2012年5月26日 (土)

今年の天神祭で

鶴岡は、天神祭でした(知らない方はコチラのページで鶴岡市観光同盟がご説明→ http://www.tsuruokakanko.com/season/tenjin/

私は、鶴岡に引っ越してきて1年後の2005年から毎年「踊りフェスティバル」パレードの、地域の「踊りチーム」のメンバーの一人としてパレードに参加しています。これは、小学校の先生と保護者・地域の人々で構成する自主運営のメンバーズクラブです。運営しなくてはならないので、私は2月頃から、そわそわし始め(&さまざまな下準備に入り)、5月の連休明けからは、かなりそちらに(も)集中した状態になります。

今年、祭り終了後の打ち上げの集まりで(飲み会とも言う)、けーーーっこう、深い話になりました。
そこで「実はこう思ってた」という話をいろんな人から聞くことができました。

私は、自分の領分でいっぱいいっぱいで、それはもう一生懸命(半べそかきながら)やっているのだけれど、
他の人も、自分の「持ち場」に楽しさを感じつつも、やめたくなったり、苦しんだり、でも何とかしようともがいたり、陽の部分と陰の部分を抱えながら「奮闘」し続けているんだなぁと、心の底からわかりました。
と同時に、自分の立ち位置というものも、客観的に見えてきた感じがします。

個性を持った人間が、そんなふうに一人一人、「こんなに苦しんでいるのは自分だけかも」なんて、時々思いながらも、でも「楽しいから」「大事にしたいから」と、それぞれが「何とかしよう」とある意味「成長し続ける」組織というのは、
生きている、という感じがします。

生きている組織、は、成長する組織、だと思う。

楽しいだけじゃダメだし、つらいだけでももちろんダメだし、
それぞれが個人的課題と、組織的課題の両方に意義を感じているべきだと思うし(それは無意識のこともあると思うけど)
うーん。
要は、組織を構成する日と一人一人が、それら全てをちゃんと持っている(でも、一番はじめにあるのは「楽しい」であるべきだと思うけど)。
そういう組織が(生き残りスレスレかもしれないけど)発展・成長するんだなぁ、と、酒の席ではありますが、しみじみ悟ったことでありました。

いつかはPAPPAも、何か「集団」的なものに発展していきたいなぁ、と、ぼんやり思っているのですが、大変、学ばされた今回の祭りでした。

 

 

閑話休題

踊りパレードが終わって、屋台をぶらついていると、
この春PAPPAを卒業したSさんを見かけました。

近づいて、「S--!」と言いながら、顔面をパーでつかんで通り過ぎました。

つるんでいた友達から「誰?」「誰?」と聞かれたSさんは

「塾仲間」

と、答えていました。

塾仲間!

すっごくいい響きだと思った。

ありがとのー! S!!

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2012年5月18日 (金)

数学暴走状態

先々日、「数学トランス状態」をやったクラスです.

うすうす、そうなるのでは・・・と思っていたのですが、先日は「数学暴走状態」となりました。

 

このクラスは、まず「まだ問題を解くな!」をきつく言っておかないと、プリントを配ったと同時に勝手に問題を解き始めてしまう傾向があります。
「解ければいいんじゃ・・・?」と本人は思っているかもしれませんが、
解けずに迷宮に入ると、元に戻ってきてもらうのが大変なこともあるので、
入口をこちらで整えておいて(きちんと説明をして)、そこから入ってもらいたい場合もあり、
「まだやらないで!」と、先日も言ったのですが、すでに二人が解き始めてました。(-_-;)

さて、PAPPAでは
問題を自由に解いてもらっている途中、生徒がてこずっていると、その生徒のそばに行って一人一人にヒントを出します。
「自分で解きたいから、先生、まだヒントを出すな」「まだ見るな」
と言うのは、今までも(一定程度)尊重しておりましたが、(それを言う人はあまりいないが)
今回は、
問題に夢中になって
この「ヒントまだ! 待って、待って」をいつまでも言い続けるわ(こちらが近づくと拒否る。見せない)、
別なところでは、こちらで出した問題を解き終わって、勝手にまだ習ってない2次関数の応用問題に手を出してるわ、
「あ、これ、まだ習ってないから出来ないよ。」と言ってもガン無視(←いや、ちょっとは気にしてくれたカナ・・・?)

