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2007年12月

クリスマス

いい加減タケ亭。

まずは写真を徐々にアップ。

さらに説明を徐々に載せるよ・て・い・・・・

(この記事は12/26~少しずつ書いています)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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  今年のクリスマスは、
 去年好評だったアイスバインのポトフと、
 ケチャップライス。(チキンライス風)
 

 それから、体に悪そうな!チョコレートケーキです。
 除去→小麦・乳・卵・大豆。ナッツ。など
 悪そうなもの→チョコレート(もちろん乳なし)・マシュマロ(ゼラチン)

 チョコレートは、「うちの子はアレルギーかもしれない」と思った頃から、ずーっと摂らないでいた食品です。

当時、片っ端から立ち読みしたアレルギーの本を総合すると、「チョコレートは良くない」というのが多数の医者の一致した意見だったので、「除去をするにしろしないにしろ、チョコレートは食べない事にしよう」と決めたのでした。

でも、一方、
高校時代に友達が食べさせてくれた、チョコレートが生地にもねっとり入っている手作りチョコレートケーキのおいしさが忘れられず、いつまでも「食べたいナァ・・・」と思っていました。

ちょこちょこと、純ココアなどを生地にちょっぴり混ぜたりしていましたが、
今回は、大目!に、「ごはんでケーキ」に混ぜて、ホットプレートで、ケーキ形の枠を使ってまずは、2枚焼きました。

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 間にはさんだのはコーヒーマシュマロ。

 マッシーーパイ・・・今はエンゼルパイね!風にするつもりです。 

 

 

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 もともと「ごはんでケーキ」はレンジで作るものなので、
 はさんだものを、軽くレンジでチンして、マシュマロを溶かしました。

 溶けたところが、金色に筋を作っていて、子どもはそれだけでうっとり。

 

 

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  さて、ここが! 本日のケーキの核心です!

秋の妹の結婚式の際、長野の友達のところに寄ったときに頂いた、杏のシロップ煮(手作り)。大事に大事に少しずつ食べていましたが、そろそろ一気に食べてしまった方がいい雰囲気が出てきましたので、思い切って煮詰めました。

種と一緒に煮て、とろみを出し、冷めたときは、水あめのようにねっとりするようにしてみました。これをケーキの上部に塗り、(これで、ワンホール1000円いかないケーキが、一気に5000円以上に跳ね上がった感じがする!)

Dscf0780_2 さらに、湯煎したチョコレートをたっぷり・・・とはいかず、ほんのすこーし薄く塗りまして・・・(この写真、大好きなので、小さく掲載。ちなみにピカリンの格好=パーティー用と称して、5年前の9歳のときに買ったスカートを出してきてたキテレツさん)

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 溶けないココアパウダーをふって出来上がり。(にしてしまいました)

 

 

 

Dscf0792_2  待ちきれずに、まだマシュマロが冷め切ってないときに切ったので、とろけだしています。

上部のチョコレートのところが光っているのは、杏のシロップ煮のジャムです。

うまそー!

 

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 これは翌日の様子。

マシュマロが固まってます。

うまー!

 

 

 

今回の「唸った一言」

チクリン君いわく

「やっぱり、アレルギー食はベテランが作るに限るね~!」

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お休みのお知らせ(お詫び)

コメント欄も放ったままでごめんなさい。

昨日の日曜日には何とか時間が取れるかと思ったのですが、
ピカリンの友人とのクリスマス会の代替品、買出し・製作(料理は私、ケーキはピカリン)と、学習塾の冬の準備で、まるっきり自由時間がありませんでした。

本日から、
魔の
1日10時間以上労働が始まります。
我ながら、無謀だと思うので、どうにかしたいのですが、どうにかなるかわかりません。

それで
1月中旬くらいまで、ブログ更新をお休みします

12月31日まで働いて、
1月1日は、初めて、「私の作ったお節で、隣の爺ちゃんたちと過ごす」という企画があり(ついにアレルギーお節に箸をつけてくれる日が来た!)、そのまま親戚も来て、
仕事始めは1月3日。

さらに、1月4日から、ピカリンの部活の合宿です。
今回は、1泊目を、ピカリンが一人で食事の対応をします(私は2泊目から参上)。

今日はクリスマスイブだし、
話題がてんこ盛り。
行事以外の話題も私の奥の方にたくさんくすぶっているのですが、

目の前の事に忙殺されて、(忙しいという字は心を亡くすと書く!)
心身ともに余裕がありません!

