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2009年2月

音沙汰なくてスミマセン!

コメントをたくさんいただいておきながら、

影も形も見せず、本当に失礼して申し訳ありません!

 

ちょと、精神的にハードな状態なので(受験ではなく新年度準備)、なんだか落ち着かなくて、お返事も書けなくてごめんなさい!

「書きたい」ことはいろいろあるので、
また、登場します!!

いま、ちょっと、だけ、

申し訳ありません!

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ひろさんに捧ぐ(K先生と出会った時)

ピカリン、中学3年生。

高校受験本番を一ヵ月後に控え、イライラとナイフみたいにとがっては、触るもの皆傷つけるような感じの今日この頃ですが、

本人は、そんな中でも何とか、家族ともうまくやろうとしており、
さらに、彼女のパソコンの初期画面は、こんななので→Img_1098_2
気の抜け方もちょうど良いのでしょう。

15歳のピカリン、頑張れ~!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨年秋、K医院で、化学物質過敏の検査が行われ、私とチクリンで出かけました。

 

帰ってきてから、だんなに結果を報告。

タケ  「今日ね、Kせんせが、私に"ゴメンナサイ"って、ゆった」
たけ夫「なに! それは、事件ダ。初めてじゃないか?」

 

"ゴメンナサイ"は、ささいなケアレスミスでのことで、なんということも無いのですが、
私には、非常に新鮮な響きで、静寂な空気の中で獅子脅しが「カコーン」というような響きに聞こえてきたのでした・・・。

 

K先生は、一時期このブログでも「トラウマ」とか書きまくっていましたが、地理的に離れたことと、ブログで自分の中を整理をしてきたことで、「だいじょうぶ」になってきました。

思い返してみると、
K先生の存在と初めて遭ったときから、
実に

13年!

経っていたよ。

あれは、丑年の前のネズミ年だったのね~~~。しみじみ・・・。

 

ピカリンが2歳で、チクリンはこの世に片鱗さえ見せていない頃、
私たち一家は、埼玉県から、宮城県某市に引っ越してきました。

一番近くにある総合病院の小児科にかかった後、
病院の近くを「探検」していたときに、ぶらりと入ったお店で「うちの子、アレルギーっぽくて・・・」と言った時

店の人「へー、それじゃ、K先生のところに来たの?」
タケ  「K先生?」
店の人「K先生知らない? アレルギーで有名なんだよ。アレルギーのことなら日本で5本の指に入るんじゃないかな」
タケ  「ふう~ん」

ああ、まだ若い、13年前のタケ氏(涙)
しかし、
ここですでに警戒していました。

「アレルギーって、まだ一本の統一した治療法があるわけじゃないようだし、医者によっても主張することがまちまちな状況だ(今以上に)。なのに、“5本の指"などと言われるのは、相当、個性の強い(押しの強い)人に違いない」

 

 

「K先生、ってどういう風に厳しいの?」

何かの機会に、保育園のママともに聞いたのだったろうか。

「うーん。指導内容が厳しいんだよ。除去とかね。何でもかんでも、食べるな、って言うしね。」

 

当時の私は、「必要ならば除去もいとわない!」つもりでいたけれど、「必要なのかどうなのか」の見極めが難しい・・・と思っていました(今もだけど)。

ピカリンは、私なりの適度な調節で、うっすらの湿疹が出たりで無かったりという状態で(当時は)、卵も牛乳もほどほどにはとっていたし、小麦だってもちろん、大豆も魚もなんだって食べてました。時々、小児科医にも診断してもらっていて、まるきり自己流というわけでもなかったし、すごく専門家で無いとダメなの!!というわけではなかった。

「何でもかんでも食べるな、って言う先生か~。多分、私とは気が合わないな。避けておくことにしよう!」

 

ということで、

前にも書いたとおり、当時K先生は総合病院の小児科勤務で、他の先生もいたし、「診察前のご指名」のときには、K先生以外の医師をご指名していました。

 

しかし、初めて対面してしまったのは、チクリン妊娠中のとき。

私は、妊娠中は非常に具合が悪くなる人で、看護士さんも聞かず、私も調子が悪くてボーっとしていて、指名をするのを忘れて、なぜか、Kセンセイの診察になってしまったのでした・・・

(いつか。続く)

当時のピカリン。(宮城県塩釜市の花火大会で。この後、音が怖くて、途中で帰りました)

Img_1103_2 除去しているもの、無し。

鶏卵と牛乳を控えめにしている程度。

これなら、後は治っていくばかり、と思いますよねぇ・・・。

でも、よく見ると、首の辺り、湿疹の跡で硬くなっているし、足にも大きな湿疹の跡があります。

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たけ夫語録

ふぐにはあたっていませんタケCです。
(ピカチクの通学路にある某お店でふぐにあたった事件がありました。結構おいしい料理屋さんで、たけ夫も2回ほど利用したことがあります・・・)

そんなたけ夫の一言。

 

「「自分の子もアトピーだった」とか言って、治療法に絡んでくる人の、アトピーとかアレルギーって、大したことないことが多いよね。」

 

 

「だってさ、喘息とかアレルギーって、本当に千差万別で、適した治療法だっていろいろで、そういうこと知ってるから、俺なんか、「ウチの子アレルギーで」って言われても、あんまりそれに対して、モノ、言えないもん。言えないじゃん。」

「アレルギーがひどい人は、大体そういうこと判るところまで行くから、人の治療に踏み込まないけど、平気で人の治療法に踏み込んだり、自分の治療法を薦めてくる人って、実は、そういうことを考えるところまでいってない。そういう軽い症状の人が多いよね」

 

ということだそうだ。

同意。

まったく、そのとおりだと思うのでした。

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