「まぁ、いいか。やれるとこまで、挑戦してみ」
と言ってるそばから、別なところでも、その問題に手を出し始める。(結局二人完答)
さらに自分の解いている問題について、質問しまくり10秒ごと。
全員違う問題をやってるし。
本当は、全員で解答を確認するとか、解く順番とか決めてあったのに、
皆さん手元にある問題で
好きなことを好きなように勝手し放題な状態・・・^_^;

「ちょ・・・みんな!! ・・・・。 ま、いいか・・・。ハー(ため息)。勝手にやれ」(←この時点ですでに聞いてない)

自分の力より、少し上の問題をやって、自力で解答し続けると
ドーパミンが放出されて、気持ちよくなるらしいですね。

このときも、そんな感じで
全員ものすごく集中しているので、自由にやってもらいました。
それでも、
2次関数で1次関数で使った「手」が使えないのはなぜか、の説明が出来たり、
そこがわかっていないという事は・・・
ということで、1次関数も「禁じ手」をして、別の解き方でも解いてもらったり、
その間に、苦手な生徒には、同じ問題を2度解いてもらったり・・・
発展することも出来るのです。

 

授業が終了しても、納得いかない生徒は時間オーバーで解き続け、
一人は帰りしな「あー、俺、時間内に何とか解けて良かったー。解けないとストレスで、腹痛くて眠れなくなるから」えええーっ!そこまで?!
なにやら、解法を語り合っている二人は、因数分解の難問(?)をやってました。

 

「暴れ馬・・・」と、去年感じたのと同じ言葉が頭に浮かびましたが、
「数学クラブみたいだなー」という感想に止めておこうと思いつつ、

やっぱり、このクラスで数学やるのは今後
要注意!
だと、思った。止まらなくなる・・・。(最後に英語の読み物やりたかったんだよ・・・)

好ましい状態でもあるのですが・・・。

おもしろい・・・。

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2012年5月16日 (水)

競争原理で学力は伸びるか?

学力を伸ばすには、競争が大切。
学力を伸ばすために、競争原理を入れる。

ってー、よく言われます。

履き違えの「平等主義」はおかしいけれど、
競わせさえすれば、力が伸びるのか?と聞かれれば、
私個人としては

NO

だって、自分が競争させられるととたんに萎縮してやる気なくして、何もできなくなっちゃって、学力落ちるタイプなんだも~ん!

 

「競争できないやつは、弱いヤツ」
とも、よく言いますよね。
はい。
わたくし、弱いヤツです。
「弱いヤツはいらない、出て行け!」
と言われたら、
「ハイ。ごめんなさいヨ」
と言って、出て行くしかない。
心の中で
「くそー! いつか見返してやる!!」
と思うも、
そのうち、おもしろいことを見つけちゃって、そっちに夢中になっちゃって、
「おもしろいから、みんなも来いよー!」
とか、言ってるかもしれません。

 

さて、

えてして、

学校の成績の良い人は、競うのが、結構好きです。

ご本人たちにその自覚はなく、
「勉強なんて嫌いだ」
「勝ち負けなんてカンケーない」
などと言っていますが、

競わせるタイプの学習の仕方(早押しクイズとか)で、俄然燃えるのは、成績の良い人たち(PAPPAでの話)です。

そういう時のこの人たちの燃え上がり方というのは、体の周りに炎が出ているがごとくでして、コーフンしまくり、集中しまくりです。
だから、私もこういうタイプの人たちには、早押しクイズなどをよくさせます。
彼らは、そういう勉強の仕方が好きだから。

