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体に合ったものを食べる権利(久々長い論文?!)

今14歳のピカリンが生まれたころは、社会全体で「除去食」を受け入れる状況はなかった。

それが、だんだんと認識されるようになって、対応してくれるところが徐々に増えてきた。

その変化を横目で見ながらずっと不安に思っていたこと。

数値(Igeなど)に出ないと対応してくれないというふうにならないか?!
医者の診断がないと、絶対駄目というふうにならないか? 
そうしたら近所に除去指導してくれない医者しかいなかったらどうするのか?

です。

たとえば、生後2ヶ月から除去対応しているチクリン君は、Igeなんて、ほとんどゼロです。
生後半年以内にアレルギーなんて出ない、といわれていた時代。
私が小麦を採れば、母乳経由で、半日後には、チクリン君の脇腹に湿疹が。
私が乳製品をとれば、半日後に顔の側面に湿疹が、
何回やってもそういう風、てな具合に、どう見てもアレルギーで、
何を見ても「アレルギー」と言うと言われているK医師、以外の医者でも
そんなチクリンを
「間違いなくアレルギー反応」
と診断するくらいの症状でした。
実は、この2ヶ月のときから、Igeはほとんど出てない

さすがに大きくなってきてからは
「母親の勝手な判断で、食べられるものも食べさせてないのか?」
という良心の呵責にかられ、すこーし食べさせてみると、
あっという間に、蕁麻疹やら、耳切れやら、もちろん湿疹勃発で、
「あわわわわ・・・」
と言って、やめる始末。
古い粘土を使った汚い爪でちょっと太ももを掻いたら、
ワーッと蕁麻疹が出たりとか、
どうしたって、過敏なアレルギー児です。

でも、
Ige無い。

通っていた保育園は「検査表を出せ」という保育園ではあったけれど、
今までの経緯を良く知っていて
「チクリン君は、アレルギーがある、ってことはよくわかっているから、いいですよ」
と言ってくれた。

「そっか。検査表を出させるのは、勝手にアレルギーだと思い込んでいる親に対処するためであって、アレルギーであることがはっきりしていれば、検査結果に数値が出ていなくても対応してくれるんだな、この保育園は

不安だったのは、この先、
自分たちが暮らす場所によって、
生半可な知識の「団体」に、

「医者の診断書」
「Ige等の結果」
が出ていない限り、
アレルギー対応はいたしません。

といわれるんじゃないかということ。
引っ越したりしたら、今までの経緯を知らない医者にかかることになるんだし。

医者によって、治療法がまちまちで、
検査の結果に出る子と出ない子といる
というのに、
「団体」に「対応」をせまるあまり、
臨機応変な「対応」がとれない、「団体」が出てくるんじゃないか
そうしたら、我が子はどうなる?!

というのが、
すごく不安だった(今も)。

 

だったら、自分は、
これから先、
社会に対して、究極的にどう認識してもらったらいいと考えるのか?

 

「医師の診断書」「Ige値だけじゃ、やだ!」と言うのなら、どうしたらいいと思うのか?

 

 

 

それからもうひとつ。

 

もし、このままアレルギー状態が改善して、
「食べても症状が出ない」という状態になったとしたら、
どーしても、給食、食べないといけないのか?

たとえば、乳製品が採れるようになったとしても、
それは「生活に支障が無い程度に採れる」であって、
この子の体に合わない、ってことははっきりしているんじゃないかなーと思っている。
それを、「治ったのなら、食べなさい!」
って、言われるのかなぁ。
「食べないのはわがまま」
になるんだろうか。
「わがままを認めていたら集団生活は成り立たない」から
「集団生活を成り立たせる」ために「症状が出ない限り食べなさい」
になるんだろうか・・・。
いつ、症状が出るかとひやひやしながらでも・・・・。


K先生は
「給食と弁当を自由選択できるようにしたらいい」
と、言っておられた。
「給食」が一日のうちで、一番まともな食事、になる子は、いる。
弁当を作るのが、どう見てもなかなかままならない家庭だってある。
だから給食はなくすべきじゃないと思う。
でも、
だからといって、給食を個々にとってベストと捉えず「弁当」を選択することもできるように、
「選択制」になれば
弁当が「特別」にはならない。
と。