失礼を大変お許しください。
じゃなくて、
大変な失礼をお許しください。(←すでに壊れ気味)

 

こむぎこさんが教えてくれたhttp://acoblog.mono-organ.org/?eid=706230
爆弾おにぎりを毎日作って、
日々を乗り越えるつもりです。
あれは、昼の時間が自由になっていいですね!
気をつけて、中に入れるものを前の食事で「残して」おけばいいのだし。
チョーぐっど!

 

と、書くと長い!
もう、朝の仕事に取り掛からなくては!

こんな事を書きつつ、
うっかり更新したり、他のブログに神出鬼没するかもしれないのですが、
どうか、やさしくしてください・・・。

みなさん
メリークリスマス!

良いお歳を!

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遠慮のココロ

大阪府知事選挙で、タレント弁護士橋本さんが立候補しましたよね。

「子どもが笑顔な大阪を!」 ←うん。いいんじゃない。

「具体的には、中学校給食を実現したい! 

お弁当を作るお母さん方の負担は大変なものがあります!

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

いろんな思いが去来しましたが、

一番は

「弁当を作るのが大変、ってことは、公約になるくらいの大きなものだったのか!」

ってこと。

いや、嫌味ではなく、なんか、ショーゲキ、っていうか

じゃあ、毎朝弁当を2種類とか3種類とか作る私は、絶対的に救済してもらっていいんじゃないのだろうか!! 行政に!
なんて、逆の発想をしたのです。

 

 

 

また今年も時期を逃してしまった・・・。

「2種類の弁当を作るのは大変なので、
うちの子の中学校と小学校のメニューを同じにしてもらえないでしょうか?

と、行政にお願いすることを。もう、この時期では遅いんだよね・・・。

 

周りのお母さんたちにも言われる。

「弁当を作るの大変じゃない! 同じにしてもらうよう言いなよ!」
「(この小学校と中学校は隣り合っているので兄弟で通っている家庭は多く) 給食のメニュー見ながら夕食を考える家にとってだって、同じメニューのほうが、絶対助かる、って!みんなのためにもなるよ!」
「私がタケさんだったら、言うけどなー」

ありがとう! みんな。 応援してくれて。

でも、わたし、って、世のため人のためなら頑張れるけれど、「自分が大変だから、助けて」って、どーーーしても、言えないタイプ
相手が個人なら、言えるけど、そんな自分のために・・・そうだな、5人以上の人がちょっとでも負担になる、っていう事態があったら、もう、絶対的に言えない。

弁当の件だって、
2種類作って、大変なのは、あんたの勝手でしょ。
楽になるように簡単な1種類にして、子どもには多少我慢してもらえばいいじゃない。
そういう星のもとに生まれた子どもなんだから、自覚させて鍛えていかなきゃダメでしょ。

なーんて、言われた事はないけど、
言われたら、
もう、反論できない。

そんなに大げさに構えないで、
「変更するのは難しい事ですか?」って、ちょっと打診するくらいならやればいいじゃない、と自分を説得していたときもあるんだけど、
そういう話を持ち込まれたことで、誰かが頭を悩ましたり、組織が苦労する、ってことがあるんじゃないかと思うだけで、なんだか動けなくなっちゃうんだよなあ。

 

 

人に負担をかけるのが苦手。

それは誰でもそうなのかもしれないけれど、

自分のために要求する、ってなんだかできない・・・・弱い。

子どものためじゃん!

と思って、やればいいのに、それを他者への「お願い」にできず、
自分さえ頑張れば、って、思ってやっちゃうんだよね。

 

 

 

でもさ、言わないでいると、
「そういう困った人はいないんだ」
「事情を抱えた人はいるだろうけど、特に困ってないんだ」

ととらえて、
どんどん、私にとってつらい方向に舵取りをされていっちゃう、ってこともあるわけだ。

 

 

昔は、自分も子どもも「大変」だったから、いろんな人に「ご迷惑かけますがヨロシク!」ってやってたんだけど、だんだん慣れていろんなことをこなせるようになってきたら、あまりそういうお願いをする事が減ってきた。

そうすると、
どんどん、負担が増えるんだよね。
「タケさんのところ、別に大した事ないでしょ。配慮する必要もないわよね。チクリン君もピカリンちゃんも元気だし」

ってことで、「え?!」と思うようなことを平気でされちゃう。ってことがこの頃増えてきた。

 

やっぱり、面倒でも、言っていかないと、
「頑張って何とか保っている」こと自体、忘れられちゃう
んだよなぁ。

これは、アレルギーでなくても、
いわゆる「弱者」といういろんな立場にいる人に共通な「真実」だと思う。

遠慮しないで、言わないと、ただ苦しくなる一方、ってこと。

 