BUT,その勢いの前に、それほど勉強好きじゃないし、わかんないところ、いっぱいあるんだー、という人は、気後れして、戦線離脱状態となります。
もし、「成績優良組」がその場にいなくても、これらの人たちは、「さあ、競うぞ!」とやっても、あまり乗ってきません。そんなドキドキする事は、嫌いなのです。

わかる。わかる。私もそうだから。
闘わせられると、頭、真っ白になっちゃうよねー。

だから、こういう人たちには、そういうドキドキして勉強に集中できなくなっちゃうような学習の仕方はさせません。

 

「甘い! 生き残れないとなれば、人は必死になる!」
とも言いますが、「これが出来なければ、死!」と言われると、悲しくてさめざめと泣きたくなります。何で、そんな強い事を言われなければならないのか。
勉強ごときで。(←塾講師にあるまじき発言だが、あえて)

競争原理がなかったら、私自身は、もっと伸び伸び力を伸ばせたんじゃないかなー、と思っています。
学ぶことに対し、萎縮し、動けなくなり、方向を見失って迷走していたのは、大体が「競争」を持ち出されたときだからです。 
今の自分の中で「力をつけた」と思われる部分は、ほとんど全て、自由に自分の興味の赴くまま学習できた時のもののような気がします。

 

しかし、
「成績優良」な人は、競うのが結構好き
なのも
講師をしていて実感しているところです。

 

子どもの頃から「成績優良」だった人が、
世の中で「力」を持った人となり、
「競わないとダメですよ! 私もそういう中で力をつけたんです。」
と、熱弁を振るっても、

それは、あなたの世界のことでしょう?
と、
なんだか
「へっ・・・!」
と、思ってしまいます。

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2012年5月11日 (金)

グラフをかく

先日、PAPPAの某クラスでは、一次関数のグラフをかく練習をしました。

フリーハンドでかくグラフです。

「問題」として出されるグラフは、大概の人がかけますが、
関数の問題が出された時、それを抵抗なく問題用紙の余白にさっさとグラフで書く事は、実は意外にみな出来ないのだなー、と最近気づいたからです。

 

PAPPAでは、関数の問題を解くときの「常識」として
① グラフをかく
② そのグラフの式もそこに書く
③ わかる座標もそこに書き込む

をしてもらうことにしています。(そして、グラフのみで問題を考える。グラフと日本語の問題文を行ったりきたりしない)

といいますか、これを講師からの指摘無しにさっさと出来るようになるとどんどん自動的に関数ができるようになってきますが、
自分から書かない人は、いつまでも、関数の点数が頭打ちになってしまいます。(事実!)

このことは、出来る人の中では「常識」なのですが、そして、言われてみるととても簡単なことなのですが、なかなかできるようにならない。

そこで、先日は、
フリーハンドでグラフをかく、そのこと自体を練習してみました。

y=2x+2
y=-2x+2
で、傾きと切片の確認。
さらにy=1/2x+2で、傾きの大きさが実際のグラフにどう現れるのか確認。
さらに、y軸との交点=切片の座標だけでなく、
x軸との交点の座標も瞬時に書けるようにしていく。(これは、後の関数と図形の融合問題へとつながります)
そんな練習を8題くらいやって、次に「変域」を求める問題へ。
一次関数の変域の問題は、グラフ無しでも、計算や頭の中で傾きやらを考えればできるのですが、グラフ化する習慣をつけてもらうためにも、グラフかきとセットでやってもらう。
「変域」は中3の2次関数でも、そして高校の2次関数でも出てきて、
そこでは、「グラフをかく」ことが問題を解くときの絶対条件となります。
それなら、一次関数のときから「変域」を解くならグラフをかけ!と、身にしみこませた方がよいと、PAPPAでは考えています。ミスも減るしね。
このとき、「≦」と「<」の違いなどもいっしょにやる。
数学の問題を解く力をつける、という観点からすると、この練習は後につながる一石3鳥にも4鳥にもなります。

 

細かく書けば、もうちょっと、注意点があるのですが、長くなるので割愛。

But、中3生のみなさん。
是非、「グラフをかく」を実践してくださいね!
アタリマエにできるようになると、いつの間にか、人よりいっぱい問題が解けるようになって、自分でもアレレ?俺ってすげぇ?!になるはずだよ!

