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2008年1月

三番目の校長先生(上)

中学校の校長先生とはまだお話したことはありませんが、

小学校の校長先生とは、3人お話したことがあります。

一番目は、引っ越してくる前の宮城の小学校の校長先生。

二番目は、こっちに来てからの校長先生。

三番目は、二番目の校長先生が定年退職で、おととしから校長になった今の先生。

ということで、子どもが在学している小学校の校長先生全員と話したことがあるわけです。

 

 

先日、三番目の校長先生と、チクリンの小学校廊下タイル補修の件で初めてきちんとお話しました(それまでも軽い会話はあったのですが)。

「良い先生だ」という噂は聞いていたし、面倒な仕事(雑用)を率先して行ったり、毎朝生徒より早く登校して、校門で生徒に声をかけたり、「偉い先生だな~」と思ってはいたのですが、本当をいうと、アレルギーがらみではあまり期待していませんでした。

 

今まで、校長先生には、裏切られたとまではいかないけれど、アレルギー・化学物質過敏がらみでは、共感し合えたことがなかったからです。

 

一番目の校長先生は、「新しい事をどんどん実践する」「提案を柔軟に受け入れる」という評判が、まぁあった先生でした。

私が、「新入生健診(年長さん対象の)のあとに、アレルギーについての有志懇談会を持たないか?」という提案を、養護の先生にした時がありました。

その小学校は自校式で、アレルギー対応給食を出していました。わがやほどのアレルギーの子にはちょっと対応できなかったけれど、卵や、牛乳、海老、など、特定のものに反応する子には、きちんと対応食を出していました。

でも、保護者の心配はつきません。
具体的にどのように対応するのか、
みんなと違った給食で大丈夫か
いじめはないか。
いろんなことを考えます。
また、
本当は弁当を持参しようかと思っているけれど、困難が予想され、症状が出ても給食を食べさせた方がいいのかと思っている、とか、選択の境界線上にいる人もいるわけで、
小学校入学にあたり、どんな対応を子どもにしてやるのがベストなのか、
一人で孤独に悶々と悩んでいるわけです。

入学したあとの子も、アレルギーの子を持つ親同士で情報交換をしたことはありません。
だから、どれくらい対応してもらっている子がいるのかなども、知らないのです。

これを機会に、
小学校が取り組んでいる事、
対応の方法、
それから、除去してもらっている家庭、弁当を持参している家庭、
それぞれが経験談を出し合って、新入生の保護者のうち、希望者に聞いてもらう。
がんばっている学校の姿勢も良くわかるし、
親の不安も軽減できるし、
在校生のアレっ子の親も、気持ちを強くもてるのではないか?
と思って提案したのです。

養護の先生は諸手を上げて大賛成。

「すぐ校長先生に直談判に行こう!」と促してくれました。

 

ところが(この話は前に書いたのだけれど)
答えは NO
校長先生と、全く話がかみ合わない。
あとになって、それは校長先生が「孤独に不安を抱えている保護者」の思いを想像できないからだ!(多分、自分で自分の家の子の健康に気を配ったり、ご飯を作ったりしたことがないんだと思う)と気がついたのだけれど、
とにかく、とんちんかんなやりとりの連続。

「食文化はどうあるべきか、学校も今、いろいろ考えているんですよ。だから、その企画はちょっと待ってください」という????の話で押し切られ、ポカーンとしたまま、話は終わり。

養護の先生が、「絶対賛成してくれると思ったんだけど・・・」と、申し訳なさそうにがっくりしていました。

今の私なら、もう少し、校長先生を説得できると思うけど、その当時(今から6年位前?)の私は、まだまだアレルギーの子の置かれている状況を、本当に客観的は判っていなかったんだと思います。だから、うまく説明できなかったし、より建設的な方向で、話を進める事ができなかったんだと思う。

直球勝負で、敬遠されちゃった、って感じです。

今でも、この「企画」はいい!と思うし、なんか、何でかなー、と思うけど、
親が勝手に動くというのが気に入らないのかしらん、
という感想だけ持って、この話は立ち消えたのでした。

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育った草木は・・・

私はよく
「種まき」
などと言っています。

今すぐは芽が出なくても、

アレルギーを理解してもらうための
種をまいておけば(話をすれば)
そのうちのいくつかは芽を出すし,
その中のいくつかが、育つだろう。

種をまかない限り、芽は決して出ない。
(理解してもらえない)

 

 

なんちゅーてね、
アレルギー体質への理解を求める説明は、本当にしんどい(時に、めんどくさい)のですが、
そんなことを考えては、自分を励ましているのです。

 

 

 

中2の娘のピカリンさんが、沖縄へ修学旅行というので、
これまた、コツコツ種まき。

今回の旅行は旅行会社さんが間に入る、ということで、
昨年、担任と旅行会社さんと膝を交えて話し合い。
明るく爽やかな旅行会社クンは、どこまでわかってくれているのか、いまいち不明。
「じゃ、タケさんのご要望を、宿泊先に打診してみます」

うん。ありがとござます。

でも、結構難しいんだよ、交渉。

相手のアレルギーへの理解度や、忙しさや、宿泊先のシステムや、その他いろいろ、考慮しないと、齟齬が出るんだよネ・・・・。(今までこのブログに書いてきたとおり)

と、不安度120%。
「旅行会社を通して交渉してください」ということなので、
これはうまくいかないんじゃないかなー、と
私は、半分あきらめて、宿泊先が何もしなくても旅行を行えるような作戦なども考えていました。 

「まぁ、それでもね。若い旅行会社クンに、アレルギーのことを少しだけでも理解してもらえたらそれだけでもいいかな・・・!」と、種まき発想。

 

 

ところで、

しばらく前、テレビで、沖縄の久米島で、アレルギーの人を受け入れる旅行先として取り組む特集がありましたよね。あちこちのブログでも紹介されていました。

私は見なかったのですが、皆さんのブログのおかげで、情報だけは持っていました。

 

 

それからしばらくして、旅行会社クンから連絡が・・・。

「私、先日、沖縄の久米島の特集を、偶然見たんですよ! タケさんはご覧になられましたか? いや~、びっくりしました! あそこまでいろいろ気をつけることがあるんですねー。 それで、私ももう少しきちんと判っていないといけないかと思いまして、もう一度、直接お話する機会をもてないかと思いまして・・・」

 

を?

