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大学浪人決定のピカの性格

事の次第を理解したのが遅かったピカリンの母もまた、
事の次第を理解したのが、遅かった・・・!

「自炊」はね、
できると思ったんですよ。
小さい頃からのピカリンをご存知の方は知っておられると思いますが、鍛えましたから・・・!
しかーし
防犯とか? 片付けとか?
そういう「だらしない」とか「きちんとしている」という分野、誰もが備えている分野の方面において、非常に非常にマイナス面のありますお気楽田舎暮らしのノホホン娘
こやつが、それなりの「都会」で一人暮らしをしていけるか?という点で、
しかも「浪人生」という立場で、という点において、
事の次第を理解していなかった、不肖、タケ氏であります。

はじめは、
「予備校いくんだったら、東京の予備校の方が、講師の質も生徒の質も高くていいんじゃない?」などと、のたまっていましたが(私)、
具体的に具体的に考えると、
アレルギー体質の自分を生活の面で全て管理しながら、&医者や食材の店なども全て自分で開拓しながら、&慣れないバスや電車の利用もしながら(ほとんど乗ったことなし)、&都会の防犯も意識しながら(ヤツは自分の部屋の鍵をかけたことがない)、一生懸命ストイックに勉強に没頭して成績を上げる(イマイチ勉強向きではないピカリン)、
以上を1年でやりきる。
っちゅーのは、今の彼女にとって無理難題ではないか?
と、思い至ったのであります。

そうして、これまた全然、出遅れどころか何も考えていなかったと思われる父たけ夫。
彼も具体的に具体的に考え始めると、
顔が青ざめ、
「この地方で、宅浪しろ!」派になりました。

しかーし、
田舎のノホホン娘のピカリンには、もうひとつ、変え難い性格があった。

それは、
好奇心旺盛で、
人の幸せは自分も手に入れなきゃ気がすまない
という性格
です。

大体、この性格だったからこそ、今までの数々のアレルギー的困難も正面突破でこなしてきたのでした。(「みんなが楽しんでいる沖縄旅行を自分は出来ないなんて考えられない!全行程塩むすびだったとしても、私は行く!」と言ったときは、ちょっと驚きました)

さて、ところで、
新たな経験
「行き先が決まらない居場所のない状態」
「学力的に、結構初めて?否定された状態」
「友達もどんどんどこかに行ってしまう(ここはほぼ全員地元を出る)孤独状態」
「気弱な時に、活字でアレルギー児お断りというのを見たプチショック状態」
が彼女のうえに積み重なり(と思われます)、
初めて「土壇場」を経験しているという状態が、
彼女を追い込んでいきました。
この「状態」は、「今までの性格」云々を凌駕するシチュエーションでありました。
これがね、
大学合格後の
「行く先が決まっていて」
「学力的にも、合格という評価を受け」
「新しいキャンパスライフへの希望に胸を膨らませている」状態であったなら、
多少の「アレルギー児、おことわり」を言われても、「ケッ!」だったと思うのです。
そのあたりが、
「浪人生」となったアレっ子を、コト取り立ててブログに書く意味があるんじゃないかと思って長々書いてマース。

 

教訓;地方出身者が、浪人の一年をどう過ごすかは、アレっ子の最初の試練としては、ちょい特殊環境である。

(つづく)

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