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2012年5月 6日 (日)

数学トランス状態

私は学生時代、英語が苦手でした。
だから今、一生懸命英語をやっているので、英語の記事ばかりが多くなってしまう・・・。

大学受験時の得意科目は、数学と物理でした。
大学は文学部ですが、高校は理系クラスにいたのです。
で、この2教科のセンター試験は、満点とはいかなくても、自分ではそれを狙っていて、
結果9~9割5分はとっていたので、まあまあ、得意だといえるのではないかと思います。
だから、PAPPAでも数学を教えるのには「自信があった」のです。
(今は、もっと力をつけたいと思っていますが)

PAPPAの数学の授業で、一定程度まで力がついた頃、去年からやっているのですが、
数学問題リレー
みたいな解き方をやることがあります。

すでに基本は終了しているので、一定のレベル以上の問題を、次から次へと解いていく。
生徒は自分の机を私の机の周りにくっつけて、私をぐるりと取り囲むように座ります。
そして、せーの!で解き始める。
その生徒の状況に合わせて、こちらから問題を指定していき(もしくは生徒自身が問題を選び)、一心不乱に次から次へとひたすら解く。
それなりの一定時間、数学の解法を追及し続ける、人によってはトランス状態になっていると思われます。

これは、やっている方は没頭状態なのでいいと思うのですが、
私はかなり大変です。
「ひかるの碁」というマンガで、プロの棋士が「4面打ち」という相手4人と同時に対局する場面がありますが、
あんな感じです。
近づけた机のこちらから、生徒の手の動きを見て、止まっている時間が長ければ、状況を見極めてヒントを出し、またはケアレスミスの箇所を指摘する。「終わりました」という生徒の声を聞けば解き方をチェックして○付けした上で、次の問題を指定する。生徒がほぼ全員違う問題を解いていますから、その度に頭を切り替えて、その生徒に合うように、的確に指示をしていく・・・。

心の中では、「そん所そこらの個別指導とは、全然違うろ!」(机をじゅんぐりに回るようなゆっくりした感じではない)
と、思いつつ、私にとっては「わんこそば」状態で、泡を吹きそうですが、
私を含め生徒全員が、心地よい緊張感の中にあり、大変気持ちの良い空間でもあります。

 

今年、PAPPAから南高校に進学した生徒は3名ですが、
学年始めの数学の試験で、うち2名が20位以内に入っていたそうです。
もう一名は、本当は、最も数学が出来る(入試で満点)のですが、「さぼった」そうです。(-_-;) ・・・それもまたPAPPAらしかったりする(=自由)・・・

 

さー、まだ5月。
数学もどんどん面白くしていこうなー!

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2012年5月 4日 (金)

自分からとりにいく

先日の授業で生徒に話をしたこと+α

 

先日の授業前、ある生徒が「もうすぐ実力テストがあって、範囲が出されたんですけど、何をすればいいですか?」と聞いてきました。(注;実力テストをいつやるかは中学校によります)
答える事はいろいろあるのですが、
その中の一つとして、以下のような答え。

一つの方法として、この機会に試して欲しいのは、
「手持ちの材料を確認する」こと
たとえば、社会の勉強をしようと思ったとき、自分は勉強する材料として何を持っているかを、手元に出してみる。
教科書、学校でもらったワーク、
そのほかに、自分で買った参考書があるかもしれない。お兄ちゃんおねえちゃんのお下がりがあるかもしれない。昔やったけど手付かずだった通信教育の教材があるかもしれない。