そんな風に思った。

 

でも、「苦手」だ・・・。

 

 

一般論を展開してきたけど、
最近あった具体的なこと、っていうと、ピカリンの調理実習かなぁ。
調理実習があるかないか、直前日に教えられることが多くて、そのメニューが何か打ち合わせたくても先生がいないとか、本当に困るんだよね。
始めは、代替調味料を細かく検討して・・・という話もちゃんとあったんだけど、
この頃は、もうそんな前ぶりの話はなくて、いつも突然やる

で、
きのう夜、ピカリンが「明日、いきなり家庭科2時間、って書いてあるんだよ! だから調理実習なのかもと思って、職員室にいったんだけど、先生がいなくてさー。 あるとしたら、多分魚のムニエルなんだけど、どうしようか・・・・?」

こいつは、先生の話を聞いていない事が多いので、語る話は全面的には信じないようにしているのだが、なんだか、むぅっ!っとしてきた。
本当に、いろいろ苦労している、ってこと、わかってくれてないのかな?!
何でもこなしちゃっている私が悪いのかね!
もしくは、ピカリンだけ食べられなくても「仕方ないでしょ、そういう体質なんだから」って、流せちゃう人なんかね。

魚。食べられる魚の買い置きはないから、冷凍庫にあるイトヨリ鯛のすり身で代替するか・・・。

続けるピカリン
「だから、仕方ないから、かわりに、私はパンを魚の形にくりぬいたヤツを持っていくよ!!」

 

・・・・どーしても、パンかおまえはっ!!

というわけで。

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はい。

 

 

 

家庭科の先生にどうしても言いたいけど、今日で調理実習は終わりだ。

毎回、2種類弁当のほかに、調理実習代替品も持たせなきゃなんなくて、苦労したっ!

遠慮のココロ、じゃなくて、
単に面倒くさがり屋なのかなあ、私・・・。

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のだめ弁当

 

「のだめカンタービレ」

 

有名な漫画なので、お読みになっている方も多い事でしょう。
もちろん、我が家も既刊全巻そろっています。

 

さて、最新刊にて、フランスに暮らすのだめが、朝ご飯を食べている最中に、
すぐに出かけることになり、
紙の包みの中に、食べかけの朝食である、ごはん・納豆・オムレツ(?)を、ポンポンポーンと入れて、クルクルと包んで、弁当にしちゃうところがあります。

 

 

・・・・っ!!

こっ・・・・・これだっ・・・・っーっ!!!!

 

 

私は思いましたね。

私の子どもであり、アレルギー体質ばりばりのピカリン14歳、チクリン10歳を、社会に送り出すにあたり、(まだだけど)
一番懸念しているのは、
「気軽に出かけられるか?」「どうやったら、気軽に出かけられるか?」

ということ。

フツーに暮らしていると、
「いっしょにでかけよ?」と、気軽なお誘いを良く受けます。
誘っている人の頭の中には、「もし、お昼時間になっちゃっても、そこら辺で買うか、外食すればいいや」のココロがあることが多い。

しかし、アレルギーっ子には、これはありえません!

そこで、遠慮して断ったり、「前の日に言ってくれれば、弁当の準備しておいたのにー!」なんてね、思うわけです。

 

ピカ、チクが、たとえば大学生などになり、
一人暮らしをする事になり、
アレルギー的生活は、多分やっていけるだろうと思えるところまできましたが、
「お友達との誘いに気軽に乗れる」
これを、なんとして叶えようかーッ?!
朝、軽く電話で誘われても、
弁当作るの、ってそりゃあ、労力です。
ここのところを、うまくクリアする方法、ってないかな?

本人が考えてくれりゃあそれでいいんですが、
うまく考えられずに、
人生後ろ向きになったりしても、つまんない。
完璧とは言えないまでも、
ある程度のヒントになるような方策を、
母として考えたい・・・!

と、

私は常々思っていました。

 

 

のだめのシーンを見たとき、

方向性はこれだっ!

と思いました。

そこら辺にあるものを、ぶっこむ
飾り付け無し、
すぐ出来て、すぐ持てて、捨てようと思えば捨てられる。

これが、当該問題を解決するコンセプトだ!