をを~?!

なんと、カンシンな青年ではないか!

えらいぞ、J○B! よくぞ、彼を採用した!

 

というわけで、担任をすっ飛ばして、直接旅行会社とお話。
今までの宿泊先との交渉内容を、うんうん唸りながら、一生懸命説明する旅行会社クン。

「Aホテルは、こういう対応なんですが、Bホテルは、うーんと・・・。」

そうして、これから先、どういう風に話を進めようか、ひどく困っている様子・・・。

何とか対応しよう!という熱意だけははっきり伝わってきました。

 

話しつづける彼をさえぎって

「うん。あのね。えー、子どもの健康に関する事でもあるし、やっぱり、宿泊先もね、親と話したほうが、確実で安心だ、と思うところがあると思うんですよ。
微妙な話になると難しいしね。
ほら、事務方と厨房との間でも違いがあったりするでしょう?
だからね、あとは、私が宿泊先と、直接交渉してもいいですか?

何かあったとき、宿泊先も、学校も、それから旅行会社も、責任の問題、って難しいでしょう? 親がね、責任をもって話した方が、みんな安心だと思うんですヨ」

 

ほっとした表情を見せた旅行会社クン。
「や。そうしてもらえると・・・。でも、私が、勉強不足で・・・、力不足で、本当に申し訳ございませんッ!」

いやいやいや、チミ、こりは、難しい問題なのだよ。
聖母マリアのタケ。

心の中では、「うしゃー!交渉権ゲーーーット!」

「すみません。力が足りなくて・・・」
を繰り返す、旅行会社クン。そして
「もしっ。宿泊先がごちゃごちゃ言ってきて、にっちもさっちも行かないようなことがあったら、私に言ってください! 私が何とかします!」
見た感じのままに、まっすぐな青年であった。

 

 

彼と話をした帰り道、思った。

彼は、テレビ番組を偶然見たと言ったけれど、今回、うちのピカリンの事があったからこそ「アレルギー」という言葉に反応したのだし。あの番組だって、多くの親御さんのアレルギーに対する様々な願いを番組関係者が知っているからこそ、実現したのだし、久米島の方だって、きっと誰かが撒いた小さい種(もしかしたらご本人)を育てて、育てて、あそこまでの実践になったんだろうなあ。
と。

多分、小さい種まきから始まって、
育って、
沖縄から、この除雪車の走る山形まで、人の心を動かして、
そして、ピカリンの旅行に影響してきているんだよなあ、って。

 

「種まき」
と言うとき、それは、自分の身近な人に対してだけ言っていて、
その人が、いつか、ピカリン・チクリンを理解してくれれば、
もしくは、その人のそばにいる人を理解する一助になれば・・・と、
狭い範囲で考えていたのだけれど、
育った草木は、さらに種をとばすし、養分も振りまくし、それが風に乗って、どこまでも飛んでいくんだな!!

なーんて、
嬉しい気持ちになった!!

 

 

しかし、その後、宿泊先のホテルと連絡をとるときに、
いったい、彼が何をどのように伝えているのか、一抹の不安があり、
切り出し方を熟考するのに1日かかってしまったのであった・・・。

(あとは、物理的な準備を残すばかりとなりました・・・!)

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最近の動き(画像編)

Dscf0830 最近新たに導入されたもの

写真左→エピペンセット(1万円ちょっと)

 

最近久しぶりに導入されたもの

写真右→皮膚の消毒・軟膏セット(イソジンを麺棒で塗り、超酸性水を脱脂綿に含ませてふき取る) 顔と体と別の軟膏 

 

 

皆さん、コメントありがとうございます!

おかげで頑張れます(ました)!

一番大変な=どうしたらよいか良くわからないけど答えを出さなきゃいけない状態、からは脱することができたようです。

気持ちが落ち着いたら(また今日も人前で泣いちゃったよー! もーやだ!! いい加減にしたいわ。歳なんだし。はっ。歳だからか!!)、徐々にアップしますので、どうかまたよろしくおねがいします。

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遅れています(奮闘中)

コメントのお返事遅れていて、大変申し訳ありません。

ただいま、ピカリンの症状対策、修学旅行対策、

チクリンの校内改修工事について、様々対策中で、いっぱいなので、

時間と心に余裕がなくて、かけません。

少なくとも明日までは何もかけません。

今日と明日の動きによってはその先もわからないのですが、

忙しくなりすぎないように、という方向でも、鋭意努力したいと思っています。

大変失礼をしています事、どうかお許しください。

タケ氏

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久しぶりのアレ疲れ・・・

すみません。

今日は愚痴です・・・。

 

少し愚痴ってすっきり頑張るか!ってことで・・・

 

アレ疲れ、ってなんじゃい!
ってことですが、アレルギーがらみのゴタゴタで疲れていること、です(勝手な造語)。

「忙しい」「忙しい」といいましても、
やる事がはっきりしていて、こなすのが大変で、「忙しい」というのは、あまりストレスがたまりません。間にあいそうもないと、ストレスですが。

アレルギーがらみのいろいろは
「わからない!」
「でも判断しなきゃならない!」
事が多くて、
精神的キャパシティーの小さい私は

もー、むちゃくちゃ疲れますがな!! 