PAPPAで2学期に、各教科の勉強計画を立てることにして、「今、何を持ってる?」と聞いても、自分が何を持っているのかわからない人が多い。
いったい、自分は勉強する対象として何を持っているか、自分で探してそろえてみる。

そうして、自分が苦手な分野とかね、本を開いて、眺めてみる。
マル付けしてあったり、アンダーラインがひいてあったり、「あー、こんなことやったなー」と思い出したり、「この参考書は嫌いだけど、この問題集は好きだな」とかね、「よし、これをやってみよう」とか。1冊決めて復習してみるといい。

そのココロは、
目標とする対象に、自分から近づく、ということ。
その第一歩をこの機会に試してみるということ。

「何をしたらいいですか?」
と聞いて、自分はその場に立っていて、誰かが持ってくる材料をこなす、
というだけでなく、
自分から目標対象に近づいていく。

高校受験くらいだったらね、誰かが持ってくる材料をこなすだけで、受験の目標は達成できるでしょう。

でも、大学受験、それからその先、就職してから、資格試験を受けるかもしれない。試験でなくても、何か手に入れたい、自分のものにしたいものが現れた時、
「どうしたらいいですか?」と言って、立ち尽くして、誰かが何かを持ってくるのを待っていても、誰も何も持ってきてくれないよ。
自分から、目標に向かって近づいて、自分の力をつけるためのものを手に入れ、それをこなして、自分で獲得していかなくてはならない。

 

自分で、対象に近づく、ってどういうことか、

この機会に、そんなところから試してみてごらん。

 

材料が複数あれば、
そして、それを眺めているうちに、自分の弱点をまとめたくなるかもしれない。
特定の分野が苦手だったということを思い出すかもしれない。そして、そこを集中して勉強する必要性を感じるかもしれない。
手持ちの材料じゃ、全然足りないということだったら、本屋さんに行ってみる。
(もし、そうだったら、相談してね。オススメ参考書とか、アドバイスできると思うから。)
そういうことが、大事なこと。

 

以上は、結構普段から成績が良い生徒にあてはまることかもしれません。
自分で自宅学習で受験に臨む方も、これを読んでいたら、参考にしてください。

そうやって、自分に合った勉強方法を模索していくのです。
まだまだ、試行錯誤できる時期。
受験の機会に、学ぶ、ってどういうことか、
自分に合った勉強って、どうやって探したらいいのか、
自分の成績を上げるためにはどうしたらいいのか。

こんなところから始めてみるのも、一法です。

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2012年5月 1日 (火)

今のプチブッククラブ

久しぶりにプチブッククラブ(英語多読本貸し出し)の話題。

最近、プチブッククラブはメンバーが増え、私も入れると、男性1名女性7名(4月の頭には男性は2名だったのですが、転居しました・・・) となっています。

 

Iphone_212 写真は貸し出し中の机の様子。メンバーはこのとき、インターネットでstoryline online(http://www.storylineonline.net/)  を鑑賞しています。
新しい女性メンバー3名は、今までも英語を学びたい思いで、いろいろなことをしてきた人たちです。その上、本・絵本が大好き。水を得た魚のように、スポンジが水を吸い込むように、ものすごい勢いで「やさしい本から」借りていっています。
プチブッククラブでは、この貸し出し時に、返却する本の感想を述べ合って、振り返りをしたり、次にどんな本を借りるかの参考にしたりするのですが、みんな積極的に自分の感想を述べていて、楽しい。

この、「読後の感想」は本当に人それぞれで、そして、「好きな本」「読みたい本」のジャンルも人それぞれです。ペースもそれぞれ。
それが、多読のいいところ。

それぞれの趣向に応えられる本ぞろえをしたいなぁ、と思いながら、今、1700冊になりました。
目下の悩みは、本棚・・・間に合わせでは行き詰るのが目に見えてます。

プチブッククラブを始めた5年位前は350冊くらいしかなくて、こんな事態になるとは想像もしていませんでした。
さて・・・・

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2012年4月27日 (金)

