「添加物だらけの食べ物をいっぱい食べられて、農薬吸い込んでも何ともないの! 私って、幸せ!」っていうふうにはならないよなあ、いまさら。
でも「治療」と言って、「目指している生活」は、「添加物、化学物質だらけの世界」を標準・基準としてそれを「普通」と称する生活であったりするわけだ。

それって、
なんか変。

たしかに、何でも食べられたほうがいい。
どこにでも出かけられたほうがいい。
だから、「理想の生活」は自分で追求しつつも、
「理想でない環境」の中でも生きられればいいじゃん?
それを目指せばいいじゃん

というのが、結論なのかもしれない。

 

うーん。でもねえ・・・。
「治療」を言うとき
「普通になりたい」
というじゃない?
「普通」って何なの?
と思うと、
なんだか、混乱するんだよね。

ここの溝の中には、何が混沌としている?

 

それもよくわかんないのですが、
今一度、このあたりの整理は放棄して、
問題点洗い出しということで、次に、いってみます。

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医師の診断2 (私個人の事情)

(今、頭の中をまとめている途中なので、大変失礼だとは思いますが、コメントがつけられないようになっています。ごめんなさいhttp://taketaketake.tea-nifty.com/cooking/2007/04/post_e0dd.html

 

前回、
「標準的治療法でいくと、我が子は死んじゃうヨ」みたいなことを書きましたが、
上のピカリンが6歳ころに、この子にとっての治療法が確立するまで、本当に悩みました。

自分が若干アレルギー体質であったので、おそらく我が子もそうであろうと、でも、「ひどい状態にしないようにして」「学校入学までには何とか」しよう、と、妊娠中から思っていました
本も読み漁り、いろんな意見の医師がいることがわかり、
「とりあえず、標準的な予防法・治療法を追求して、それでダメだったら、治療程度を上げよう」
と、
そう思っていました。

医師選びも
「良質で」「標準的な」「常識のある人」
と思って、周りの人の意見を聞いたり、訪ね歩いたり、
わからなくなると、また本を読み漁ったり、
やっぱり、相当努力したと思います。

今14歳のピカリンが生まれたころは、
「除去」は、まだまだ異端でした。
私としては、「必要ならば除去もいとわない」覚悟ではいましたが、
「必要かどうか」の基準が、
医師によってばらばらで、
当時の標準は、
ステロイドを、その強弱、塗布部分に細心の注意を払いながら様子を見、
それでもダメなくらい「ひどい」場合、初めて除去を考える。
でした。

いきなり「除去」と言うのは、
過激で常識知らずの、「異端医師」でした。(ま、今も若干そんな感じですが、昔よりは、除去が忌み嫌われていないよね)

ということで、
私も「除去」「除去」言わない医師、
常識的にコミュニケーションがとれる医師、を探していたわけです。

で、
治療する。
落ち着く。
このままいこう!と思う。
ところが、ある日を境に悪化する。
もう少し治療法を変えてみる(少しずつ除去を加える。漢方、整体、いろいろやる)。
落ち着く。
このままいこう!と思う。
ところがある日を境に悪化する。

と書けば簡単ですが、
もうその間は、落ち込んだり、外野の声に動揺したり、子どもの様子にキレたり、
そりゃあもう、暗かった。

ぜんっぜん、うちの子にぴったり合った治療状況を作れなかったんですよ。
6年間

6年間、どうしよう、どうしよう・・・ですよ、ずーーーーっと!

自分が自信をもって取り組もうと思っていた治療方針を否定される(子どもが悪化)ことの連続で、そのたびに落ち込む。自分は、ひとりよがりの、サイテー母だ!と思う。

私が否定していたあの医師が言うことが正しいの?

私が否定していたあの民間療法を取るべきだったの?

ぐちゃぐちゃの肌、夜間病院への駆け込みを繰り返す子どもと私。

楽しく明るい家庭を目指して、
そういう風に実践しているつもりでいたし、
そうであったに違いないんだけど、
舞台裏(私の心の中)では、悶々・どろどろの葛藤の連続。

うまくいっていないときは、誰とも話したくなくて、
話し掛けられると、ドキッとしてた・・・。

いろんな人を恨んで、本気で藁人形を作ろうと思ったり・・・。

 

確かに私も悪かったんだろう。

でもさ、

「この子にはこの治療法」ということを、きちんと納得させてくれる状況
が、
私に訪れなかったのも、本当なんだよね。
いろいろ努力していたにもかかわらず。

6年間、
「がんばっているね」とも言ってもらえたけれど、
自分では、ずっと責められているような気がしていた。
我が子にとってよい方法、を探すんだけど、
自分も未熟で、勇気がなくて、足を踏み出せないことも多かったし、
うまくいかないと、そういう自分の未熟な点が目に付いて、
「きっとみんなもそう思っているに違いない」
と思っちゃって、
もう泣きそう。(泣く)