 

(読むほどのものじゃないです・・・↓以下)

ピカリンの症状悪化は、ひどい状態は脱したものの、
決して良好ではなく、
体もひどくだるそうで、
でも、毎日学校を休むほどでもない。
学校に行けば、テストだ、生活規律検査だ、部活だ、委員会だ、宿題だ、で激忙しいわけで。

この間の土曜日の他校へ行っての練習試合では、他校体育館が新築でした!
昼頃、目が腫れてきて、連絡がきてお迎えしました。

それならば、この土日の泊りがけの県の選抜大会。参加はどうすんのか? ってところで、毎日あちこちから連絡くるし、こっちも連絡するし、でガタガタ。行くなら行くで、料理を考えなきゃだし、私がついていくのか?とか。でも、もしかして、今回、ユニフォームがもらえるのか?という噂もあって。しかし、ピカリンの体調、心がうまく把握できない・・・。修学旅行のために体力も温存しておきたいし・・・。

この3週間後の修学旅行も大詰めで、
保健の先生、担任の先生、旅行業者、いろいろ打ち合わせ。漏れもあるし。話が見えないし!

それだけならまだしも、今度は、チクリンの小学校の廊下改修工事が突如決定!
「この接着剤は大丈夫ですか?」
と、これまた、今年度から新しくきた養護の先生と初顔合わせ。
初めて詳しくCSについて語ったり。
薬剤の内容調べたり、困ったときのK(医師)頼みで、メールで相談したり。

ダメな薬剤だとしたところで、じゃあ、どう対策とるんだ?とか、わかんねーし!
でも、適当な事をやって、また、チクリンに化学物質過敏の症状が出るのはすごく嫌だし。
だから、考えられるる限りのことを考えて、学校に聞いてみたり。

ピカリンは、皮膚症状だけでなく、とにかく倦怠感がひどいので、やっと今朝、「今週末の遠征には行かない!」と決意したのを、今日学校に伝えて、そんで保護者会にも伝えて、宿のキャンセル。

そのまま学校で、修学旅行の打ち合わせもして、

小学校には、薬剤検討報告するのは、昨日もしたけど、今日も新情報があり、すでに工事着工中なので、また連絡しなきゃ。

夕方には、こちらのかかりつけ医にエピペン来たので、説明を受けに行ってきやす。

仕事は仕事で、これは好きでやってんだからしゃーないけど、
来週は私立の入学試験だからねー!!

プライベートだから書かないけど、家庭の中でもすったもんだーーー!!あるし、

 

 

 

泣きたいわ。もう。

泣くよ。もう。

 

それでも、ベストはわからねども、全力でベターの方向を見極めて、進んでいくしかないのですね・・・。

書いてみたら、整理できてきた。やれないこともない。大丈夫だ。

しかし、週末の遠征をキャンセルにして良かったよ・・・ 判断がいちいち難しい!

 

と、すっきりしてきたので、また、今日も頑張りやス!(敬礼!!)

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ピカリン合宿(大会)つれづれ 3 ('08.1)

大雪の後の街中の道路。

30キロ出すのが恐くて、20キロ強でトロトロ走っていますが、誰も怒らない庄内です。

朝から、ずっと、アレルギー関連の事で、いろいろやっていました。胃がイテ~。

という話は置いておいて・・・。

 

ピカリン合宿の話の続き

【アレルギーっ子はおにぎりで?】

宿泊施設の泊まりで、顧問や他の親との懇親会。

顧問が私に言いました。

「オレは、ピカに、おまえは泊まりのときは、おにぎりにしろ!って言ってるんだ。

小学校まではいいよ?

でも、あいつもだんだん社会に出て行くんだから、いつまでもお母さんがついていくわけには行かない。

お母さんに作ってもらわなくても、自分の体を自覚して、おにぎりで過ごす、っていうようなことができるようにならなくちゃ」

「そうなんです。そういうことはなかなか家族も切り出しにくいので、言ってもらえてありがたいです。ありがとうございます」

と言いました。

実際、修学旅行等で、白いごはんのみですごしたというアレっ子は結構いるようだし、
普段の給食でもそうだ、という子もいるらしい(fromサトワカ様)
そういうことも知っているし、ピカリンにもそう言って、励ましたりもしている。

顧問の先生の言うような考え方をする、ということ。

いろんな大人がアドバイスをするということ。

どちらも大切な事で、ありがたいと思ったのは本当なんです。

 

 

結構しつこい・・・。

合宿始まる前に、さんざん言われたと、ピカリンからも聞いていました。

繰り返し言う性格の人なのかもしれないけれど、

あまり繰り返されると、「ひとつの意見」というより「絶対の意見」として言っているのかな?
という気さえしてきてしまいます。

 

 

もしも

「絶対の意見」として言っているなら、ちょっと反論させて欲しい。・・・ってー、思ってしまう。

 

まず、だんだんと独り立ちするという方向性は我が家だって持っている。もしかして、ずーっと甘やかしていると思ってた? こちとら、いろいろ考えているんでぃ!舐めてもらっちゃあ困るゼヨ。

ついてきているのだって、心配して、というより、他の親に「心配する」という負担をかけてしまうんじゃないか、それはまずいんじゃないかと思っているからだし、うっかり倒れたりしたら、誰が搬送するんよ? というのもある。学校行事じゃないんだからねぇ。