生徒は許してくれている

「生徒は許してくれている」

このことは、PAPPAを始めてから、本当にちょくちょく感じることです。

講師・教師といえども、人であり、未熟なこともあり、
時々、「ん?」と思うようなことをしてしまうこともあります。
本人がそれに気づいて、訂正して謝ったりすれば良いのですが、
誤りに気がつかないこともあります。
そのことに、生徒が気づいている事はよくあります。

そうして、ほとんどの場合、生徒は許してくれているのですよね。

「あー、先生、仕方ないな」と思って。

 

私も、自分では間違った事はしてないと思うけれど、
おそらくケアレスミスをしている事はあるし
説明がなんだかごちゃっとしてしまったり(うまく頭が回らなくて)
授業全体のリズムが悪くて、自分でも自分に閉口してしまったりすることがあります。
(授業が終わって、ガッツリ落ち込む・・・(-_-;))

でも、大概生徒は、気づいていても見逃して許してくれていることを、感じます。

「あー、みんなゴメンね。そして、ありがとう」

と、思います。

本当に許されていることに感謝しているし、
それに甘んじてはいけないな、とも思います。
講師・教師は生徒に甘やかしてもらっている。だからこそ、自分に厳しくしなければならないんだ、と思います。

ときどき
「自分だって失敗していて、それを生徒に許してもらっているのに、よくあんなに生徒のことを怒れるなー」と、思う指導者を見ますが、
甘やかされているのに、それに気づかず、傍若無人に過ごしているダドリー坊や(ハリーポッターのいとこ)みたいで、みっともないなぁ、と思ってしまう。
他山の石。
もっと自分に鍛錬を!と、思います。
がんばります。

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2012年4月22日 (日)

鶴岡南高校の合格最低点と、学習の「基礎力」

(ずいぶん間が空いてしまっていた・・・! 気がつきませんでした。なんだかドタバタしています)

今年の鶴岡南高校の合格最低点は290点台ではないかという噂を聞きました。

私の責任を持てる範囲では310点台で合格した人を知っていて、その人の内申は、大変良いというわけではなかったようなので(PAPPAの生徒ではありません)、内申が大変良い人の中で300点くらいで合格した人がいるかもなぁ、と予想していたので、その後この点数を聞いたときは、「はあー、そうかもなぁ」と思いました。

 

中学では鶴岡南高校の合格ボーダーを380点くらい(または360点)に設定しています(あくまで実力テストで)。
なので、PAPPAの生徒の中にも「本試験を厳し目に自己採点したら、380点位しかない。落ちたらどうしよう・・・」と落ち込んでいた生徒がいました。内申点も十二分に持っている生徒だったので、「落ちるわけないから。たぶん、350点以下で合格する人もいるから」と励ましても、半信半疑の顔をしていました。(実際は自己採点よりずっと良い点で合格)
310点、320点で南高校に合格する生徒というのは、毎年普通にいるように思います(これだけとれば合格する、というのではありません。これらの人は間違いなく、通信簿がオール5に近い人です)。

 

さて、この点数(300点くらいで合格)をどう考えるかなのですが・・・

私の中では360点にいかない生徒は、「基礎」の部分で確実に取りこぼしている部分がある、と思っています。各教科で70点に達していない科目があれば、それも「基礎」で取りこぼしているところが確実にある、と考えています(80点を超えていても取りこぼしている場合がある)。
だから、合計300点くらいというのは、「かなり基礎に取りこぼし部分がある」。

南高校は進学校だから、「天才が行く学校」で「授業が厳しくてついていけない」などと言われますが、教師の立場の人は皆知っていることだと思いますが、「基礎にわかってない部分があっても行けてしまう学校」で、高校の授業を「普通に」やるので、中学の基礎がわかっていないと「授業についていけない場合が出てくる」のだと、私は思います。(高校の学習内容は膨大でスピードも速いので、それについていけないというのもありますが)