私はそう解釈して、
確かにそれ、いいかもなー、と思った。

 

でも、何か、もやもやが残ったんだ。

だって、なんだか、「分かってもらえた」ことにならないんじゃないか、と思って。
「分かってもらえなきゃ」結局、違う場面で、同じような問題が出るんじゃないかと思って。

 

 

そうして思った。

私は子どもの体に合ったものを食べさせたい、と思っているだけ。

 
はじめに、本当は「同じ物を食べるべき」があって、
そこからはみ出すなら、「診断書」「検査結果」
が必要で、
症状さえ出なければ、また「同じ物を食べるべき」にもどれ、
って、
どういうことなんだろう、って。

幸か不幸か、アレルギーやらCSやらを発症して、
この子達なりの「健康を維持する食べ方」を知ることができた。

それは、好き勝手に食べたいものを食べる、というのと違って、
ちょっと硬い言い方だけど、「健康で文化的な生活を送る」(憲法25条)ために、この子らに必要な食べ方なんだ。

たとえ、湿疹が出ないといっても、だるくなったり、疲れやすかったり、アレルゲンを摂取すると分かる体調不良はいろいろある。でもそれは、「体調不良」「ちょっと体が弱い」という範疇のもので、「治療」が必要なものではない。
それくらいなら「医学的治療」はいらない
けど、でも、この子らが快活に生き生きと、思う力を思う存分発揮して生活するためには、これらアレルゲン(うちの子の場合化学物質も含む)の摂取を必要最小限度に抑える方がいいに決まっている、ってわかっているのだ。

うちの子が
うちの子を、そう育てたいと思うのは、わがままなのかな?
集団生活を乱すから、そうしないために、うちの子が多少「不健康」になっても我慢しろ、ってことになるのかな?

具体的に誰にもそんなことを言われていないけれど、そう、不安になる。

「人と違うことを要求する」というのを、日本では(たぶん)すぐ、「わがまま」と捉えるけれど、
人が人として、生き生きと、健康に、健康だから文化的に、そういう生活を送りたいんだ!と願うことがわがままとは思えない。
一人一人の人間が、健康で、たくさんのことを経験して成長することは、人類にとって、絶対いいことなんだ

人がそれぞれ、健康になるためにとる手段が違うということを、認めること

 

私の子の「体に合った食べ物を食べる権利」を認めて!

と、そう思ったとき、
なんか、ストンときました。

 

そりゃ、
「体に」「合った」「食べ物」って、なんぞや? という定義は難しいから、
これがすぐ主張できるものとは思えない。

でも、
アレルギーだから対応して、という尺度で考えても分からないし、混迷するけど、
「体に合ったものを食べる権利」
というと、
なんだか、すっきり見えてくるように思う。

うちの子の「体に合った食べ物」は「Ige」値には出ないけど、これとこれとこれ以外の食べ物なんです。とか。
子どもは「体に合ったものを食べる権利」があるから、
あまり、化学物質が入ったものを食べないほうがいいんだよ、だから、給食はなるべく自然の素材を使おうよ、とか。
アレルギーの子だってそうだけど、もっと広い範囲で、考えることができそうに思う。

昔、
すべての食べ物が「体に合った」ものであった時代とは、もう違う。
選ばなくても、必要量だけとっていた(少量しか手に入らなかった)時代とはもう違う

今は、口に入れても、即時性の毒が無い、という範囲で、合成の食べ物がいろいろ作られている。化学物質に汚染された食べ物もいっぱいある。
「毒」がなけりゃ、食べていいのか、食べなきゃいけないのか。
否。
ということではないかと思う。

難しいことだとは思うけど、
「体に合ったものを食べる権利」
ってものがある、
という認識で、いろんなことを考えられないかなー!!
とやっと思い至れた、今日この頃であります。
 

コメント欄、再び開けます。
が、
お返事できないと思うのです。
ごめんなさい!!!