「いつまでも親が・・・」というのなら、
ほかの中学生だって、いつまでも親にごはん作ってもらってんじゃねぇよ、っていうのだってある。
それでも作ってもらうのは、今の中学生は、あまりにも忙しいからでしょ?
我が家のピカリンだって、社会人になって泊まる事になれば、その生活の仕方を自分で調節して、自宅でおかずを作って、宿泊先に持参するかもしれない。
今は、忙しすぎてそれができないから、私が作っているまで。
アレルギーの子は、将来必ず、宿泊時はおにぎりだけ食べて過ごす、って決まっているわけではない。

それにねぇ、ピカリンは、食べるのが大好きなんだよ。
今書いた「大人になったら、自分で宿泊先のおかずを事前に作っていくだろう」というのも、食事を大切にしているピカリンなら十分考えられる事。
その子の個性に合わせてやればいいことなんだから、
今私がピカリンが喜びそうな物を作るのは、それがピカリンだからであって、
他の子だったら、そうするかはわからない。
今のピカリンには、みんなとの泊まりで、「自分にとっておいしいものを食べる」っていうのは、大事な事なんだよね。
それを我が家なりのやり方で尊重するのは、別に「甘やかし」とも思えない・・・。

大体さー!
ピカリンが普段どれだけ頑張っているのか知っているのか!
一人でやれることを増やす努力を、彼女は積み重ねてますよ? 知ってますか?

 

とか、いろいろ思いつつ!

 

先生の言っていることも一理あるので、
「もしかしたら、我が家を飛んでも甘やかしで、ピカリンは甘ったれで、アレルギーっ子はいつでもおにぎりを食べるのでOKと、思ってる?」
という疑惑をぐっと飲み込み、
「ありがとうございます」
と、言ったのだった。

ま、

ピカリン。

がんばれや。

 

 

【試合の応援・・・ピカリンのシュート】

さて、

「試合の合宿」に参加したところで、一度も試合に出たことのないピカリンでございます。

今2年生ですが、1年生が入ってきても、ミニバスケでバリバリの子ばかり入ってきたので、彼女のプレーが後進グループなのは言うまでもなく、たくさんの1年生が選手のユニフォームをもらっても、ピカリンはユニフォームをもらえないんす。

「勝利至上主義」みたいな部活だということは、はじめからわかっていたので、ほかのユニフォームをもらえなかった2年生の保護者には、怒っていらっしゃる方もいましたが、私は「まあ仕方ないでしょ」と思ってました。

ピカリンは上手になってきていたし、体も丈夫になったし、
そういう点で感謝している気持ちの方が大きいというのがあります。
ユニフォームがもらえない、というのは「不当」なのではなく、「もう少しだ。惜しい!」という風に、我が家では考えていました。(といっても、もらえないとわかった日の夜、ピカリンは自室でずっと声をあげて泣いていました)

ということで、
苦労してお泊りして試合に行っても、ピカリンはずーっと見学・応援でやんす。

ところが、この大会で、負け続きの我が中学は、最終日は、負けたチーム同士の「親善交流試合」みたいなものに出る事になりました。
こうなると、ユニフォームは関係ありません。

むむむ、もしかして、我が子にも希望が・・・・?

 

以前書いた「あのときのこと」シリーズで、ピカリンが非常な運動音痴だった事は書きました。
短距離もダントツビリ。長距離も周回遅れのビリ。「みんなで、最後まで走ったピカリンちゃんに拍手をしましょう~!」とやってもらってました。
バスケ部に入部した頃も、決して、未経験者だからというレベルではなく
「あー、この子は、スポーツのできない子なんだなー」としみじみ良くわかるプレーをしていました。走り方だってなっちゃいません。
強い部活なので、ピカリンがいること自体を疎ましく思う親御さん(皆さん熱心)もいらっしゃるんじゃないか、と私は内心ドキドキして日々を過ごしていました。

ただ、上手になってきていることは、傍目にもわかりました。
私は我が子のことなので、どうもうまく客観的になれないのですが、
この「うまくなってきている」ということを、みんながすごく応援してくれていたのです。

親の中には、ミニバスケのコーチとか、バスケのインターハイの選手だったとか、そういう方もいっぱいいて、練習見学をしては、時々ピカリンに声をかけて、コーチしてくれたりしてました。(部の顧問は下手な子には余り特別なコーチをしないので)

ピカリンがユニフォームをもらえないとわかったとき、約3名の親父(他人)がその事を激怒しながら、集まって酒を食らっていた、という逸話もあり(ホントかよ?信じらんねぇ)、バスケ部内で、どうも「ピカリン人気」みたいのがあったようなのですか・・・? よくわからないのですが。

 

「今日の試合には、全員を出す」

という、顧問のお言葉。

ピカリンのような控えの選手も、次々にメンバーチェンジで試合に出て行きます。

ついに、ピカリン!

「あああああ~~~・・・・!」

親としては、嬉しいようで、励ましたいようで、緊張して、何がなんだかわかんない状態。
多分、本人は、もっとそう。

突然叫びだす親父(他人)数名。

「ピカリンー!」「ピカーーー!!」

応援席のあちこちから、大声で指示を出す(オイオイ、顧問じゃないんだよ)。ピカリンよると、その時四方八方から指示が出るので、何がなんだかわからなかったそうです。

お? え?

ピカリン、結構うまいじゃん!
ちゃんと形になっているよ! ディフェンスできてるじゃん!
よくボールにくらいついているじゃん!
ちゃんとコース読めてるじゃん!
走りこめてるじゃん!