「教えてよ!」「どうしたらいいか、誰か教えてよ!」
と、
いつもいつも思っていた。
でも、
「こうすればいいんだ」
と、ほっとする状況、って、ぜんぜん訪れなかったんだよね。
どうしても・・・・

 

そんな風に右往左往させられて、
「医学界を信じよ」
には、ならないですよ、やっぱり。
わかりやすく、整理されていないんだもの。
「こうなったら、こうせよ」
みたいな風になってない。

 

これは、
今もって、そうだと思う。

(つづくんで、とりあえず、切ります。すみません)

|

医師の診断 1

(今、頭の中をまとめている途中なので、大変失礼だとは思いますが、コメントがつけられないようになっています。ごめんなさい)

 

自分の頭をまとめるためのお題

混沌としているところはどこか 整理されているところはどこか

 

混沌→医師の診断 1

 

以前に、アレルギー対応給食を提供する保育園に通っていました。

除去を行うには「医師の診断」と「Igeの検査表」を見せろ、と言われていました。

有名なK医師の診断を受けていて、いろいろアレルギーがらみのトラブルも多かった我が家なので、Igeの検査も提出せずに、アレルギー対応食を出していただいていましたが、

腑に落ちなかった・・・。

だって、Igeが全てでないでしょ?アレルギー症状、って。
うちのチクリン。生後2ヶ月で、誰がどう見ても、肌に症状出まくりで、
除去していたから、
Igeなんて、ほとんど出ないけど、
じゃあ、安心?
といったら、ちょっとした刺激で、すぐ蕁麻疹や湿疹、耳切れしてたからね。

 

「医師の診断書」
が求められること、って多い。
このたび、文科省も、医師の診断に基づく「学校生活管理指導表」を作成し、運動制限など学校生活上の配慮に生かす取り組みを始める、そうですが、

 

医師の診断、って、医師によって、ばらばらじゃん?

 

だいたい、
うちは3年前に引っ越してきたから、
我が家の子どもの「本当の状況」を把握している医師、って地元にいない。

隣の県にいるK医師に書いてもらえばいいんだけど、
やつなんか、(いや、「なんか」は失礼!と言いつつ書いておく・・・)
検査や何かより
「現代の日本の子どもの食事はこうあるべき」が先にあるから、
「卵」「牛乳」なんて、摂る必要なし、
と決め付けている医者だよ?
そういう医師の診断書でいいのかね。

わからん!

わからんのだよ。
整理されていないんだよ、アレルギー学会は。

たしかに、「標準の治療法」は、あるよ。
でも、「標準」だけで判断されたら、
うちの子、へたすりゃ、死んじゃいますから!(今は大丈夫だろうけど、7年位前は)

「医師の」「標準の」診断書だけで、
「それに基づく対応」しかしてもらえなかったら、文字通り、「致命的」なんだよねえ。

 

どうなの?

このあたり。

ちっともアレルギー学会と、個々のアレルギー症状の噛み合わせがうまくいっているとは思えないのに、

「医師の診断」が前面に出て一人歩きすることの怖さがあるんだよなあ。

 

「お母さんが神経質すぎ」
という批判が、
「医師の診断」の提出によって、一定程度回避されるメリット、
学校という現場が、
アレルギーに対して、一律に一定程度の理解がされていくであろうというメリットは、
絶対ある。
認めます。

腑に落ちないところがあるのですよね・・・。

 

と、まず、

書きやすいところから書いておりますが、
悶々としてんだよ!ほんと、いろいろ!
まず、第一弾。

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もうひとつ、やっぱり整理しておくべきこと

このブログをつけて1年半。

アレルギーの母暦14年。

 

心の中を整理するつもりで、始めたブログです。
ほかの皆さんのページも読ませていただくうちに、
新しいことがわかったり、認識が変わったり、書くのでなくて、「読む」ことでも、
自分が整理されてきた気がします。

この頃更新が滞るのは、
時間的に忙しいのもあるのですが、
自分の内側が整理されることで、
気持ちが外側に向かっていっていて、
どんどんやりたいこと、やらなきゃならないことが増えていて、
そちらのほうにエネルギーを裂きたい、という気持ちが強くなってきた、ということがあります。

 

でも

 

もうひとつだけ、やっぱり、どこかで一度整理しておかなきゃいけないことがある。

いまだうまくまとめられないことなので、
いつまでも保留にしていたのだけれど、
まとめる努力を、ブログの中でやっていこうと思っています。
もう、ほかの「アレルギー関連機関」や、ほかの人によって、一定の回答が出されている事項であるかもしれないのですが、
自分の中の混沌を、自分なりに整理しておきたい気持ちがあるのです。

ただ、
その「努力」はとてもエネルギーの要るものなので、
皆さんのコメントに対応するだけのエネルギーは、私の中に無いかもしれない。

「まとめる作業」は、
「心の中の整理途中の事柄をさらけ出す作業」なので、
「途中」のことに意見や質問をされても、上手に答えていく自信がなくて、すごく悩んじゃいそうなんですよね。

それで、大変申し訳ないのですが、
コメント欄無しの記事をアップしていきます。

反則技かもしれないのですが、
ある程度、まとまったら、また、皆さんと会話できたらな、と思っています。

 

ひとつの挑戦で、どこまで自分の頭と心に正直に書けるかわからないのですが、
がんばって書いてみます。

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新学期進行中報告

今年は、アレルギー対応についてのコミュニケーションをしっかりとる!