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アレルギー界をとりまく状況」カテゴリの記事

コメント

こんなことしている場合ではないのですが、
これを読んでコメントしないではいられない。
うちは幸いなことにIgE悲しいくらい数値高いです。
生後半年で200以上出してました。
1万以上あるときもあったし、今は3700くらいです。
反応も食べて20分以内に即咳、ジンマシンなど出るのですが、
遅延の症状もあるらしいとかなり疑っています。
1週間後とかなんだよね。
もうね勝手に複合型と呼んでいます。
今年幼稚園、小学校に上がるお母さんたちと話していると、
診断書ありきなんだよね。
でも、違うんじゃないかと。
体に合った食べ物を食べさせたいって本当にあるよね。
娘の修学旅行でも感じました。
いろいろ言いたいけど会報印刷に行かなくちゃ。
勝手にいろいろごめん。

投稿: どんぐり | 2008-06-09 09:27

おんなじ様なことを考えて、
このところ保育園といろいろあったところです^^;。
今日の話し合いでまあまあ前進してきました。
自分の家の中だけなら何の問題もなく暮らせるんだけど、
保育園という外の世界に出て行って、
「皆と同じが正しい」の壁にぶつかり始めたところです。
小学校は給食もあるけど体育着・水着の問題があるなあと、
年中の今から悩ましいです・・・。
体育着なんてさ、あんな化繊を子どもに着させるってどういうことよ?

投稿: かずみ | 2008-06-09 10:52

こんにちは♪
コチラは久しぶりのお天気にダニカビ退治?中です。

合ったものを食べるというこの話、
私が考えている事と一緒だったのでトテモ嬉しかったです。
イコール=安心・安全ですから。
宗教や人種などの個性の話と少し似ていると思います。
「違いを理解する事から…」って、
この前ドラマでキム○クが言っていた台詞に重なってりして。

社会人になってからの制服がほぼ化学繊維で出来ていて、
痒くて辛かった記憶があります。
食べ物だけでなく、健康に関して合ったものを選択するという事が
可能な社会であって欲しいですね。

思想など健康以外の問題と混同しないようにしないと、
「うちの子はお菓子しか食べないんです」みたいな
嗜好や利便性だけを集団生活に持ち込む人も出てくるかも知れないので、
大変難しいところだと思います。

数値以外のことろ、合う合わないって人間関係とか病院でもありますよね…。
アレルギーじゃないけど、合わないと気力、体力共に失って疲れます…よね。

投稿: umi | 2008-06-13 09:06

うわーん、タケさんーーーっ(涙)
って、地震大丈夫でしたか?
うちも結構揺れましたが、北の皆さんは大丈夫かしらと、ピカちゃんが一人で遠くまで通院してなければ良いなあってそればかり考えてました。
非常時対策も必要だし、生きる力ってしっかり身につけさせたいなあと親として思います。

自分に合ったものを選ぶって本当はとても大切できっと正しいことなんだろうと思うんですけれど、集団をまとめるにはそんな個々の希望なんて聞いていたらやっていけない!ってところなんだろうなというのもわかるんですよ。
それこそ、↑umiさんの「お菓子しか食べないんです」ってのも出てくるかもしれないですし。
私も、息子の食生活を説明するだけではある意味思想と間違われているのではないかとも思われ。
そこが神経質と見られるのかもしれなくて、診断書ありきなんでしょうけれどね。
でも、数値が全てではないことも理解してもらいたいと思います。目の前でアナフィラ起こさなければ信じてもらえないとかそんなのは嫌ですし。そうなるとやっぱり医師なんですよねー。と、堂々巡り。
とはいえ医師にも「この数値だと食べられるはずだけれど?」と首をかしげられているのが辛いんですが。

集団生活を送ろうとするとなかなか難しいんですよね。
自分の判断で選ぶことがわがままとされるうちは生きにくさを感じてしまうんではないかとも思うので上手く周囲と折り合いが付けられるようにできたらいいなあって思っています。

投稿: いくら | 2008-06-15 08:35

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