2階応援席を走り回りながら、ピカリン(のみ)に指示出しまくっているシト約1名。
ほかに1階にもいたらしい。

「ピカー! 走れー!走れー! おまえならできるー! おまえが入れるしかないんだーっ!!」
 

ピカリン!
相手をかわして、走りこんでのランニングシュート!!
ナ・・・ナイスショットーーーッ!!

 

 

やったーーーー!! 

 

どわーーー!!と湧き上がる歓声。
顧問が両手こぶしを空に突き上げて、椅子から大ジャンプして万歳したのが見えた。

どばーーーっ!!(涙の出る音)

が、がまんできん・・・。

そのあともぐっと我慢して応援したけど、ピカリンはそのあとも1・2回シュートを決め、私の脳裏には、小学校1年の真っ黒な顔(皮膚がドロドロになった痕)で周回遅れのマラソンを走っていたピカリンがフラッシュのように出てきて、ハラハラハラハラ、泣いていました。

試合が終わると、いろんな親が、私の肩をポンポン叩いては行くので、
また
どばーーーーっ!と、嗚咽していました。

中学入学してからのピカリンを知っている保護者の方たちも、喜んでくれたけど、それでもこんな事くらいで泣くのは大げさかもしれない。でも、みんな、小学校低学年の頃のピカリンの事は知らないでしょ?(4年前に転校してきたので) あの頃の事を知っている人には、本当に信じられないんだよ!
と思う気持ちで、涙が止まらなかったでした。

 

 

はあーーーー。

泣き疲れて虚脱~~~。

 

 

こうして、今回もすったもんだのお泊りが終わったのでした。

 

今回も、教訓てんこ盛りでしたので、
ご参考になる部分があればと、つれづれしてみました。
ご了承ください・・・。

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ピカリン合宿(大会)つれづれ 2 ('08.1)

【ピカリンはうまく一人で対処できたか?】

お泊りの二日目。

状態が悪かったら、速攻連れて帰らなければ、と思いながら、会場へ到着。

顔の赤みはひいていないし、ブツブツざらざらしているものの、
かなり「枯れて」きた感じなので、ほっと一安心。

「食事の準備とか、うまくできた?」

ピカリン
「うん、だいじょうぶ」
「○○ちゃんのおかあさんは、だいぶ、事務の人とのやり取りに苦労していたみたいだけどね」
「夕飯は、言わなきゃいけなかったけど、朝ごはんは、ちゃんと言わなくても、綺麗にお皿に盛り付けて出てきたよ」

ばっ、ば○やろー!

○○ちゃんのお母さんがやった事は、本当はあんたがやるべき事で、
お皿に盛り付けて出してくれるなんざ、ものすごい好意以外のなにものでもなくて、あんたは心の底から感謝しなくちゃいけないことで、
みんな、あたりまえみたいに言うんじゃないよっ!
わかってんのかーーー!!

ハァハァ・・・・

面倒見てもらえて、好意を受けてあたりまえみたいなのは、
私の今までのかかわり方の失敗ゆえなのか?

いやいやいや。

まだ、こういう面の教育は始まったばかり。
これから社会に出て行く前に、自分の体と、社会とのかかわり方をしっかり学んでもらわなくては・・・。

 

【今回の宿泊先の厨房】

今回の宿泊先は、公営で、食事のしたくは外部業者に委託している、という形式のものでした。

それで、予想はしていたのだけれど、メニューは「カレーと焼肉。朝ごはんは普通の朝ごはん」としか教えてもらえませんでした(事務経由)。

ただ、もうすぐ行く修学旅行では、「同じメニュー」というわけにはいかないから、多少みんなと違っても、我慢せえ、という態度で、代替品を作って持っていきました。

 

案の定、事務方の中で連絡が徹底されておらず、「は?なにそれ?!」みたいな扱いを受けたようですが(○○ちゃんのおかあさんが)、業者さんの中に、ステキなリーダーがいた!

前もお泊り体験の中で、
宿泊を扱う事務(営業)の人と、厨房は、構成員が違い、厨房の中にいい人がいると救われる、と書いたのですが、全く今回の宿泊は、そのとおりでした。

こっちはもう、タッパーで食べるのでもなんでもいいや!という姿勢だったのですが、
おかずを厨房で、美しく皿に盛り付け、
他の子に劣りそうだと、「フルーツは大丈夫?」「トマトは?」「漬物は?」とわざわざ外まで何度も聞きにきてくれて、見劣りなく美しく盛ってくれました。「コンソメダメなの?じゃ、みそ汁作ろうか?野菜なら大丈夫なんでしょ?一人分位なら、すぐに作れるから大丈夫よ!」と言って、いきなりピカリンだけの別料理をさっと作ってくれたり・・・。

仕事のできる人だった・・・。

もちろん、ピカリンには、「厨房に行って、挨拶をしてきなさい!!」と、一人で行かせました。

すごかったなあ・・・
ピカイチ!でした。

厨房の業者さんのすばらしさを、事務方の公務員さんにもアッピール!しておきました。

 

・・・・・・・・・おことわり・・・・・・・・

続き物でコメントもつけづらいので、コメント欄を閉じておきます。近々、最終章の予定

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ピカリン合宿(大会)つれづれ 1 ('08.1)

まず、お断りとお詫びです。

2年以上にわたって「タケのアレっ子家庭のいい加減クッキング」と称してきた当ブログですが、「タケのアレっ子家庭のいい加減ライフ」と改名いたしました。

そんなのカンケーねー!的な変更ですが、もっと早く改名すべきだったのかも・・・

今後も、料理にとらわれず、かって気ままにいい加減ライフをつれづれつづっていきますので、ごめんなさい、じゃなくて、よろしくお願いいたします!!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