が、目標のタケ氏です。

 

今のところの途中報告。

 

小4チクリンのクラスも担任も変わらなかったけど、去年産休代替で途中から担任になった先生なので、もう一度連絡帳で、ご挨拶。
去年から今年にかけて、校長・教頭・教務主任・養護教員のすべてが変わったのに、これらの方たちと、まだ一度もアレルギーについて話したことがありません。
その点の不安も書き添えて、いつか話せる機会を作っていくつもり。

チクリンのスポ少(サッカー)総会に出席。
終了総会では、前年度お世話になった保護者会会長さんにお礼。
新年度始まり総会の懇親会では、監督と、新保護者会会長さんに、きちんとお酒をついで挨拶。一人一人のときの自己紹介のときにも挨拶。・・・・本当は、アレルギー以外の自己紹介もしたいんだけど、長くなってしまうので、アレルギーのことしか言えなくなってしまうのが不満。うちの子は、「それだけ」の子ではなくて、いろいろな性格も持っているのよー!と言いたいけど、なかなか、限られた時間では難しい。

チクリンクラスの保護者会。
まだ2週間先。
はずせない仕事があるので、参加できるか微妙。
昨日、職場に打診したけど、厳しそうかな・・・。
チクリン、時々、お弁当のことを「ずるい」と言われているようなので、
親からの理解がほしいところなのだけれど、ここははしょるしかないのかなあ・・・。

中2ピカリン。
担任もクラスも変わる。
担任の先生には初日に手紙。
「書くと長くなるので、会ってお話させてください」と申し込み、来週の火曜日に学校に行く予定。
今年度は、沖縄修学旅行もあるし、調理実習も始まるし。
何より、先生自身にアレルギーのことを知ってほしいので、自分の頭の中もちゃんと整理して話さなきゃなあ。

ピカリンは、今年も自分でアレルギーを自己紹介。
「どうやってやんの?」 
と家で私が聞くと、ふざけて体をくねくねさせながらブリッコ声で
「ピカリンでぇっす。アレルギーなのでぇ~、今日もお弁当なんですケド、よろしくお願いしまーしゅっ!」と言ってました。
頭の固いタケ氏は爆笑。
実際のところ、弁当初日は、誰も何も聞いてこないので、かえって不安だったが、
二日目は、弁当を覗いてなにやら言っていく子がいて、ほっとしたとか。
「何か言われるといやだ」より、「何か思っているのに何も言わないで無視されている」状態の方がいやだ、という風にピカリン自身も思ってきた様子でした。

部活。
今年のバスケ部は県大会優勝を狙えるチームなので、顧問の先生が、合宿形態の遠征試合をどんどん組んでいます。
落ちこぼれバスケ部員、絶対試合に出ないピカリンをそれに参加させるべきかどうか、考えると頭が痛いので、もう、全部、一泊で、5食くらいの弁当を持って参加するつもりのタケ氏。
ところが、先生のほうが、「・・・・無理しなくていいぞ。弟も家にいて、家族も大変なんだろ?」と言ってきたとかで(昨日)、確かにそうなんだよねー、でも、じゃあ、どれとどれの合宿に参加すれば、いいのかにゃ?先生っ!
ということで、今日長いお手紙を書いて、先生へ提出。
一つ一つ、互いの理解を深めるしかないからね。
いっぺんに、「最良の対応をしろ」という方が無理。
こちらも、理解してもらう努力をしなくては・・・。

 

あと、何があるんだろ?

ピカリンの中2学年主任の先生とも、この間偶然会ったので話ができて、よかった。

小学校の養護の先生には、やっぱり挨拶したほうがいいな。

あと、給食担当の方にもお手数おかけするので挨拶。

チクリンの学級懇談会に出られなかったら、保護者のみんなにお手紙書こうかなあ・・・。そういうやり方もある、と昔から思っていたけど、大げさな感じがして、やったことがない、けど・・・。

子ども会は、旦那が役員会議に出席するようにしたから(策略?)、連絡の点では不安はないな。

 

7月に、我が市にやってくるワシントンの高校生のホームステイを打診された。
「我が家の生活自体が、かなり変わっているので、できたら、ほかのご家庭のほうが高校生にとっていいと思う。けど、もし食事の困難を抱えている子がいたら、我が家が積極的に対応させていただきます」とお返事。
去年、すごく偏食の子がいて、出されたものが何も食べられず、1週間、ペプシとポテトチップスですごしたそうで、別方向の「食事」にちょっとびっくり!
こちらもどうなることでしょう。

 

タケ家の新学期対策は、目下進行中であります。

種まき!

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