南高校を目指す、というのは
「天才になる」
ことではなくて
「基礎事項をわかっているようにする」
だけのこと、ということができます。

というと、怒られたりするのですが・・・。

「じゃあ、ほとんどの中学生は基礎がわかってないの?」と聞かれると、うーん。そうなんだ・・・。
もし、平均点にいかない科目があったら、もっと前の小学校の部分で、たとえばその頃80点とか90点をとっていたとしても、すっかり忘れている部分がある、と考えて、まず間違いないと思います。

だから私たち「教える立場」の人間は、
義務教育としての小学校・中学校の勉強を、きちんとわかって卒業させていくことを肝に銘じないといけないと思うし、南高校に進学するからといって、ちょっとしたエリート意識を持つのも、それはちょっと違うんだよ? と、思います。

一生懸命勉強するのを「かっこわるい」と思う人もいるようだけれど、
基礎を確実にしたいと思って努力する事は、すばらしいことで、
勉強しないで南高校に合格する、というのは「かっこいい」ことではなくて、
「基礎にわかってない部分があるのに」「ほったらかして努力もしない」ケースなのかもしれないよ、と、
うーん、言葉を選び選び書きましたが(読む人によって受け止めが違うと思うので)
そう思います。

合格するための受験勉強は、
全範囲の基礎を取りこぼしなく固める
それを目指していけばいいのだと思います。

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2012年4月10日 (火)

アメリカ国籍の講師の授業を受けて

以前書きましたが、
私は2月から、TOEFLをPassするためのネイティブ講師の授業をスカイプで受けています(注;留学するわけではアリマセン)。
生徒は他に、千葉と長野と福岡の18~20歳の青年たちです。

なかなか忙しい毎日なので、お休みしてしまうことも結構あり、思うようには取り組めませんが、かなり勉強になっています。

英語はもちろんですが、
でも、この授業を受けて、一番良かったのは
「生徒になれた」「生徒の気持ちを味わえる」
ということかなぁ、と思います。
クラスの人数構成も、PAPPAと同じ感じだし、やり取りの仕方も似ているので、
「あー、こういう風にすると、こう感じるんだなぁ」
と、しばしば思います。講師のKevinが上手なこともあると思いますが、
自分の授業にフィードバックして学べることが多く、たぶん、Kevinの授業を受けてから、私の授業も雰囲気が変わったんじゃないかと思います。(なにしろ、Kevinは忍耐強い!)
PAPPAの授業をして、Kevinの授業を聞いて、また自分の授業にフィードバックして、というサイクルで、私自身の授業のやり方がどんどん変わっていると思います。

それから、興味深く感じているのは、
TOEFLよりも(?!)、「英語での授業の進め方」です。
お決まりの”Open your textbook, page......”という言い方以外に、
答えがなかなか出てこない生徒への促し方や、
講師自身が言い方を思い出せないときの独り言。
英文法の英語での説明のしかたやヒントの出し方など、
「なるほどー、こう言うのか」と思うことが多くて、
私のノートには、そんなKevinの「セリフ」のメモばかりいっぱいです。
それは、覚えて使う、と言うより、
英語の感覚を身につけるのに役立っているような気がします。

やってみて、TOEFLはものすごく難しい!というものではないと思うけど、
授業内容を、予習復習を通じて自分のものにするには、時間不足で遠く遠く、
隙間時間に予習しながら、こなしていくので「やっとこさ」なのですが(だから時々、授業を受けることから逃げたくなるんですが←弱)、忙しくなる7月前、6月いっぱいまでの予定なので、できるかぎり学んでPAPPAに生かしていきたいと思っています。

総じて、
TOEFLレベルの英語を、ネイティブ講師と会話しながら学んでいくという体験が、
私にとっては、本やCD等で英語を学ぶのとはまったく違った意味があり、
「やってよかったなー!」です。

がんばろー、っと。

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