バスケ部2年のピカリンさん。

1月2日から練習が始まり、1月4、5、6日と、他県の○○カップという大会にお泊りで出かけました。

そのときに感じた事つれづれ。

 

【プロローグ・・・アレルギー症状悪化!】

12月に入ってからか、ちょっと顔の調子が悪いなー、とは思っていたのです。

部活のあとに悪くなっているので、「体育館のほこりか?」と思っていたのですが・・・。

12月31日の朝、

ちょっと、今までの表面的な悪化と違い、内側から盛り上がるようなぼこぼこの湿疹が顔と首にびっしりできていて、仰天しました。

これだけひどいのは、小学校入学してから約8年の間で最悪の部類に入ります。

「な・・・なんか食べた?!」

家の食事で、いつもと違ったものを食べた記憶がないので、つい、ピカリンを責める口調に・・・。

「食べてない」

という、刺のない言い方(本当に食べていないと、怒りまくるピカリンさんなので)に、さらに疑惑の念が湧いてしまい、

「これだけひどいと、はっきり言って、正月には餅を食べさせられないよっ!」 

と、きつい言い方になってしまった・・・。

 

でも実際、御餅を3回続けて食べて蕁麻疹が出たことのある我が子は、そうでなくても、元旦1回3日目に1回、という餅の摂取の仕方を毎年の恒例にしていたのです。

・・・・・で、でも、元旦には、爺ちゃん婆ちゃんとの「会食」もある・・・ 初めてのいっしょのお節企画だし、予定を変えるの、ってどうなんだろう?!
どどどうしよう・・・ 大混乱のタケ氏。

「とにかく、必要最小限の餅ですまそう! ガツガツ食べちゃダメだよ!!」
「家では、餅でなくて、きりたんぽで、雑煮にしてやっから!」

憮然とするピカリン。(←餅、好き)

でもさ、その翌日の2日から、バスケの練習だし、すぐ合宿だし・・・。無理はできないでしょ?
つか、バスケやったり、合宿行ったり・・・していいものなのか?!(運動誘発性アナフィラキシーの心配)

この合宿は、毎年恒例のものなのですが、
実は去年 「ムリ! 付き合いきれない!」という感じで、母がサボタージュ。それでもちろんピカリンも参加できなかったという合宿で、
「今年は何が何でも参加させてあげよう」と思っていたものなんですよ。

医者に電話してみるも、とーぜん、仕事始めは合宿終了後・・・。

予約だけはしました。

心配ながら、「ピカリンはレギュラーじゃないから、運動量もそれほど多くないだろう・・・」と、合宿へ送り出しました。

 

【初めての親なし部活合宿】

 

親無しで、どこかに泊まった事は何回もあるのですが、
部活のように、個人的に宿泊先と交渉したところに親なしで泊まるのは初めてでした。

今回、部活の保護者役員が、泊まり先との交渉からかかわってくれていて、そういう方たちとの宿泊だったので、かなり安心はしていました。

ピカリンと同学年の子達の親で、
前々から「私たちで面倒見るぜ。弁当を温めてやるのなんか、できるさ。お母さん、毎回ついて行くの大変だろ?」と言ってくれていました。
(心の中では、いや、それが結構気を使って大変なんですよ!と、思っている私)
もうすぐ、沖縄修学旅行だし、
その予行演習もかねて
、周りの人の協力も得ながら、一人で頑張ってもらおう、というのが、親無しにした理由のひとつです。

 

「いい?自分で、レンジ温めに持っていくんだよ!」

「もし、協力してくれる保護者の方がいたら、きちんと御礼を言うんだよ!」

ピカリンの持っている食事は、その日の朝と昼の分(朝4時半集合でしたので、朝ご飯も弁当)と、宿泊先で食べるその日の夕ごはんと翌日の朝ごはんの4食分。

二日目に合流する母が、二日目の昼からの食事を持参する予定でした。

合宿で使う品々を入れたエナメルバックのほかに、食事の入ったクーラーボックスをぶらぶらさせて集合するピカリン

いろんな人に「それは何?(部のクーラーボックスではないの?)」と言われて、「あ、私のです。旅館の食事です」とやっていました。彼女にとっては命綱のクーラーボックス。自分の管理下に置かないと不安なようでした。が、最終的に、「クーラーボックスの中身は、試合会場で使わないんでしょ? (昼の弁当などは別に包んであった) じゃ、マイクロバスの下の荷物入れに入れていきましょう」と、言われ、引き剥がされる。

私は少し離れて見ていて、「それで良し」と思っていたのですが、
ピカリンは、ものすごーーーく不安そうな顔でした。

そういう、不安も味わいながら、何とかこなしていくのが、今回の合宿の目的(アレルギーの面では)だから、頑張れよ、ピカリン!

 

それにしても・・・・
体調大丈夫なんだろうか・・・

去年の冬に、この合宿について打ち合わせをしているときは、「絶対こなせる」
と思っていたのですが、
ピカリンの症状悪化があったので、
心配で、家にいる間は落ち着きませんでした(つっても、仕事してた)。

 

(つづく・・・・)
結論だけ書いておくと、何ともなく、合宿をこなせたよー!