 

 

新たなアレルギー的課題を持つことが出来て、
私は色めき立ちました(←ビョーキ)

ま、ね

日本の人が思い描く「素敵な弁当」は、ちょっとムリ。
彩りよくて、おしゃれで、素敵で。みたいなの。

でも、世の中はグローバル化です!
インターナショナルな視点で考えれば、
コチョコチャとした「素敵な弁当」でなくても、
おいしくって、手軽で、そこそこ栄養も取れて、おなかも満たすもの
見てくれ関係なし。

ピカリンは、留学させようと思っているし(←まじ?)、日本的視点では許されなくても、世界的視点では許される、というキャパの弁当!

こんならどーだ?

 

うほほ!

と思ったものの、「ジャーにあるごはんをぶっこむとして、包みはどうするか? おかずは・・・朝、食べているもので、うまく包めるものあるか・・・?」
など、
妄想の範囲を抜けきれず、このプロジェクトは、ただのタケ氏の「のだめの感想」で終わるかと思われました。

が!

ある朝、
バスケの大会の集合時間に間に合わなさそう、でも、朝ご飯の残りを食べきってしまいたいピカリンが叫びました。

「しかたない! こうなったら、のだめ弁当だっ!」

彼女は、ラップを取り出し、その中にごはんを
ポーン!
ケチャップの野菜炒めの残りを
ポーン!
とつっこみ、
クルクルと巻き、
「これ、車の中で食べるから、もう行こう!」
と、叫びました。

 

「のだめ弁当」・・・!
君もそのテーマを考えていたか!同志、ピカリン!

その日の夜、ピカリンの感想

のだめ弁当のおかずは、柔らかいものの方が食べやすいね」
「だから、野菜炒めは良かったけど、お父さんが作った厚切りハムとご飯のヤツは食べにくかったよ」

そ・・・そうですか! 大明神!!

 

アレっ子本人のこの機を同じくしたコンセプトに、
私の中で何かが決壊。

 

今日の、ピカリン(試合の応援。選手じゃないので)の弁当は、のだめ弁当コンセプトでまとめよう。

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つなまよホットケーキhttp://www.geocities.jp/tsunemayu3298/39cake.htm

を小さく焼いて、茹でたウインナーや、切ったハム、ジャム、ジャガイモサラダ(←このあたりは抜けきれなかった)

 

「パンケーキはそのまま持っていく! おかずは別にして!」
という 同志ピカリンの懇願は無視。
「今日は、食べたら捨てられるがコンセプトなの! 弁当箱、自分で洗わないでしょ!」
と反撃して黙らせる。

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インターナショナルなので、
なぜか、英字新聞にくるむ。

 

まだまだ、凝ってるね!

 

しかし、「のだめ弁当」コンセプトの追求は続けたい。

パンケーキは冷凍しておけば、いつでも食べられるからグッドかもしんない!などと思いつつ、ゆっくり追求して、気軽にお出かけできる青春期のアレっ子、を実現していきたい所存です。

・・・・・・・・・・・・・・・

「こんな弁当じゃ、ピカリン、お友達の前で恥ずかしいんじゃ・・・」
とご心配の皆様へ。
当地は、なぜか、皆さん弁当にあまり凝っていらっしゃらないで、
「おにぎりのみ」みたいな弁当も多いでございますので、
この程度のお弁当でも大丈夫です!
新聞にくるまれているのが、多少「変人」チックですが、
そのあたりは、ピカリンのキャラがそうなので、大丈夫です。
本人は、かなーり喜んでいましたので、大丈夫です。

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人との出会いが、人生の内容だ

 

 

「人との出会いが、人生の内容だ」

 

 

 

昨日、御歳90歳になられる弁護士の先生(現役)とお話する機会がありました。

この歳ですから、戦争にも兵隊として行っているし、徴兵の前に少し社会で働いてもいます。法律は、戦後機会があって学んだそうです。

弁護士としても現役だし、毎冬スキーもバリバリにこなします。毎夏バリバリにこなしていた海水浴(ほぼ毎日泳ぐ)は、3年程前にやめたそうですが。

特におしゃれもしていないし、見た感じは、あまりにもフツーのおじいさんです。

そのおじいさん先生が、私が興味本位で彼の人生について聴いたりしていたときに最後に言った言葉。

「こうして考えてみるとね。

人との出会いが、人生の内容だね」

 

どーん・・・
ときました。

 

波乱万丈に見える人生の節々には人との出会いがある。
自分の行動を決定付けた動機には、必ず人との出会いがある。
自分に照らしてみても、そうだ。

人と出会って、自分の人生は、うねり、くねり、形作られている。

 