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ふたたび、お節の話

Dscf0818 前回、ポップアップするとでかすぎるというへまをまたやったので、もう一度、大したものでもないけどアップしました。

 

今回ねー、お重が5つあるのは、
3つは我が家、2つは爺ちゃん婆ちゃんの家用なのです。

白とピンクの綺麗なカマボコや伊達巻が入っているのが爺ちゃんたちの方です。

 

今年、初めて、隣に住む爺ちゃんたちとお節を食べる企画でした

いつも、お雑煮は爺ちゃんの家で一緒に食べるんだけど、その後さよならして、私たちは自宅でお節を食べていました。
爺ちゃんたちは、おとり寄せのお節(高島屋のいいヤツ)なので、それを子供らの前に見せるのは、不憫だと言うのが、爺ちゃんが席をいっしょにしない理由でした。

うちの子は、私が作るお節が大好きだし、今更、他の人が別なものを食べているからといって、どう、という事はない、と主張していたのですが、爺ちゃんはどうしても、それを納得しなかったのです。

で、

「取り寄せお節もあまりおいしくないし、タケさんの作ったお節をみんなでつつこうかなあ。一緒に過ごしたいなあ」
と、去年の暮れ、初めて言ってくれて、
そりゃあ、私は、もう、「やったー!」「やったー!」状態でした。

普通は、舅・姑にお節を作るのは緊張するものだろうけれど、もちろん私も緊張したけど、「やるでー!!」とはりきる気持ちが強かったです。

自分の学習塾を12月31日まで開いていたので、お節準備は大変と言えば、大変で、いろいろな面で反省点もあるのだけど、年が明けての新年1時半頃まで頑張って作りました。

お肉ばかりなので、爺ちゃんたち用に 数の子買ったり、豚とカニをすり合わせつくね団子餡からめとか、新作も作った。(他に新作は2品!)

きんとんも、いつもより照りを出すよう頑張った!

爺ちゃんの好きな牛すね肉の煮込みも作ってみた。

用意した品数、実に17品!(全部は写真に入っていません!!)
伊達巻やカマボコだって(これも購入品選択をじっくりやりましたよー!)、爺ちゃんたちのは切っただけだけど、私達用には手作りしたから、そういうのを入れると、もっと用意したと思う。
雑煮の用意もした。コンタミも気をつけた!

 

それでも、結局、
爺ちゃん婆ちゃんは、お雑煮でおなかいっぱいになってしまって、
元旦の朝には、お節にはほとんど手をつけられず、
「でも、お節は日持ちがするから、まだ食べられるよね」

と思っていたら・・・

「おなかいっぱいで食べられないはげ、あどは、タケさんちに持って帰ってくれ。おいしかった。ありがと」

「え! でも、だって、ほとんど何も食べてないじゃん?! 夜は?」

「夜は、親戚がくるから、生協のお節をとった

 

 

・・・・・・・・・がーん!

すごくすごく単純構造的に落ち込んだ。

じゃあ、なんで作らせるよ?! 「おいしかった」って、何?! 何にも食べてないじゃん! 綺麗なまま!! 生協のお節に、私のお節、負けてないよ?!

 

でも、爺ちゃんの気持ちを考えれば、
正月、息子や孫とゆっくり過ごしたいけど、孫たちが食べられないお節をお膳の上に広げておくのは嫌だ。
だから・・・
っていうことであって、そういう やさしい気持ちのみであって、それ以上でも以下でもないのだろうな・・・と思ったけど、
ヒッジョーに、単純に ↓凹↓状態で、
好都合な事に、おとそ飲んでたし、寝不足だったから、元旦の昼から速攻寝ました。

 

忙しかったから、この記憶は封印していたのだけど、書いていたら、目頭が熱くなってきてしまった・・・

あーあ。はりきって、頑張ったんだけどなあ!
(夫は、爺ちゃんの態度に「せっかくタケが頑張ったのに、くそジジイ!」とちょっと言っていたが、あまり触れないようにしてくれてました)

 

まー、仕方ないか!
今年は一歩前進!
爺ちゃんたちがいつまで生きるかわかんないけど(ヲイ)
一歩一歩、お互いにとって楽しい事を積み重ねる、って方向で、
その事は、一致しているわけなのだから、
また、がんばるかっ!

と、思っているところです。

 

その後、うちの子どもたちは3が日、お節を大事に大事に、時にガツガツと、時にうっとりと食べてくれて、本当に救われた。いい子達だ・・・。

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修学旅行の打ち合わせとエピペン

本年、2月の上旬。
中2のピカリンは、沖縄へ2泊3日の修学旅行に出かけます。

その打ち合わせが、先学期より始まっております。

 

【打ち合わせは旅行会社も】

沖縄へ飛行機利用なもんで、JTBさんが間に入っていて、打診したら、やはりアレルギーの相談は、JTBさんを通してやってくれとのことでした。今までこのような旅行は、学校側と宿泊先とさえやればよかったのが、今回は旅行会社も入ってくるという点が、今までと違うところです。

これだけ介入者が多くなると、連絡の行き違いもでてきそうだと思ったら、早速、疑わしい事実が発覚。
アレルギーの打ち合わせ、って本当に難しいので、アレルギーを良く知らない人が間に入ると、必ず齟齬が起きるんだよなーっ! と、ため息つきつつ、「種まき」のひとつでもあるので、粘り強く頑張りたいと思っています。
詳しい事は、旅行後にでもまとめる事になるでしょう。

 

【学校はやっぱり慎重→だからやりやすい面もある】

部活(これも学校なんだが)やスポ少、その他の団体と違って、学校は慎重です。
これは、面倒な手間はかかりますが、やはり相当な安心材料です
緊急な場合の対応はどうするのかまで、きっちり聞いてきますから、その態度で、旅行中もいい加減な事にはならないだろう、という安心があります。

こういう点は、まだ学校を経験されていない方にはわかりにくいかもしれません。
「学校は大変だ!」という思いが強いと思いますが、「ま、適当でいいっしょ! なんとかなるさ」の団体より(それはそれで動きやすいのですが)、かなり安心度が高いです。
また、宿泊先も、「学校」ということで、「失礼な態度」はとりませんから、この点で神経をすり減らす事もなく、余計なストレスなく交渉ができます

このかん、いろんな宿泊を経験してきましたが、
「あー、学校は楽でいいなー!(喜 」
というのが、私の偽らざる実感です。

いろいろと求められることも多いのですが(診断書とか)、それはそれで、こちらもいろいろと考え直すきっかけになり、プラスになっていると思います。

 

【初めて養護の先生と話す】

私も子どもが小学校の頃は、しっかりやって、しっかり仲良くしていましたが、
なんと、気がつけば、中学校の養護の先生と初めてアレルギーの話をしました!

もちろん、修学旅行がらみ。

医療関係者は、さらに楽だー!
増えている不登校の対応もしてきている方だから、精神的ケアへの配慮もしっかりされるし、担任の先生もとてもいい先生なのだが、養護の先生は、数倍安心感がある!!

今回、持参する予定のエピペンについても、「本人以外使えないということでも、知っていると知っていないとでは大違いだから、学習用のビデオを、職員全員で見たい。貸して下さい」と言われたときは、ド感動!
「職員全員で!」
できるかわからないよなぁ。とにかく、昨今の中学校教員集団のまとまりのなさ(これは文科省のやり方にも問題があるのだろうが)から考えると、難しいのではないかと思う。

が! そう提起してくださった事自体が嬉しいよー!

この養護の先生と話をするまで、「タケも付き添いでついていく」案がチラチラしていたのだが、すっかり払拭。

まー

「ついて行く」というのは、ピカリンが心配だから、というより、先生方に多大なご負担をかけるのではないか、それを私が負担した方が良いのではないか、という心配からなのだが、
ピカリンの「親無しで!」という意思を、最大限尊重して、努力しましょう、という養護の先生の言葉には、感動いたしました。 

養護の先生とは、仲良くしよう!!

 

【エピペン登場】

学校側から、「緊急時に医療にかかるとき、その対応などを記した指示書のようなものを、かかりつけ医からもらってください」
と言われ、こちらの医者には、ほとんどかかっていなかったため、宮城のK医師のところまで行くか、一瞬考えたが、「対応の指示」だから、そこまでしなくてもいいだろう!ということで、何かあったときにはかかっているアレルギー科のある個人医院に行きました。

そこで、練習用エピペン(エピペントレーナー) と その解説ビデオ が出されました。(医者のアドバイス)

おお!これが、噂のエピペンか!!ふぉ~!!

ピカリンは、やはり、ビデオを見ただけで恐かったようだ。

写真をとっておけばよかったのだが、もう返してしまったので、参考画像↓
http://www.epipen.jp/use/index.html

私も思い切って、エピペントレーナーを、座っている腿の上から勢いよく当ててみたら
「いでー!いででで!!」
骨に思いっきりぶつかったよー!

医者に聞いたら、やはり腿の横あたりが一番良いとのこと。
理由は、「傷つけたら困る神経が一番少ない」からだとのことです。
お尻は、一番刺してはいけないところ、という事です!

へー!と思った記事↓
つなまよ先生の記事 http://www.geocities.jp/tsunemayu3298/newpage4.htm
アラジーポットの体験談(アメリカ事情の一端) http://www.allergypot.net/epipen-usa.html
そのほか、検索すると、いろいろあります。

 

注文する事にしたので、またお話しまーす!

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3学期始動

怒涛の年末年始を終え、
3学期が始動です。

松の内も過ぎたというのに、
手違いから、まだ投函していない年賀状があります!!

ありえねぇ!!

ほんとーに!すみませんっ!!

もう、賀状管理も何がなんだかわからなくなっていますが、本日誠実に対応したいと思っております。 心よりお詫びいたします。

 

 

と、上記のようなことになっていたりして、冬休みの過ごし方の改善点がてんこ盛り。
今年は、学習塾を始めたばかりで、ちょっと勝手のわからず、時間配分を間違えたと思えることもあったのですが、来年はこのようなことのないようにしたいと思っております・・・!

 

しゃて、

アレルギーネタも満載の2・3週間でやんした。

アレルギー以外のネタも入れたら、ものすごいものがありますが、それはまあ置いておいて(いかん。少し余裕ができたら、気が緩んで、眠い・・・!)、

何から、どう書こうか迷っておりますので、

とりあえず、今日はこんなところで。↓

 

予告編

①エピペンの練習をした(購入予定です)

②ピカリンの修学旅行の話 途中報告

③お節の話

④ピカリン、症状ド悪化

⑤初めて、地元の医者と、治療方針のようなことを話す

⑥ピカリンのバスケ合宿の話

チクリンの話がないね。ま、いいか。

全部書けるかわかんないけど、こんなところで、順不同で、書いていきたいと思っていますので、適当に、よろしくおねがいします!!

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2008年もどうぞよろしく!

(この記事は、1月3日から少しずつ書いています。時間がないため・・・。ごめんなさい)

Dscf0816 年賀状をまだ書いていません!

これを読んでいる中で、該当する方、ごめんなさい!
(と、この場を借りて・・・)

 

 

あけましておめでとうございます!!

昨年も、いろいろお世話になりました。
今年もどうぞ、どうぞ、よろしくおねがいします!

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