それならば、逆に
出会いたい人が多く待っている道に近づいたほうがいい。
選ぼうと思えば選べるのに、
「しかたない」とつぶやきながら、
選ぼうと思えば選べるのにもかかわらず、
不本意な道を歩いて、
そこでは、どんな人が待っているだろう。

人との出会いは偶然でもある。
でも、
偶然によって人生が作られると同時に
自分の人生作りに能動的であれば、
そこでは、出会いたい人に多く出会える、もっとワクワクする偶然が生まれる。

 

 

あーでも
こーでも、

と、

感動したのでこねくり回して考えたけど、
私の考えなんて、どうやっても陳腐だ。

この先生がおっしゃった
「人との出会いが、人生の内容だ」
という言葉は、
あまりにも深くて、
違う言葉に置き換えたり、解釈を述べたりするのが難しいけど、
「人と出会う」
ということと
「人生の内容」
ということを
なんだか、
能動的に考えて、
能動的に行動したい。

そんな風に思いました。

 

アレルギーと関係ないような言葉です。
でも
精神的な闘いが多い「アレルギー」に、
必要な言葉かな。
とくに
こうしてネットで
皆さんと出会っていることに対し、
たしかに
ネットの交流というのは、リアルなものに比べれば「薄い」かもしれないけれど、
でも
たしかに
「人生の内容」になりうるものも含んでいるんだよね。
って、
なんか伝えたくて、書いてみました。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

感謝の意味をこめて、eriさんに捧げます

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薬の管理

先日、洗面所にあったカレンダーをはがしました。

 

このカレンダーはピカリンが毎日飲む錠剤の管理のために貼ってありました。
錠剤を、もう飲まなくて良くなったので、はがしたのです。

 

これは、飲み忘れを防ぐために編み出した方法です。
よく、曜日のついた「薬入れ」の箱が売られていますが、たとえば調子が悪くなったとき、薬の飲み忘れは無かったか、あったとすればそれはいつか? そんな事も把握したかったので、使った方法です。

全ての日付に、その日に飲む錠剤を貼り付けておいて、それをはがして飲むのです。
1か月分を貼り付けるのは、ちょっと面倒ですが、こうしておくと、飲み忘れた日の錠剤はそのまま残るので、飲み忘れの日が一目でわかるし、「ちゃんと飲もう」という気にもなり、よかったです。

 

病気がわかり、錠剤を飲む事になり、その管理を子ども自身が行うようになったときに、この方法をとりました。

でも、四六時中チェックされているみたいで、子どもはいやかな、と思って、途中、この方法は止めていたのですが、ピカリンが自分で「あのやり方がいい。あれだと忘れない」と言って、復活しました。

飲まなかった事について、あまりやいのやいの言わなかったのが、かえって良かったのかもしれません。

 

 

子どもが小さい頃は、錠剤なんてなくて、
粉末ですよね。

一時期、ピカリンもチクリンも毎日飲んでいて、それもピカリン5種類チクリン3種類なんていう時期もあったりして、毎日の管理が結構大変でした。

当時かかりつけだった薬剤士さんは、4人の子持ちの同世代のお母さんで、その苦労をわかってくださる人で、必ず薬に一手間かけてくださってました。

毎日の薬の袋全てに、薬に種類別に蛍光ペンでダー!と線をひき、
さらに、一袋一袋全てに「チクリン」「ピカリン」と名前を書いてくれた
のです。

私は家に帰って、その袋をミシン目で切り離し、ペットボトルを縦に切った入れ物に立てて入れます。すると薬の袋の側面に種類別に色がついていますから、上から見て、それが何の薬か一目でわかります。Photo

飲む段になって、薬を机の上にきちんと並べて出してみるものの、
なんだかんだで、わー!とかぎゃー!とかやっているうちに、8袋の薬の袋が乱れても、
色もついているし、名前も書いてあるから、わからなくなりません。

 

時々、薬剤士さんが「ごめん、時間が無くて、名前をかけなかった」と言った時でも、なるべく頑張って家で自分で書いて、管理していました。

保育園に預けたときも、何かの拍子に破いた薬の袋の中身をぶちまけても、何の薬をぶちまけたのか、色でわかって、良かったです。 

 

 

くすり、って、種類によって粒の形状や味が違いますよね。
飲むときは、全ての薬を一袋に混ぜて飲んでいたのですが、
ピカリンもチクリンも、何の薬の上に何を重ねて混ぜるのかにこだわりがあり、
確か、一番上はホクナリン、と、決まっていたようです。(甘いらしい)
ピンクのセフゾンがあるときは、真中に入れて彩りを良くするとか、なんだか楽しんでました。

 

以上、思い出話でした。

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